3文字略語に振り回されるな!

小川 誉久
2001/10/16


 その昔から、コンピュータ業界は3文字略語が大好き。例えばASP、BPR、CIM、CRM、CTI、EAI、EDI、ERP、SCM*1などなど。分かったようで、分からない3文字略語はすでにたくさんあるし、困ったことにいまなおニューフェースが続々と登場している。

 この手の3文字略語の中には、彗星のごとく登場して、コンピュータ業界をあっという間に席巻し、コンピュータ関連雑誌やトレードショーの会場を埋め尽くすほどの大流行になるものがある。例えば1980年代後半に登場したSISは、そんな略語の1つだろう。 

 SISとは「Strategic Information System=戦略情報システム」の略で、その起源は米国の航空会社(American Airline=AAやUnited Airline=UA)が導入した座席予約システムだとされる(この座席予約システムはCRS:Computer Reservation Systemと呼ばれていた)。多数の国内便が飛び交う米国では、同じ目的地であっても、料金や飛行ルート、発着時間、サービスなどがさまざまで、利用者が自分にとって最適な便を選択するのは至難の技だった。ここにCRSが登場して瞬く間に普及し、CRSを持たない中小の航空会社は、AAやUAによって吸収されることを余儀なくされたという。

 コンピュータ・システムの威力を見せつけた業界は、SISこそ企業が生き残るための生命線だと煽り、威力を見せつけられたユーザーは、遅れてはならじと導入に動いた。1980年後半といえば、ちょうどバブル経済の発生と時を同じくする。筆者はこの当時、某コンピュータ・メーカーでオフコン(=オフィス・コンピュータ)の開発に携わっていた。当時でも真面目な案件がなかったとは言わないが、正直なところ、雰囲気にまかせてシステムを売り込んでしまえ、という傾向はかなり強かったと思う。当時は国内最大のコンピュータ・トレード・ショーだったビジネスショーなどに出かけても、会場はSIS一色といった感じで、それを売り込む側の当事者でありながら、具体的に何のことを指すのか理解できなくて困ったという記憶がある。

 しかしそれから数年たつと、まるで嘘のように誰もこの合い言葉を口に出さなくなった。流行語とはそういうものだが、莫大なお金が動いたことは間違いない。あのときの投資の行く末はどうなったのか? 気になるところだ。

 ご存じのとおりWindows 2000 Insiderには、Windows OSをベースとする情報システム構築の事例を紹介する「事例研究」というコーナーがあり、筆者はいろいろな企業の情報システム担当者に取材する機会がある。取材は、スマートじゃないが深刻な現場のニーズや、それを何とかしようという情報システム部門の人たちの、なかば泥まみれの苦労など、机上の空論ではない、現実ならではの迫力があって毎回たいへん勉強になる。

 総じて言えば、現場で情報化を推進する担当者が苦労していればしているだけ、最終的には実りある情報システムになっていると感じる。流した汗は無駄ではない、といったところか。

 この取材中、インタビューで現場のニーズやら、IT化の目標やらを聞いていると、「ああ、それはいま言われている×××のことですね」と、職業柄、反射的に3文字略語が口から出てくることがある。それに対する現場担当者の反応は、たいてい決まっている。「かっこよく言えばそうなりますね」。

 インタビューの冒頭から、3文字略語が大活躍することはあまりない。あくまで自分たちが抱えている現場のニーズや問題点と日夜格闘して、結果出来上がった情報システムが、はたから見れば3文字略語の要素を含んでいたということだ。こういう情報システムは成功すると思う。

 SISの教訓から分かるとおり、これとは逆に、3文字略語から出発した、到達目標のはっきりしない情報システム、現場のニーズであるとか、情報化の効果に対する評価・検討が十分でないまま進められてしまったプロジェクトは、まずもって失敗に終わる。バブル経済が崩壊した今では、SISがもてはやされたころのような、ともすれば予算消化的なシステム導入はだいぶ減って、はるかに慎重にシステム化が検討されていると思う。しかしそれでも、3文字略語先行型のシステムも未だ皆無ではないだろう。

 情報化の出発点は、やはりそれぞれの業務を担う現場であって、うわべばかりかっこいい3文字略語ではない。と、インタビューを終えるたび、自戒の念にかられる。End of Article

*1 
ASP(Application Service Provider)
BPR(Business Process Reengineering)
CIM(Computer Integrated Manufacturing)
CRM(Customer Relationship Management)
CTI(Computer Telephony Integration)
EAI(Enterprise Application Integration)
EDI(Electronic Data Interchange)
ERP(Enterprise Resource Planning)
SCM(Supply Chain Management)

小川 誉久(おがわ よしひさ)
株式会社デジタルアドバンテージ 代表取締役社長。東京農工大学 工学部 材料システム工学科卒。'86年 カシオ計算機株式会社 入社、オフコン向けのBASICインタープリタの開発、Cコンパイラのメンテナンスなどを行う。'89年 株式会社アスキー 出版局 第一書籍編集部入社、書籍編集者を経て、月刊スーパーアスキーの創刊に参画。'94年月刊スーパーアスキー デスク、'95年 同副編集長、'97年 同編集長に就任。'98年 月刊スーパーアスキーの休刊を機に株式会社アスキーを退職、デジタルアドバンテージを設立した。現Windows 2000 Insider編集長。

「Opinion」



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