公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(15)
迷走しつつも資金繰りを続ける「したたかなJAL」
高田直芳
公認会計士
2011/6/9
経営分析の世界では、理論的な背景が検証されないまま使われる経営指標が少なくない。今回はその1つである「フリーキャッシュフロー」を、迷走を続ける経営再建中のJALを例にして、理論的に検証していこう。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年9月18日)
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JALのオプション・キャッシュフローの行方
そうした構造上の違いを認識しながら、JALのオプション・キャッシュフローを描いたものが〔図表6〕である。
ただし、JALの場合、流動資産と流動負債の差である経常運転資金レベルが破綻しているので、オプション・キャッシュフローの範囲を、売掛金・棚卸資産・買掛金の営業運転資金レベルに絞ることにした。
先ほどの〔図表4〕において、黒い線で描かれたフリーキャッシュフローは、08/6(2008年6月期)でマイナスに転じ、サブマリナー状態となった。
〔図表6〕のフリーキャッシュフローは、四半期ごとの移動平均値で求めている。そのため、同じフリーキャッシュフローとはいっても、四半期遅れて08/9(2008年9月期)からサブマリナー状態となっている。
〔図表4〕と〔図表6〕では四半期のズレがあるとはいえ、黒い線で描かれたフリーキャッシュフローが水没することに変わりはないようだ。
オプション・キャッシュフローはプラスを維持 JALは頭脳派集団か?
〔図表6〕で注目して欲しいのは、赤い線で描いたオプション・キャッシュフロー(タカダ式フリーキャッシュフロー)である。08/12(2008年12月期)は急降下したが、その前後は水没することなく、500億円前後で低空飛行を続けていることがわかる。
ちなみに、08/12に急降下した原因を調べたところ、例年、年末の営業運転資金回転期間は0.33か月程度であるのに対し、この期だけは 0.54か月と急伸したことが原因のようだ。営業運転資金回転期間が伸びれば手許不如意となって、オプション・キャッシュフローは減少するのが道理であ る。
従来のフリーキャッシュフローを眺めているだけでは、こうした要因には思いが至らなかっただろう。
そうした特殊要因を除くとしても、オプション・キャッシュフローについてこれだけの低空飛行を続けられているとなると、財務に精通したパイロット がJALにいるのかもしれない、などと妙な勘ぐりが働いてしまうから不思議だ。なにしろ2006年には株主総会直後に、発行済株式の35%に相当する7億株 (1386億円)もの公募増資を行なう、といった頭脳プレーを発揮した会社である。
なお、新聞報道などによれば、2006年のときの公募増資には、香港の投資ファンドが意図的な空売りを仕掛けた、というオマケまでついていたようだ。
しかし、頭脳派集団と呼ぶのは評価しすぎかもしれない。この状況も“National Flag Carrier”はつぶせない、という国策のもとに、行政や銀行団が甘やかしている賜物であろう。
とは言っても、経常運転資金が破綻してしまうほどの借金体質の是非はともかく、フリーキャッシュフローだけを追いかけていては、JALの翼も悲観一色になる。〔図表6〕のような別解(オプション・キャッシュフロー)を求めることによって、JALの曲芸飛行をもう少し観察していたい気分にさえさせてくれるのだ。
今回はキャッシュフローのみに焦点を当て、JALについてしばしば問題視される、簿外リース債務(2009年3月期2889億円)や退職給付債務(同8010億円)には言及しない。また、「資本の欠損や債務超過とは何か」「株主優待の割引航空券は蛸配当にならないのか」といった“亡国論”を語るのは控えさせていただく。
これらの問題についてJALのみならず、監査法人や国土交通省などがいずれ、きちんとした説明責任を果たしてくれるものと期待している。
ただし、目先の資金繰りにかかわらず、JALの株価は今後、相当の乱気流に巻き込まれる可能性がある点には注意したい。デルタ航空やアメリカン航空との提携話について、「当座のカネだけが欲しい」というのであれば、より一層の不確定要素になるだろう。
キャッシュが急減している日立の運命
参考として、日立製作所についてもオプション・キャッシュフローを求めたので、それを〔図表7〕に掲げる。日立については営業運転資金ではなく、経常運転資金としている。
〔図表2〕で示した同社の連結キャッシュフロー計算書は通年であったため、フリーキャッシュフローは両期とも黒字になっていた。〔図表7〕のフリーキャッシュフローは、四半期ごとの移動平均としている。
〔図表7〕において黒い線で描かれたフリーキャッシュフローを見ると、日立製作所は、ずっとサブマリナー状態になっていたことがわかる。
一方、赤い線で描かれたオプション・キャッシュフロー(タカダ式フリーキャッシュフロー)のほうは、08/12(2008年12月期)まで4000億〜5000億円の間で推移していたのに対し、09/3(2009年3月期)以降は2000億円に半減している。
日立製作所は2009年8月に、日立マクセルなど上場子会社5社を完全子会社にすると発表した。これには相当の「財務体力」を必要とする。
〔図表7〕で描かれているオプション・キャッシュフローが暗示するのは、構造改革は、「やるなら昨年までだった」ということである。今年に入ってから構造改革を行なおうとしても、キャッシュフローという推進力は失われつつあることを示している。
巨艦ヒタチは、無事に航行できるのだろうか。皮肉にも“短期的には”JALよりも心配な企業である。
筆者プロフィール
高田 直芳(たかだ なおよし)
公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当
1959年生まれ。栃木県在住。都市銀行勤務を経て92年に公認会計士2次試験合格。09年12月より公認会計士試験委員(原価計算&管理会計論担当)。「高田直芳の実践会計講座」シリーズをはじめ、経営分析や管理会計に関する著書多数。ホームページ「会計雑学講座」では原価計算ソフトの無償公開を行う。