リッチクライアントベンダ・インタビュー(11)

国産ソフトウェアの可能性と
日本の若者への期待


第11回:アクシスソフト株式会社

@IT編集部
2009/4/16

 主要なRIA/リッチクライアント・ベンダのエバンジェリストたちに、リッチクライアントの未来、マーケティング戦略、テクノロジ動向などについてインタビューを行っていくシリーズ。第11回は、日本発のリッチクライアント技術である「Biz/Browser」と帳票製品「PrintStream Core」のアクシスソフト 代表取締役社長 永井一美氏に話を聞いた。話は、「リッチクライアント」という言葉への思いや業務システムにおける日米の市場の違い、日本の帳票や外字対応、そして若者への期待と多岐にわたった。

 

「リッチクライアント」という言葉を日本に広めた


  誰がいい出した言葉かはよく分かりませんが、われわれがBiz/Browserを「リッチクライアント」というカテゴリで紹介し始めたのは2003年ごろです。当時はリッチクライアントという言葉がまだ有名ではないときでした。まだ、アドビ システムズがマクロメディアを買収していないときで、マクロメディアはFlash(Flexはまだ登場していない)、アドビシステムズはPDF技術をリッチクライアントとして紹介していました。マイクロソフトは「スマートクライアント」という言葉を使っていました。Curlはすでに登場していましたが、Nexawebは表舞台に登場していなかったように思います。リッチクライアントという言葉がそれなりに浸透してきたのは、2004年ぐらいからです。

 2002年に米国でも製品を売ろうとしたことがあります。米国では、VBのようなWindowsのUIを持つクライアント技術は「ファットクライアント」と呼ばれていました。「シンクライアント」の逆の言葉ですね。また、HTMLでの画面表現は「プアなUI」であり「リッチなUI」の逆の言葉として使われます。ファット、シン、リッチ、プア、この4つの側面から見たリッチクライアントは「リッチ&シン」です。WebのフロントでHTMLブラウザのように軽く動いてファットクライアントと同じように表現豊かなUIを持てるということです。

 販売当初、Biz/Browserという製品をどうやって説明するのかに苦労しました。リッチクライアントというようないい方がなかったからです。「Internet ExplorerやNetscape Navigatorではできないことをできるのが、Biz/Browserです」といういい方で、デモを見せて初めて理解してもらえるという状況でした。

 しかし、リッチクライアントという言葉の登場後は、積極的に使い出しました。リッチクライアントという言葉はある意味、われわれが広めたという自負もあります。マクロメディアはリッチクライアントという表現をせず、RIAという表現をしていました。いまではRIAもメジャーな言葉となり、リッチクライアントと同じ意味で使われています。

 ただ、われわれが目指すBiz/Browserのコンセプトは、「リッチ」という表現が本当はそぐわないと思っています。表現力豊かなUIが必ずしもエンドユーザーの生産性を高めるとは限らないからです。われわれはエンドユーザーの生産性をいかに高めるかと開発者の生産性をいかに高めるかの2つを重視しています。しかし、言葉が先に一人歩きしたことと、ほかに表現する言葉がなかったため、「リッチクライアント」を使っているに過ぎません。

 2007年は「Biz/Browser10周年」として「ビジネス・ブラウザ」をあえて標榜しましたが、市民権を得たわけではありませんので、引き続きリッチクライアントという言葉でもBiz/Browserを説明しています。しかし、基本は「ビジネスのためのブラウザ」というコンセプトです。「Biz/Browser」と「ビジネス・ブラウザ」でそのままですね。「もっと日本語の製品名なども考えた方がいいのでは」という意見もありましたし、「『Biz』や『Browser』というどこにでもある名前ではよくないのでは」という意見もありました。

 

米国では「NINJA」という名前で売ろうと考えた

 米国で製品を売ろうとしたときは「NINJA」という名前を付けました。当時はいまよりももっと回線がプアで、HTMLは遅くて話になりませんでした。速いというだけですごいと思われる時代だったので、速いというところから「NINJA」という名前になったわけです。当時はADSLさえ企業に入っていなかったので、一般公衆回線が使われていました。すべての情報を読み取ってくるHTMLと違い、Biz/Browserは画面が1秒かからずに切り替わるわけですから、速いというだけで製品の良さを理解してもらえました。

 当時サンノゼに事務所を作ってマーケティングを開始しましたが、数カ月で引き揚げました。その理由は2つです。米国の顧客には「クライアント環境に掛けるコスト」を受け入れていただけないとの判断と、日本市場が成長前であることでした。まずは日本の市場を優先し、力をかけようということで引き揚げました。

 その後、米国にはカールやネクサウェブなど競合技術が出てきました。さらに、アドビシステムズやマイクロソフトなどメジャーな企業が「フロントを制する争い」を始めるに至って、「旬なカテゴリ」になりました。これらはすべて米国製品です。その中で、われわれは国産としての誇りを持って事業を推進してきました。カールやネクサウェブは、1つの製品でがんばっている企業ですが、アドビシステムズやマイクロソフトはさまざまな製品や事業がある中の1つにリッチクライアント/RIAがあるだけです。極端な話、この分野での利益を度外視することも可能でしょう。そういった市場での争いはなかなか厳しいものもあります。

 日本企業が欧米企業に対して思っていることの1つに「顧客を顧客と思っていない」「冷たさ」があります。Biz/Browserのユーザーが主体的にボランティアで作っていただいている「Bizの明日を考える会」という会があり、月に一度会が開催されています。こういった会がわれわれ主導ではなく発足されたという事実は、われわれが単なる製品メーカーではなく「顧客のシステムを支援する」行動をとってきたから、そして顧客と真正面に対峙しニーズの吸収やサポート、保守を行ってきたからだと思っています。われわれは現行のBiz/Browserを上回る次世代のBiz/Browserを開発中です。また、別製品も市場に投入していきます。そのときには、既存導入企業からの信頼とブランド力がビジネスを助けてくれると思っています。

 

日本の帳票とSVGによる外字対応

 われわれは日本の帳票のための製品もBiz/Browserと同時に作りました。当時のWebの問題点の1つ「レスポンスと操作性」をBiz/Browserで解消して、もう1つの問題である「印刷」を解消するために「PrintSrtream Core」(当時は「Biz/PrintServer」)を作りました。Webの問題点を解消するためには、どちらか片一方だけではダメだったわけです。

 日本の帳票は本当にきめ細かいもので、けい線1つとっても角丸などいろいろな表現があります。けた区切り線もあり、それも1本線だったり破線だったりします。文字のピッチも行間ピッチや文字間ピッチが必要だったり、同じ行間でも文字のピッチが違っていたり、文字の大きさも違っていたりするわけです。また、同じデータを鏡と明細ページに印刷したりします。

 外字の問題も重要です。外字というのは本来、クライアントPCにない字体ですから、それを印刷するには基本的に印刷を行いたいクライアントPCに外字を登録しなければなりません。ところが、そうするとクライアント管理負荷が増えてWebシステムの利点がなくなってしまいます。

 PrintSrtream Coreは外字データをサーバで持っていて、クライアントには外字登録を必要としません。外字のデータは、ほとんどの企業がビットマップ形式の画像を使っていますが、PrintSrtream Coreはベクトル形式を使っています。そのため、文字の大きさが小さくても大きくてもきれいに出力でき、サーバと通信する情報量が少なくてすみます。これに関して特許も取得しています。

 Biz/Browserもバージョン3から画像に対応しました。そこで、技術としてはベクトル形式が使えるSVGを採用しました。SVGで保持する情報はXMLのテキスト情報のみで、ビットマップ形式と違い、画像の大小で変わりません。開発したときは、SVGの規格マニュアルが英語しかないときだったので、苦労しました。また、Biz/Browserの動作環境として必須のWebブラウザInternet Explorer(以下、IE)は単体でSVGをサポートしていませんが、Biz/Browserの描画はIEのエンジンを使わず、独自でやっています。

参考:いまさら聞けないSVG、なぜ知られていないのか?

 

Ajaxは「リッチクライアント」とは違う

 Biz/Browserの言語体系は「CRS」というスクリプト言語で、JavaScriptやJavaを参考にして、極力記法互換をとっています。言語体系を作るというのはなかなか大変です。いろいろなプログラミング言語を経験し、理解していないと作れませんし、好き勝手な言語体系ですと開発者から拒否されてしまうかもしれません。言語体系を作るのは技術者の力量が要求されます。

 Biz/BrowserやCurl、Nexawebなどの「リッチクライアント」は、Ajaxのように「非同期通信ができる」というだけのJavaScript技術ではありません。言語体系を持っていて開発ツールを持っていてフロントエンジンを持っています。それなりに参入障壁のある製品だと思います。

 エンドユーザーからの支持も必要ですし、メーカーや大手SIerにも支持していただく必要があります。新しいリッチクライアント技術が出てきたら、われわれも経験した壁を越えなければいけないでしょう。新規参入したら、まず現在のリッチクライアント技術と比較されることになります。加えて、リッチクライアントの分野は機能的には成熟していますから、それを超えるものはそうそう出てこないのではないでしょうか。リッチクライアント黎明期以降、名前をあまり聞かなくなってきてしまった企業もいくつかあります。

 その原因としてAjaxというHTMLの限界の一部を解決した技術がでてきたこともあると思います。しかし、Ajaxは同じカテゴリ(リッチクライアント)で語る技術ではないと考えています。システムに対してサポートしている範囲がまったく異なります。Ajax技術はJavaScriptですから、HTMLとJavaScriptのクライアント環境差による問題は結局残ってしまっています。さまざまなWebブラウザがリリースされるたびに、その違いを検証し吸収しないといけません。「業務用のWebシステム」というものは、環境がどう変わっても企業がコスト負担なく動き続けることが何より重要です。

 

日本の若者は世界にもっと出ていこうとしてほしい

 日本のソフトウェア/SI業界のほとんどは労働集約型です。システムを請け負って作って納めるという流れになっています。製造業の延長で、「人月いくら」というだけで、システムの“価値”や“品質”とは関係ない人が多く、苦労している方も多いと思います。しかし、ソフトウェアやサービスで世界を席巻(せっけん)している会社は自社製品・サービスの“価値”で生き残っています。

 日本は製造業において昔から強くて、真面目な国民性によって良い“品質”の製品を低コストで作れ、世界で“品質”の悪い製品が出回っているときでもきめ細かい高品質な製品を提供できました。それは本来、ソフトウェアにもいえるはずです。ソフトウェアは工場がいらず、コピーしても劣化しないため、製造業の1つとして考えると、とても恵まれている業種だと思います。日本だってやれるはずだと思います。そういうことを若い人に思ってほしい。

 『ウェブ進化論』(梅田望夫著、ちくま新書)でマイクロソフトの創始者ビル・ゲイツ氏は1955年生まれ、グーグルの創始者、ラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏は1973年生まれと紹介されています。同書では、ゲイツ氏がグーグルのいう「あちらの世界」を理解できないのは、18年もの差がある育ってきた環境の違いからだとしています。グーグルの創始者の生年から18年後は1991年です。ちょうど今年18歳になるぐらいの世代です。グーグルの創始者が育った環境とさらに違う環境に育った若者が、まったく新しい革新を生めるのではと書かれています。私もそう思います。若い人には「ソフトウェアの分野で世界に出ることができるんだ」と本当に思ってほしい。

 しかし、ソフトウェア業界はいつまでも「3K」「5K」といわれています。また、学生の就職においては安定志向になっていると聞いています。日本は人口が減少し、益々高齢化社会になります。労働人口が減るのですから経済は縮小してしまいます。昨今の不況の発端である米国ですが、米国は毎年人口が増えており、2050年には1.5倍になるようです。アメリカと日本の人口比率も2:1が4:1となるかもしれません。人口が増加していれば経済は成長しますが、日本はそうではありません。日本は資源もありませんから“価値”で勝負するしかないでしょう。

 Biz/Browserも、日本企業のシステムとして海外展開されて世界15カ国くらいで使われています。われわれ独自での海外展開はこれからですが、私は日本のソフトウェアの可能性を信じています。若い人にはぜひ「挑戦」してほしいと思います。世界に出ていこうとしてほしいです。

笑顔で撮影に応じてくれたアクシスソフト 代表取締役社長 永井一美氏
笑顔で撮影に応じてくれたアクシスソフト 代表取締役社長 永井一美氏

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