公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(17)
コマツとクボタの分析で分かる在庫調整のわな
高田直芳
公認会計士
2011/8/4
大企業の在庫調整が一巡し、いよいよ景気も回復傾向かと思われたが、決してそうではない。なぜなら、大企業の在庫圧縮は、下請け企業から納品された「部品」を戻すことによって行われることもあるからだ。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年10月16日)
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キャッシュフロー方程式で導く
コマツ・クボタの最適在庫とは
〔図表5〕の推移を見て「なぁんだ、在庫圧縮など嘘ではないか」と即断してはならない。これが回転期間分析の限界だからである。
〔図表4〕によれば在庫は減っているともいえるし、〔図表5〕によれば増えているともいえる。さすが、倉庫の隅に宿る悪魔は二枚舌である。
その悪魔のシッポを、拙著『会計&ファイナンスのための数学入門』に収録した「キャッシュフロー方程式」で捕まえてみよう。
キャッシュフロー方程式は、最適キャッシュ残高を求めるだけが能ではない。先ほど、回転期間分析はキャッシュフロー分析の1つだと述べた。キャッシュの問題は、在庫の回転期間問題にも応用できるのだ。
同書229頁に収録したキャッシュフロー方程式は〔図表6〕の通りである。
〔図表6〕キャッシュフロー方程式 |
〔図表6〕右辺のσ(シグマ)には〔図表4〕の標準偏差を代入し、Tには〔図表5〕の棚卸資産回転期間を代入する。mはここでは1とする。
lnは自然対数の略称記号であり、右辺の右端にあるeは、自然対数の底(てい)と呼ばれるものだ。これにより、左辺のa=最適在庫を求めることができる。〔図表6〕の式は、筆者が熱統計力学のボルツマン方程式を参考にしながら、試行錯誤で組み立てたものだ。
〔図表6〕を在庫に応用する場合は「ランニング―ストック方程式」と呼ぶことにしよう。この方程式を展開していった結果が〔図表7〕である。
〔図表7〕最適在庫と最適ストック倍率 |
「最適在庫」とは、これ以上の在庫を抱えるのは余剰であり、これ以下は在庫切れのリスクを背負うことを示す。つまり、最適在庫はその分岐点となる金額だ。
「最適ストック倍率」は、〔図表4〕にある棚卸資産価額の移動平均値を、〔図表7〕の最適在庫で割ったものである。
〔図表7〕で注目してほしいのは、次の3点である。第1は、コマツは2008年3月期に5.8倍もの余剰在庫を抱え、クボタは2008年6月期に6.5倍もの余剰在庫を抱えていたこと。
第2は、2009年6月期には両社とも2.9倍にまで最適ストック倍率を低下させていること。すなわち、ほぼ一貫して余剰在庫が圧縮傾向にあること。第3は、2009年3月期から09年6月期にかけて、両社とも最適在庫の金額が増加していること、である。
最適在庫の分析から安易に
「需要回復」の判断はできない
そして、〔図表7〕にある最適ストック倍率の推移をグラフ化したものが〔図表8〕である。
〔図表8〕最適ストック倍率の推移 |
コマツは08/3(2008年3月期)に、最適ストック倍率が急上昇している。最適在庫を大幅に上回る実際在庫が積み上がったということだ。
同社の「定性的情報」を参照したところ、この時期は「建設・鉱山機械の旺盛な需要に対応した増産に伴うたな卸資産の増加等により」とあった。
しかし、これは少し違うと筆者は考えている。同時期の同社の棚卸資産は5100億円〜5200億円の間で「高値安定」していた。在庫が多かろうが少なかろうが、安定しているのなら最適在庫を減らせ、という指示が働かなければならない。そのために最適ストック倍率は上昇したのだ。
クボタは08/12(2008年12月)に、最適ストック倍率が急減している。同社の「定性的情報」を参照したところ「北米での売掛債権売却の減少に伴い売掛金が大幅に増加し、たな卸資産も増加したことなどから」とあった。これも少し違うと筆者は考えている。
クボタの在庫は2007年3月期以降、2000億円から2100億円の間で「高値安定」を続けていた。ところが、2008年12月期以降、棚卸資産の増減にバラツキが生じている。
そのリスクを回避しようとするならば、最適在庫は積み上げざるを得ず、そのために最適ストック倍率は急減したのだ。先ほどのコマツとは逆のケースである。
そして両社に共通しているのは、2008年の秋以降、最適在庫のほうが「高値安定傾向」にある点だ。〔図表7〕の2009年6月期において、最適在庫が増加しているのはその現われである。最適在庫が増加する要因としては、建設機械に対する需要がいまだ一進一退ということだろうか。
需要に不確定要素が多いときは、〔図表6〕にあるσ値を高めることになる。そのリスクを回避するために、〔図表5〕で棚卸資産回転期間の上昇となって現われているといえるだろう。
やみくもな在庫圧縮は
経営戦略の誤りを招きかねない
企業の多くで、在庫圧縮は喫緊の課題とされている。しかし、それは経営戦略を誤りかねない、と考える。最適在庫が増加傾向にあるときは、在庫切れを起こさないようにするために、実際の在庫を積み上げることも必要な経営戦略となるからだ。
重要なのは、やみくもに「実際の在庫を圧縮」することではない。最適在庫を見極めて「最適ストック倍率を圧縮」するように努めることである。コマツとクボタは、それを実践しているといえるだろう。
なお、〔図表7〕や〔図表8〕は四半期報告書に基づく概算であり、いま述べた内容は筆者の個人的な見解にすぎない。1年間で4件のデータしか入手できないのであるから、その点は了解していただきたい。
少なくとも、〔図表4〕や〔図表5〕を単発で見て、悪魔の二枚舌に惑わされることのないようにしたいものだ。
次回は「赤字国債に最適残高は存在するか」というテーマで、国が抱える膨大な借金に、〔図表6〕で示したキャッシュフロー方程式の切っ先を突きつける予定でいる。経済学者やエコノミストの政策論議を尻目に、「意外な実務解」をお見せしよう。
筆者プロフィール
高田 直芳(たかだ なおよし)
公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当
1959年生まれ。栃木県在住。都市銀行勤務を経て92年に公認会計士2次試験合格。09年12月より公認会計士試験委員(原価計算&管理会計論担当)。「高田直芳の実践会計講座」シリーズをはじめ、経営分析や管理会計に関する著書多数。ホームページ「会計雑学講座」では原価計算ソフトの無償公開を行う。