公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(12)
ソフトバンクがNTTを越えられない理由
高田直芳
公認会計士
2011/3/10
経営分析を行なっていると袋小路に陥ってしまう原因の1つに「税効果会計」がある。実はその税効果会計により繰延税金資産を計上することで、増資を行なうよりも手軽な資本増強策になってしまう恐れがある。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年7月3日)
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そこで問題となるのが、固定費を発生させる基となる「資産」が効率よく運用されているかどうかという点である。すなわち、「EBITDAまたは付加価値」と、資産の運用状況を示す「操業度率」とをセットで考えなければ、企業の真実の姿を理解することはできないのだ。
操業度率の推移でわかるソフトバンクの経営状態
ソフトバンクの操業度率の推移を調べたものが〔図表6〕である。
〔図表6〕ソフトバンクの操業度率の推移 |
〔図表6〕は、予算操業度売上高(量産効果を最も働かせるもの)を100%と置いて、最大操業度売上高(最大利潤を実現するもの)・実際売上高・損益分岐点売上高(当期純利益と当期純損失を分けるもの)の割合を示している。
2007年6月期から2007年12月期にかけては、黒い線で示した実際操業度率が上昇傾向を示し、緑の線で示した損益分岐操業度率が低下傾向を示しており、望ましい経営状態だといえる。この時期は子会社ヤフーの業績が堅調であったため、四半期ごとの当期純利益は「倍々ゲーム」になっており、「我が世の春」を謳歌した頃である。
2008年に入ってからは、四半期ごとの当期純利益は100億円〜200億円で推移し、〔図表6〕でも安定成長期に入ったかに見えた。
2009年3月期では実際操業度率が再び上昇している。ただし、2007年9月期の上昇とは事情が異なる。なぜなら、損益分岐操業度率も大幅に上昇しているからだ。
2009年3月期の通期の当期純利益は432億円の黒字であったが、最後の第4四半期(2008年1月〜3月)は150億円の赤字に転落している。そのために2009年3月期では損益分岐操業度率が大幅に上昇したのだ。
望ましい経営状態だった2007年6月期から2007年12月期にかけてはEBITDAも説得力を持っただろう。しかし、2009年3月期の操業度率には破綻の兆候が見えるため、健康診断の結果としては「要経過観察」といったところだ。
借金漬けによる「メタボリック症候群」がどう影響するのか、今後の推移に注意したい。
フリーキャッシュフローは脂肪のかたまり?
ソフトバンクが2009年3月に発表した経営方針〔図表3〕(3)にある「フリーキャッシュフロー」についても言及しておこう。
フリーキャッシュフローは、営業活動キャッシュフローと投資活動キャッシュフローの差額として求められる。米国会計基準に基づいている企業のキャッシュフロー計算書を見ると、フリーキャッシュフローまで開示されている。
ソフトバンクについて、過去3期間のフリーキャッシュフロー(FCF)を調べてみたのが〔図表7〕である。
〔図表7〕フリーキャッシュフローの推移 |
〔図表7〕を見ると、過去3期間のフリーキャッシュフロー累計は、マイナス1兆8千億円である。経営方針では、当期以降の3期間でプラスの1兆円に転じさせるというのであるから、大変な意気込みである。
なお、フリーキャッシュフローは先ほども説明したように、営業活動キャッシュフローと投資活動キャッシュフローの差額として計算される。これは企業外部の者によって入手できる資料が、キャッシュフロー計算書しかないからだ。
企業内部の者であれば、フリーキャッシュフローを、冒頭に紹介した最適キャッシュ残高方程式によって求めることができる。
最適キャッシュ残高は、売掛金・買掛金・経費支払いといった経常運転資金を最低限カバーするものである。実際の現金預金残高(有価証券を含めることもある)が最適キャッシュ残高を上回っている場合、その上回る部分がフリーキャッシュフロー(経営者が自由に使える資金)となる。
フリーといえば聞こえはいいが、悪くいえば「余分な脂肪」を現金預金勘定に溜(た)めている、と言い換えることもできる。脂肪分を増やすことが果たしてよいことなのかどうかは、経営者の“好み=主観”に依存する割合が大きいことを、ここでも指摘しておこう。
筆者プロフィール
高田 直芳(たかだ なおよし)
公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当
1959年生まれ。栃木県在住。都市銀行勤務を経て92年に公認会計士2次試験合格。09年12月より公認会計士試験委員(原価計算&管理会計論担当)。「高田直芳の実践会計講座」シリーズをはじめ、経営分析や管理会計に関する著書多数。ホームページ「会計雑学講座」では原価計算ソフトの無償公開を行う。