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公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(16)

優良企業をダメ判定 フリーキャッシュフローの罪

高田直芳
公認会計士
2011/7/7

堅実な業績の三井不動産だが、フリーキャッシュフローによる検証を行うと、「ダメ会社」と判断されてしまう。しかしそれは、フリーキャッシュフローが「ダメ指標」であるからという点に注意せねばならない。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年10月2日)

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オプションCFからわかる
アーバン「3つの特徴」

 もちろん、オプション-キャッシュフロー(タカダ式フリーキャッシュフロー)は生まれたての指標なので、もっと数多くの実証が必要であることは承知している。

 そこで、2008年8月に黒字倒産したアーバンコーポレイションを取り上げ、検証していこう。以下では、アーバンと略称する。

 黒字倒産とは、損益計算書上は黒字決算であるにもかかわらず、資金繰りに行き詰まって経営破綻することをいう。アーバンの場合、3年間で売上高が3.8倍となるほどの急成長を示し、2008年3月期の当期純利益は311億円を計上した。だが、その5か月後に一気に倒壊した、典型的な黒字倒産である。

 実は当初、今回のコラムはアーバンのキャッシュフローをメインに取り上げて、同社が資金繰りに窮して経営破綻する過程を紹介する予定でいた。ところが、いろいろと調べていくうちに「ドロくさい内容」になることがわかった。

 匿名コラムならいざ知らず、野暮な話を書くのは憚(はばか)られる。ここはクールに分析していくことにしよう。

 アーバンのフリーキャッシュフローとオプション―キャッシュフロー(タカダ式フリーキャッシュフロー)を〔図表4〕に示す。

〔図表4〕アーバンのオプション―キャッシュフロー


  オプション―キャッシュフローは移動平均を用いて算出するものであるため、〔図表4〕におけるフリーキャッシュフローも移動平均とした。

 〔図表4〕において黒い線で描かれたフリーキャッシュフローは、なだらかに下降するだけであって、これだけでは同社がなぜ、資金繰りに窮したかが不明だ。

 もちろん、貸借対照表や損益計算書を眺めれば、ある程度のことはわかる。しかしそれでは、せっかくのキャッシュフロー計算書が蚊帳の外に放置されてしまう。

 そこで〔図表4〕において赤い線で描かれたオプション―キャッシュフローに注目していただきたい。これには、いくつかの特徴がある。

 第1は、06/12に向けて急降下したこと。第2は07/3以降、反転上昇したこと。第3は、07/12以降、再び急降下したことである。貸借対照表や損益計算書に頼らず、キャッシュフロー計算書だけで、こうした情報が得られることが重要だ。

工事完成基準の採用で起こるオプションCFの大きなうねり

 3つの特徴のうち、第1と第2には共通の要因がある。それは、同社が工事完成基準を採用している点にある。そのために、07/3で反転上昇した。

 工事完成基準は、商品の引渡し基準と同じである。不動産の場合は、顧客へ「鍵」を引き渡したときに、売上高のすべてを計上する。

 建設業や不動産業では、第1四半期から第3四半期まで売上高がほとんど計上されず、第4四半期に駆け込み計上されるのが特徴だ。特に1件あたりの 取引規模が大きいので、そこに工事完成基準を適用すると、大きなうねりとなって現われる。第1と第2の特徴は、そうしたことを如実に表わしている。

 そうした裏事情を知らずに〔図表4〕の左半分を見てしまうと、07/3以降の反転上昇は、銀行借入金や社債などの有利子負債の増加によるものではないか、と勘ぐってしまうところである。 売掛金を回収しようと、借入金を増やそうと、キャッシュフローが増加することに変わりはないからだ。

 アーバンにおいて07/3以降、オプション―キャッシュフローが反転上昇したのは、銀行借入金などによるものではない。同時期における有利子負債 には、ほとんど増減がみられないからだ。長短の有利子負債に調べたところ、2006年12月期2905億円、2007年3月期2945億円であり、40億円の増加しかない。

 建設工事などで工事完成基準を適用すると、業績にブレが生じることから、工事進行基準の選択適用も認められている。これは工事の進捗状況を勘案しながら売上高を計上していく方法である。

 国際会計基準などでは現在、工事完成基準と工事進行基準のどちらを原則とするかで揺れ動いているようだ(注)。

 ところが、国内外の「意見」がどちらに転ぼうとも、それは貸借対照表と損益計算書に影響を及ぼすにとどまり、キャッシュフロー計算書に基づく「事実」、すなわち〔図表 4〕には関係がない点に注意したい。「利益は意見、キャッシュは事実」“Profits are an opinion, cash is a fact.”なのである。

 最後に、第3の特徴である。〔図表4〕において07/12以降、再び急降下しているのは、サブプライムローン問題による影響であろう(第10回コラム参照)。

 2008年以降は大型物件の完成による反転上昇が見込めず、代わりに転換社債型新株予約権付社債300億円の資金調達によって再度の反転上昇を目指したのだろう。この社債300億円が食わせもので、実際には100億円も調達できなかったのはマスメディアなどの報道で知られた通りである。

(注)企業会計基準委員会「収益認識に関する論点の整理」各論【論点A】工事契約の収益認識(工事進行基準)

オプションCFの副産物「倒産確率方程式」

 ところで、オプション―キャッシュフロー(タカダ式フリーキャッシュフロー)を計算する過程で、最適キャッシュ残高方程式をあれこれ展開していくと、その副産物として「倒産確率方程式」というものを導き出すことができる。

 拙著『会計&ファイナンスのための数学入門』に収録しようとも考えたが、当時は実証データが少なすぎたので断念した。いずれ経営分析などに関する書籍で開示することとしたい。

 倒産確率といえば、第16回コラム(JAL編)で取り上げた日本航空が風雲急を告げる展開になってきた。

 「JALに債務超過の可能性あり」という新聞報道が初めて流れたのは2009年9月22日。その4日前の第16回コラムで「資本の欠損や債務超過とは何か」「株主優待の割引航空券は蛸配当にならないのか」という表現を用いて、「JALの翼」の脆弱性を予告しておいた。

 蛸配当とは、債務超過の企業が配当を行なうことをいう。タコが空腹時に自らの足を食べる俗説を喩えたものだ。もちろん、会社法462条に抵触する行為である。

 ただし、筆者が語れるのは、ここまで。JALの倒産確率を公表するのは、「風説の流布」(金融商品取引法158条)のド真ん中をくり抜いてしまいかねない。

 いまはJALを含めた数社の倒産確率を見比べて、その推移を注視しているところである。

筆者プロフィール

高田 直芳(たかだ なおよし)
公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当

1959年生まれ。栃木県在住。都市銀行勤務を経て92年に公認会計士2次試験合格。09年12月より公認会計士試験委員(原価計算&管理会計論担当)。「高田直芳の実践会計講座」シリーズをはじめ、経営分析や管理会計に関する著書多数。ホームページ「会計雑学講座」では原価計算ソフトの無償公開を行う。

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