『2001年宇宙の旅』に出てくるHAL*1のように、コンピュータが知性を持って、人間の仕事を手伝ってくれたり、仕事を代行してくれたり、大事な仕事やミーティングを忘れないように、適宜注意してくれたりしたらどんなに助かるだろう。 「知性」とはほど遠い、「高機能な電卓」あたりから出発したパソコンも、その後飛躍的に処理能力を向上させ、今や入門者向けの低価格なパソコンですら、音声認識や音声合成、ちょっとしたビデオ電話くらいなら難なくこなせるレベルにまでなった。DOSのDIRコマンドのスクロール・スピードを競っていた15年前、パソコンがこれほどまで高性能で、低価格になるとは正直考えられなかった。 しかし、見違えるように立派になった現在のパソコンをもってしても、「知性」を感じる場面はほとんどない。これはどうしてか? いくらグラフィカル・インターフェイスで着飾ろうとも、ネットワークで世界とつながろうとも、結局のところパソコンは、利用者が教えたことしかできないからだ。 「日曜日の先発は松坂ですよ」例えば、スケジュール管理ソフトを使えば、「今度の土曜日に息子とライオンズ戦を観に行く」という予定を入れることができる。しかし今のスケジュール管理ソフトは、備忘録以上のことはしてくれない。これがもしHALだったら、黙って西武ライオンズやプロ野球関連の情報サイトから試合の開始時間を確認し、ここ最近のローテーションを調べて、「土曜日も悪くありませんが、ナイターよりデー・ゲームの方が帰りが楽じゃないですか? しかも日曜日の先発は松坂の可能性が高いですよ」くらいは言ってくれるのではないか? 観戦当日になれば、スケジュール管理ソフトはチャイムとともにダイアログを表示して、観戦に出かける時刻を知らせてくれるだろう(もちろん、この時刻も私が調べて入力したものだ)。しかしHALなら、当日の天候や気温をどこからか調べてくれて、「あいにく今日は夕方から雨になりそうですから、傘を持っていった方がよさそうです。それからちょっと冷え込むようなので、応援グッズと一緒にひざ掛けも忘れずに」というアドバイスをしてくれるだろう。 今のコンピュータが、HALのような知性を持ち得ない理由は何か? それはコンピュータが、知性を獲得するためには不可欠な、見たり、聞いたり、話しかけたりする手段を持っていないからだ。誤解のないように言っておくが、ここで言う「コンピュータにとっての聞く力」は、音声を文字列に変換する「音声認識」を意味しているのではなく、「言葉を理解する能力」を指している。つまりこの「見る、聞く、話す」は、コンピュータと人間、またはコンピュータ同士がコミュニケートする能力のことだ。 インターネットが普及したおかげで、コンピュータをインターネットにつなげば、最新ニュースや株価、天気予報、交通情報や電車の乗り継ぎ情報、時刻表などをWebですぐ調べられるようになった。またお気に入りの本やCDを買うことも、バーゲンセールの服を注文することも、いらなくなったパソコンを売ることもできる。けれどもこれらは、どれも人間が見たり、操作したりすることを前提に作られたもので、人間に成り代わってコンピュータが見たり、操作したりできるものではない(送られてくるHTMLデータを解析すれば似たようなことはできるが、それは本質的な議論ではない)。人間が見聞きできることと、コンピュータが見聞きできることはまったく異なるのだ。 未来への半歩「HALだなんて、そんな夢みたいなこと、できるわけがない」とお思いかもしれない。もちろん簡単なことではないだろう。しかし次世代コンピューティングのトレンドの1つは、コンピュータを「助手」として機能させる、前述のような分野であることは明らかだ。そのための準備はすでに始まっている。マイクロソフトやIBMなどが提唱している「Webサービス」もこの1つである。 Webサービスとは、コンピュータに会話する能力を与えるソフトウェア・コンポーネントである。誤解を恐れずに、既存のソフトウェアの成り立ちに照らし合わせてWebサービスを説明すれば、ソフトウェアから呼び出し可能なライブラリが、ローカルではなく、ネットワークの先にあるようなものだと思えばよい。 より正確に表現するなら、インターネット標準の各種Webプロトコルを利用してアクセス可能な、プログラマブルなアプリケーション・コンポーネント、ということになる。この際のプロトコルとしては、SOAP(Simple Object Access Protocol)とXML(eXtensible Markup Language)を利用する。詳しくは各用語解説(前出の用語部分にリンクが張ってある)や、Insider.NETフォーラムの「Microsoft.NETが目指す次世代情報環境とは?」が参考になるだろう。 あなたがWebページ(HTMLデータ)をブラウザで見たり、操作したりできるように、そのWebサイトがWebサービスの窓口を用意してくれれば、あなたの「助手」ソフトウェアもそのWebサイトの情報を見たり、操作したりできるようになる。これによって「助手」ソフトウェアは、自分の目や耳を活かして、能動的に情報収集できるようになるわけだ。 またWebサービスは、別のWebサービスを呼び出すこともできるから、「助手」からの問い合わせに完全に応えられなくても、自分が知らないことは別のWebサービスに問い合わせるといったことが可能である。しかもこのとき、どこに問い合わせてよいか分からなければ、必要なサービスを提供する相手を検索できるイエロー・ページも用意される(このメカニズムはUDDI:Universal Description、Discovery and Integrationと呼ばれる。詳細は用語解説を参照)。 こうしてWebサービスが広く普及すれば、インターネットは、人間が便利に使える情報ライブラリとしてだけではなく、「助手」ソフトウェアの知性を背後から支えるダイナミックな情報ライブラリとして機能するようになる。 コンピュータが知性を持って、人間の助手のように働いてくれるとは、何ともエキサイティングではないか! けれどもっとエキサイティングなのは、そうした未来の情報環境の姿を、私たち自身が切り開ける立場にあるということだ。まずは、多大な可能性を秘めたテクノロジ、Webサービスに注目しようではないか。
小川 誉久(おがわ よしひさ) |
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