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第14回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(8)〜Intelに挑戦し続けるAMD
2. NexGenの買収でAMDはIntelのライバルに

元麻布春男
2003/03/15


NexGenの買収によって躍進したAMD

低価格PC向けプロセッサとしてリリースされた「AMD Duron」
AMD Duronは、低価格PC向けとしてAMD Athlonをベースに開発された。AMD Duronの登場により、このときからメインストリーム向けのAMD Athlonとエントリ向けのAMD Duronという2ラインによる展開が始まった。

 買収したNexGenの開発チームが、AMDに移籍後ゼロから開発したのが、K7こと「AMD Athlon」だ。IntelのPentium IIIに対抗するべく、1999年6月に登場したAMD Athlonは、見事にこの役目を果たすことになる。恐らく初めて、Intelはx86アーキテクチャにおける性能面でのリードを失った。また、動作クロック競争においても、AMDとIntelはデッドヒートを繰り広げ、結局先に1GHzのプロセッサをリリースしたのはAMDであった。加えて低価格版プロセッサとしてリリースされた「AMD Duron」は、Celeronに対抗するというAMDの意気込みとは別に、結果としてAMD以外のx86互換プロセッサ・ベンダをPCプラットフォームから事実上駆逐してしまった(その後、モバイル向けの省電力プロセッサとしてTransmetaのCrusoeが登場するが)。

 もう1つAMD Athlonが画期的だったのは、AMDが自らチップセットの供給を行ったことだ。ついにIntel互換路線をやめ、自らの手でプラットフォームを定めるようになったのである。残念ながら、現在、このポリシーは後退し、サードパーティ製チップセットを重視する路線に転換してしまったが、Intel互換路線との決別は、次のHammerファミリ(AMD Athlon 64/AMD Opteron)でも継続されることとなる。

64bitをサポートするデスクトップPC向けプロセッサ「AMD Athlon 64」
AMD Athlon 64は、メインストリームのデスクトップPC向けとしては、たぶん初めてとなる64bitサポートを行う。2003年9月に発表の予定だ。

 さて、Pentium IIIに対しては、優位性を発揮できたAMD Athlonだが、2000年後半にIntelがPentium 4をリリースすると、その優位性が揺らいでくる。すでにIntelの項で述べたように、Pentium 4のIPC(Instruction Per Cycle:1クロック当たりの実行命令数)はそれまでの尺度では必ずしも高くない。性能的に直ちに脅威になったわけではないのだが、アーキテクチャを一新しただけに、これまで以上に動作クロックの引き上げ速度を高めることが予想できた。それに対してAMD Athlonは、すでにアーキテクチャの寿命に近づきつつあり、動作クロックの引き上げ速度が鈍りつつあった。

 AMDは、Intelに対抗可能な次のアーキテクチャとして、64bit拡張をほどこしたx86-64テクノロジを開発中だったが、その最初の実装となる開発コード名「ClawHammer(クローハマー)」「SledgeHammer(スレッジハマー)」で呼ばれた「AMD Athlon 64」「AMD Opteron」をリリース可能にするまでには、まだ時間が必要だった。

疑問の残るモデルナンバーの導入

 そこで、AMDは既存のAMD Athlonの動作クロックを何とか引き上げると同時に、マーケティング面での細工を施すことにした。それが「モデルナンバー」の導入である。それまでのAMD Athlon-1.4GHzといった動作クロックを用いた呼び名を止め、動作周波数1.40GHzのAMD AthlonをAMD Athlon-1600+と呼ぶようにした。問題はこの「1600+」という数字の意味だ。公式には1600は単なる「数字(モデルナンバー)」で、ほかのAMD Athlonとの相対的な比較の形で実行性能を表すものとされた。だが、実際には「Pentium 4のどのクロックに性能が相当するとAMDが考えているのか」が示された数字である(モデルナンバーをクロックと関連付けしないように気を付けているのは、独禁法など法規制の問題からだろう)。そのため、AMDはモデルナンバーの導入にともない、さまざまなベンチマーク・テストの結果を公表している。

 ベンチマーク・テストを基準にモデルナンバーを設定することには、以下のような問題があると、筆者は思っている。

  1. ベンチマーク・テストの大半はシステム・レベルの性能を計測するものであり、プロセッサ単体での性能と必ずしも一致しない
  2. ベンチマーク・テスト自体が、PCの利用環境の変化などにともない、毎年のように更新されるものなので、過去の製品に対する相対性能さえ計測することが困難である
  3. ベンチマーク・テストは、ときに極めて政治的なものであり、プロセッサあるいはコンピュータ・システムが持つ性能のある側面を計測するものでしかない

 もし問題があるとすれば、それは「クロック速度 = 性能」とユーザーに勘違いさせていること(いわゆるクロック神話)であって、これを克服するには、正攻法でそうでないことを理解させるしかない。すでに述べたように、プロセッサの性能は、

性能=IPC(1クロック当たりの実行命令数)×クロック

という関係にあり、IPCはアーキテクチャとプロセスの関数として表される。動作クロックが高ければ性能がよいというのは、IPCが同じ(事実上はアーキテクチャが同じ)という前提条件が必要になることを地道に説いていくしかない。しかしAMDは、Intelに有利な動作クロックによる性能表示の分かりやすさに対して、こうした理屈は消費者に分かりにくい、という理由で、モデルナンバーの導入に踏み切っている。

 また、AMDはPentium IIIからPentium 4でIPCが下がったことを消費者に分かりにくいと切り捨てた。しかし、開発コード名「Barton(バートン)」で呼ばれたAMD Athlon XPの導入時、それまでのThoroughbred(サラブレッド)コアより低い実動作クロックのAMD Athlonに対して、ThoroughbredコアのAMD Athlonと同じモデルナンバーを与えたことは分かりやすいことなのだろうか。Bartonコアでは、2次キャッシュがThoroughbredコアの256Kbytesの2倍となる512Kbytesにしたこと、FSBを266MHzから333MHzに引き上げたことなどによって、性能が向上したためとしている。これは同じモデルナンバーのAMD Athlon XPであっても、プロセッサ・コアによって動作クロックと性能が違う結果をもたらすということを表している。こうした問題が生じるのは、結局ベンチマーク・テストという、流動性の高いものを物差しに使うという無理からくるものだ。ベンチマーク・テストの中には、SPECのベンチマーク・テストやTPCのように、一定期間固定され、異なるプラットフォーム間の性能比較が可能なものも存在するが、これらにはエンド・ユーザーが利用するアプリケーション上の性能と必ずしも一致しない、という別の問題もある。

 実は、AMDは過去にも同じ過ちを犯している。筆者の手元には、1996年1月25日付で発行された「Processor Performance Rating(P-rating)Specification Release 1.0」というドキュメントが残っている。AMD、Cyrix、IBM Microelectronics、SGS-Thomsonの連名となっているこのドキュメントは、当時Ziff-DavisがリリースしていたWinstone 96と呼ばれるベンチマークの結果をIntelのPentiumのものを比較し、それに基づいてP-ratingという数値を決め、プロセッサの表記に使おう、という趣旨のものであった。Winstone 96だけで決めるのは乱暴と思うかもしれないが、流動性の高いベンチマーク・テストをいくら加えても、Winstone 96だけで決めたP-ratingと本質的に変わりはない。

 筆者は、AMDがこうしたことを理解していないとは思っていない。ただ、モデルナンバーのようなものを持ち出さねばならないほど、追い込まれた状況にあるのだと考えるだけだ。この苦境を脱するには、次世代プロセッサとなるAMD Athlon 64が疑う余地のない性能差を発揮することが重要だと思うが、それは2003年秋といわれる製品のリリースを待つしかない。懸念されるのは、すでに何度かリリースが遅れたこと(AMD-K5を思い出させる)、そして当面の間(プロセス技術が0.13μmから90nmの間)はAMDがプロセッサの製造に使える施設がドイツのドレスデンにあるFab 30しかない、という事実だ。AMDは、台湾のファウンダリー(半導体委託製造会社)のUMCとの間で、製造委託ならびに合弁会社による次世代プロセスの開発を発表していたが、どうやらこの話は振り出しに戻ってしまったらしい。AMDとUMCとの間の合弁が解消されただけでなく、生産委託の話も消えた模様だ。代わりに提携したIBMとの共同開発は65nmプロセスからとなる。

 対するIntelは、すでに90nmプロセスだけで300mmウエハの工場2カ所を準備中である。ほかに0.13μmプロセスで300mmウエハの工場1カ所と、200mmウエハの工場が複数稼働している。現在、AMDの手にあるのは200mmウエハの工場1カ所のみと、いくら性能の高いプロセッサができたとしても、これでは生産能力に不安が残る。つまり、劇的なシェアの改善は難しい状況にあるというわけだ。AMD Athlon 64にこれらすべてを吹飛ばすようなパワーがあるのか、注目して待ちたい。

 次回は、AMD以外の互換プロセッサの歴史について解説しよう。記事の終わり

 

 INDEX
  第14回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(8)〜Intelに挑戦し続けるAMD
    1. 互換プロセッサ・ビジネスにこだわったAMD
  2. NexGenの買収でAMDはIntelのライバルに
 
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