IT Market Trend

第16回 Sunの新たな戦略:N1とは何か?
―― 情報システムの「複雑性」に対する挑戦 ――

ガートナー・ジャパン株式会社
データクエスト アナリスト部門サーバシステム担当シニアアナリスト

亦賀忠明
2002/10/01


2002年9月19日、Sun Microsystemsはプライベート・イベント「Sun Network Conference」で、次世代データセンター・アーキテクチャである「N1」の全容を明らかにした。「N1」というキーワードは、2002年2月に同社が開催したアナリスト・カンファレンスで表明されたものであるが、公式にはその具体的な内容は明らかになっていなかった。本稿では、Sun MicrosystemsのN1戦略について、概要、背景および市場へのインパクトを分析する。

N1とはどういったアーキテクチャなのか?

 Sun Microsystemsは、N1について「『もしネットワークがコンピュータであれば、コンピュータとは何か? それはネットワークか?』と問い、その答えが『N1』である」といった表現で説明している。このあたりの抽象的かつ哲学的な論理展開は一般的には分かりにくいが、このあたりはいかにもSun Microsystemsらしい説明の仕方である。実際のところN1は、Sun Microsystemsの提示する次世代のデータセンター・アーキテクチャである。ちなみにここでいうデータセンターとは、iDC(Internet Data Center)ではなく、企業や組織の情報システム全体を指している。インターネット・ビジネスではなく、企業情報システム全体にフォーカスしたものであることは、その本質を正しく理解するためにも注意する必要がある。

N1アーキテクチャの概念
出典:Sun Microsystems

 N1は、上図のように大きく4つのフレームで構成される。それぞれは、以下のような役割を担っている。

  • 基盤となる資源(Foundation Resources):サーバ、ネットワーク、ストレージなどといった情報システムで必要とされるハードウェア群
  • 仮想化(Virtualization):サーバ、ネットワーク、ストレージといったシステム構成要素をリソース・プール集合体として仮想化するための機能
  • 格納(Provisioning):サービスに必要なリソースの配分やサービス・レベルなどを定義した「サービス定義」を格納する機能
  • 遠隔計測(Telemetry):N1システム全体の管理と制御

 このようにN1では、サーバやストレージ、ネットワークなどの情報システム資源が「リソース集合体」として仮想化される点に特徴がある。リソースを使用する単位は、アプリケーションではなく、サービスと捉えている。そのためユーザーは、どのようなサービスをどのリソースに割り当てるかといった情報をあらかじめ定義し、システムに格納することになる。サービスの供給段階では、遠隔計測(Telemetry)技術により、システム全体が最大のコスト・パフォーマンスをあげられるように最適化し、安定稼働が図られる。リソースを集合体として仮想化する点が、これまでのシステム構築と大きく異なっている。

 今回、N1のロードマップについても明らかにされている。このロードマップによれば、今後2003年にかけて「仮想化技術(バーチャライゼーション)」を、2004年までに「サービス定義の格納(サービス・プロビジョニング)」を、2005年までに「ポリシーの自動化技術(ポリシー・オートメーション)」を投入する予定となっている。「ポリシーの自動化技術」では、ユーザー単位のリソース制御やプライオリティ付けの自動化といった機能が含まれる予定となっている。

フェイズ1 バーチャライゼーション(2002年〜) N1の基本インフラを整備する段階。サーバやネットワーク、ストレージなどを集め、リソースの集合体を形成する。リソースの割り当て、監視、利用測定はシステム側で行う。
フェイズ2 サービス・プロビジョニング(2003年〜) 管理者が特定のビジネス・サービスを定義すると、N1はフェイズ1で構築された仮想コンピュータから自動的に必要なリソースを選び、「格納」を行う。
フェイズ3 ポリシー・オートメーション(2004年〜) アプリケーション・サービスの目的に沿った管理をN1が自動的に実行する。ユーザーが定義したポリシーを利用し、アプリケーションや必要なネットワーク上のリソースの管理を行う。
N1のロードマップ

なぜN1が登場したのか

 Sun Microsystemsは、N1登場の背景の1つに「複雑性の抑制」を挙げている。現在のデータセンター(日本的には企業情報システム)には、さまざまなサーバが存在し、数々のアプリケーションが稼働している。一方、システムに付随する管理などのコスト(TCO)や信頼性は、情報システムを語る上で欠かせない要件となっている。Sun Microsystemsは、過去から現在に至るまで「The Network is the computer(ネットワークがコンピュータである)」という一貫したビジョンを業界に示し続けていた。しかしこれまで、このSun Microsystemsのコンセプトについて、「みんなが理解できていた」とは少なくともいえなかったし、あくまでもコンセプトに留まっていた。

 今回、Sun Microsystemsは「N1」で「ネットワークをコンピュータとする」ことを明確かつ具体的に業界にコミットした。Sun Microsystemsが長年のビジョンの具現化に踏み出したという点において、今回の「N1」の発表は非常に重要な意味を持つ。N1の発想自体は、突然出てきたものではない。Sun Microsystemsはもともとインターネット・データセンターに力を入れはじめていたころ、「WebToneスイッチ」という言葉で次世代のデータセンターの姿を語っていた。WebToneスイッチの語源は電話のダイヤル・トーンに由来する。将来的にWeb(広義にはインターネット全体)は、電話のようにプラグインすればすぐに使用可能になるという意味であり、WebToneスイッチはいわば電話の交換設備に相当するような役割を果たすと考えられていた。

 しかし、その後のネット・バブルの崩壊以降、この手のコンセプトは、ほとんど影をひそめている。Sun Microsystemsがこのビジョンを「N1」という形で発表したことは、同社がここ数年の混乱期からようやく脱却しつつあることを意味している。これまでとの戦略上の差異は、WebToneスイッチがインターネット・ビジネスを前提としていたのに対して、「N1」が企業情報システムの抱える諸問題にフォーカスしている点である。

 これまではどちらかというと夢を語る傾向が強かったSun Microsystemsだが、ここへきて夢よりむしろ現実に視点を置き、そこから夢との折り合いを付ける、というように方向が変わってきているようだ。米国経済の先行きが不安定な状況から考えれば、このような戦略転換はむしろ当然な流れであろう。

N1が持つ技術的意味

 N1の目指すシステムは非常に挑戦的である。アプリケーションはサービスとして捉えられ、複数のサーバならびにストレージは、単一のシステムとして仮想化される。すなわちN1システムでは、これまでのサーバやストレージはもはやシステムのコンポーネントの一部と化すのだ。

従来のシステム(左)とN1(右)によるシステムの違い

 情報システム全体のことを常に意識しているITマネージャやエンジニアであれば、このような考えは当たり前と思われるかもしれない。しかし、これまでのシステムの考え方と明らかに異なる点は、システム設計の視点が、無秩序なサーバやストレージの組み合わせから、最適に制御されるであろうシステム全体になることだ。分かりやすい例でいえば、人事用サーバ、データベース用サーバ、ERP用サーバを配置し、それをLANで共有するといったシステム設計は、N1では意味を持たなくなる。人事、データベース、ERPなどのアプリケーションは、単一プールにあるリソースを各サービスおよびシステムにとって最適な形で利用することになる。もし、人事異動や年末調整の時期など、人事アプリケーションの負荷が重くなるようならば、データベースやERPに割り当てていたリソースの一部を人事アプリケーションに振り分けることなども可能になる。すなわち、N1は、システム設計から運用全体にかかわるすべてのプロセスにかかわる話であり、情報システムのあり方自体を大きく変化させる可能性を持つという意味において非常に重要なコンセプトなのである。

 当面の目標としてのN1アーキテクチャはLANレベルのシステムを前提としているが、将来的にはWANレベルへ拡大される予定となっている。さらにN1では、ブレード・サーバが重要なコンポーネントとなる予定であり、Sun Microsystemsのサーバ戦略にとってもN1は重要な意味を持っている。実際、Sun Microsystemsは2002年内にブレード・サーバを発表予定であり、これにN1関連技術が実装されるかどうかは、今後の同社の競合関係を占う上でも注目したい。

ライバルたちはどう動くのか

 登場の背景で触れた「複雑系の抑制」については、IBMは自律型コンピューティング(Autonomic Computing)を、Hewlett-Packardはユーティリティ・データセンターを、Intelはモジュラー・コンピューティングを、それぞれの戦略として掲げている。今回の発表により、将来の情報システムの方向性を具体的に明らかにした、という点においては、Sun Microsystemsは他社を一歩リードしたといってよいだろう。各社の戦略がまだ構想段階もしくは各製品ごとの展開にとどまっているのに対して、Sun Microsystemsはシステム・アーキテクチャを具体的な形で提示した。これは他社との大きな違いである。

 N1は、Sun Microsystemsにとって非常に大きな挑戦であるが課題も多い。リソース管理はStarfire(Sun Enterprise 10000)やSun Fire 15Kといったハイエンド・サーバで培ってきたDSD(Dynamic System Domain:動的物理分割機能)技術などを応用するにしても、N1アーキテクチャに対応するアプリケーションをすべて自前で用意することはまず不可能である。Sun Microsystemsは、積極的に企業買収を行うことでN1を完成しようとしているが、これらのアプリケーション技術の競合優位性は少なくとも現時点では不確定要因であり、当初予定したスケジュールどおりにことが運ぶかどうかも未知数である。

 また、N1システムを最適化するためには、ネットワーク技術も重要である。Sun Microsystemsは過去、インターコネクト技術で他社を一歩リードすることで、フラグシップ・サーバであるStarfireを契機に同社のサーバ・ビジネスを成功に導くことができた。これと同様のシナリオをN1にも期待しているとすれば、Sun Microsystemsは早期に強力なネットワーク技術を獲得する必要がある。また、昨今注目されているGRID Computing(グリッド・コンピューティング)についても、Sun Microsystemsは「GRIDはテクニカル用途に限定されている」としており、企業システムへの応用についてはいまのところ積極的ではないようである。このあたりについてもまだまだ流動的要素が多く、今後のSun Microsystemsの動向を注視する必要があろう。

 しかしながら、ITの方向性が不透明となっている昨今において、次世代情報システムの姿が1つのベンダから提案されたことは、その内容の良し悪しはともかくとして、業界全体が前に進むための1つの試金石を作ったといってよいだろう。今回のSun Microsystemsの発表を受け、近い将来、各社から同様の戦略が打ち出される可能性は高く、今後数年にかけて「次世代の情報システム・アーキテクチャ」をめぐる覇権争いが激化するだろう。このように今後の市場競争は、ボックス(単体のサーバやストレージなど)の競争からシステム全体の競争に移りつつある。ことはユーザーもベンダも十分に認識すべきであろう。

 このようなコンセプトをいかにユーザーが取り入れ、自社の競争優位とするかは、ひとえにユーザーの判断によるところが大きい。ともすれば保守的になりがちな昨今の日本市場において、N1のような革新的なコンセプトがすぐに受け入れられるかどうかは微妙であるが、少なくともその本質と方向性を理解し、自社システムへの適用を検討する価値があることは確かであろう。今後の業界およびユーザーの反応に注目したい。記事の終わり

  関連リンク 
「N1」のロードマップに関するニュースリリース
 
 
     
 
「連載:IT Market Trend」


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