30歳前後のエンジニアは、まさにキャリア選択の真っただ中にいる。5年後、10年後を考えたとき、「どのようなキャリアを選択すべきか」を真剣に悩み始めるときではないだろうか。「給与で仕事を選ぶつもりはない人」にとっても、将来どのようなキャリアを目指すかによって、どれくらい年収格差が生まれるのかをしっかりと確認しておきたいところだ。
実際、社内でマネージャとしてキャリアアップを目指すのか、またはフリーエンジニアとして専門を極めるのか。それぞれのキャリアに応じて、当然のごとく年収も変わってくる。
長引く不況の影響により、ITエンジニアの給与が“デフレ化”する中、30代で「年収1000万円を稼げる職種」はあるのだろうか? そして今後人材マーケットでニーズが高まる仕事とは? さらに年収はどのようなプロセスを経て決まるのかーー最新の給与データをもとに、厚いベールに隠された「ITエンジニアの給与システム」をじっくり探ってみた。
「38歳700万円」がITエンジニアの平均年収
一口に「ITエンジニア」といっても、さまざまな職種があり、職種ごとの給与水準はほとんど知られていない。こうした中、社団法人 情報サービス産業協会(JISA)は、人事担当者などが中途採用や社内の技術者の処遇を検討する際、世間相場を知るためのツールとして、IT職種ごとの給与水準や給与の決定要因を分析したデータをまとめている(2003年1月、JISA会員企業25社702名のITエンジニアを対象に実施)。
それによると、調査対象者の平均年齢は38.3歳で、総年収は平均691.2万円。そのうち、総年収から諸手当などを差し引くと、659.6万円となる。「38歳で700万円」というのが、ITエンジニアの平均年収といったところだ。
●30代で「年収1000万円」を狙える職種はコレだ!
次に職種別の総年収を見てみると、3つの階層に分類できる。1つ目は平均年収が1000万円前後に到達する「上級コンサルタント(平均1024万円)」と「部長職(同969万円)」。次いで、年収800万円前後の「システム・マネージャ(同802万円)」「課長職(同778万円)」や「プロジェクト・マネージャ(同768万円 )」。そして3つ目が年収400万円台後半から700万円台の「業務系」「エンジニア系」「運用系/ネットワーク運用系」のスペシャリストだ(図1)。
各職種の上級と中級もしくは初級との間で、職種別の年収差を見ると、興味深い結果が見えてくる。スペシャリティが求められる職種ほど、年収格差が拡大しているのだ。例えば、上級と初級を比べると、「業務系スペシャリスト」は261万円、「エンジニア系スペシャリスト」と「「運用系/ネットワーク運用系スペシャリスト」は256万円もの開きが生まれている。
上級コンサルタントを目指すかスペシャリストの道を選ぼう!
これらのことからも、将来、経営幹部やマネージャを目指すのではなく、社内あるいは社外(フリー)でエンジニアの道を突き通すならば、専門を極めることが年収アップの絶対条件であることが分かる。
「年収を決める要素として一番大きいのは年齢です。縮小傾向といっても、依然として年功序列的な要素が残っている企業は多い。もう1つは企業の“支払い能力”です。どれだけ人材にお金を払えるのかという企業の収益性の問題によって、給与はかなり変動します」と、同協会の調査企画部課長を務める手計将美氏は、給与水準の決定要因を分析する。
これらのほかに年収を決める最も重要なファクターが「ジョブスキル」だ。
下図は、今回調査対象となった15職種の年収を、それぞれ最高、標準、最低の3ランクで示したものだが、職種によってかなりの格差がある(図2)。調査では、イレギュラーな要素を排除するために、年収の上下それぞれ25%を除外しているが、こうした修正を加えた後においても、年収水準がほかに突出して高いのが、「上級コンサルタント」だ。
●ITエンジニアの年収格差は拡大傾向にある
「例えば大規模なシステム構築では2つの側面から人材が求められます。1つがエンジニアリングです。ここでは、開発手法の経験がある人へのニーズが高い。しかし、最近は従来のようにシステムをゼロから構築するのではなく、既存のパッケージやプロダクツ、部品を組み合わせるという方法に変わってきています。これに伴い、そういったプロダクツや部品の評価ができる人、いわゆる『ITコンサルタント』へのニーズが非常に高い。それにふさわしいジョブスキルを持つ人は、年収もアップする傾向があります」(手計氏)
優れた「ジョブスキル」があれば年収アップも狙える
ただ現状では、ITコンサルタントの数は少ない。そして、それが年収を押し上げる要因の1つになっている。同様のことが「プロジェクト・マネージャ」にも当てはまる。
そして、プロジェクト・マネージャやプロジェクト・リーダーを担う30代から40代前半のエンジニアについては、いわゆるヒューマンスキル的な部分も含め、さまざまな形で「保有能力」に対する課題が出てきている。
これまでは、システム開発の仕事をしていく中で、「ユーザーからいわれたことを納期までに正確にやる」ということだけが求められるケースが多かった。ある意味、ユーザーとの間で“職務の壁”が存在していた。
ところが次第にユーザーニーズがソリューション型へとシフトし、「プロジェクトを必ず予算内、期限内でまとめてほしい」「(社内の人員を含め)プロジェクトにかかわるすべてのメンバーを束ねてほしい」、あるいは「上流から下流に至るまですべての工程をマネジメントしてほしい」など、ミッションに対する要求が高度化してきている。
「仕事に求められる成果の質が上がることにより、個人がいままで蓄積してきた経験やスキルと、求められる役割との間でギャップが生まれているのです。プロジェクト・マネージャの質の高度化も含め、多くのITエンジニアを抱える企業にとっても大きな課題です」(手計氏)
逆にいえば、「メンバーのマネジメントを行う能力があり、プロジェクトを予算内、期限内で確実に実行し、期待どおりの成果を出せるジョブスキルを持つ人材であれば、どこの会社へ転職しても食べていける」(大手人材紹介会社の人材コンサルタント)ことになる。
このほか、人材不足が著しいのは、エンジニアリング系やネットワーク系などの上級スペシャリストだ。JISAが会員企業195社を対象に行った調査でも、「ITコンサルタント、プロジェクト・マネージャ、上級スペシャリストは全体の20%程度しかいない」など、人手不足を裏付ける結果が出ている。エンジニアリング系、ネットワーク系、業務系とも上級スペシャリストの年収水準が高いこともうなずけるところだ(図3)。
●ITコンサルタント、プロマネの充足率はわずか20%
図3 「ITコンサルタント」「プロジェクト・マネージャ」「IT上級スペシャリスト」は、それぞれ80%近くも不足している。優れたジョブスキルを持つ人材がいかに求められているのかがよく分かる(出所:JISA「職種別ITエンジニアの過不足感」調査 2001年9月)
中国人、インド人技術者が年収の“デフレ化”を引き起こす
こうした高年収を狙える職種がある一方で、誰もができるような“労働集約的”職種では、給与がかなり低く抑えられている。一般に、インターネットやWeb関連の職種になると若い人の方が知識も豊富で、労働市場のニーズも高い。
ただ、「テクニカルなスキルだけでは、高年収の決定要因にはならない」(外資系エグゼクティブサーチの人材コンサルタント)のが実情だ。
また、給与が上がらないもう1つの要因が、「中国やインドで働くエンジニア」の存在だ。近年は、中国人やインド人のエンジニアが日本にも流入しているほか、日本企業が仕事そのものを中国やインドへ発注するケースも急増している。従って、「プログラマや初級クラスのITエンジニアの年収が今後増加する可能性は低い」(外資系エグゼクティブサーチの人材コンサルタント)といえるだろう。
ここまで見ると、上級コンサルタントクラスになれば年収1000万円オーバーも可能だが、全体的な水準からするとITエンジニアにとって、「1000万円」のハードルはかなり高いことが分かる。
「技術一本だと、よほど造詣の深いエンジニアでない限り難しいでしょう。やはり、年収アップにはマネジメントスキルやコンサルティングスキルが必要になります。また、社内の評価だけではなく、対外的な評価も含めなければ、年収1000万円は厳しい」(手計氏)
労働市場のニーズを見ながら「自分戦略」を打ちたてよう!
それでは肝心の給与はどのようなプロセスを経て決まるものなのか。下図は、エンジニアの給与決定プロセスを表したものである(図4)。給与は「製品・サービス市場(事業市場)」「労働市場」という2つの市場と、「ジョブスキル」の3つで決まることが分かる。企業は事業市場を見据えながら経営理念や経営戦略を策定し、それぞれの製品戦略を決め、そこで初めて「ジョブ」が発生する。
そして、このジョブを遂行するうえで、人事管理と成果基準の組み合わせによって、1つの処遇が決まる。その際には、労働市場と密接にリンクしながら給与水準を合わせていくことになる。しかし、多くのエンジニアはこうした給与決定の仕組みを理解していないと手計氏は指摘する。
「『俺はこれだけ仕事をやったのだから給与を上げてくれ!』など、社内の相対評価の中だけで報酬が決まると思っているエンジニアが多い。しかし、実際には、収益がどれだけあったのかとか、労働市場の中での評価はどうなのかとか、その点が決まらないと収入ベースが決まらないわけです。それをトータルで見たのが『市場基準』というわけです」(手計氏)
この市場基準に関して、現在大きな問題が生じている。それは、先ほども触れたように、労働市場そのものがグローバル化してきたということだ。市場基準は、事業市場の中でユーザーが何を求めるかということと密接に関係してくるため、56万人いるといわれるエンジニアも、ユーザーのニーズやエンジニアの能力によってピラミッド構造になっているのが現実だ。
高報酬を獲得できるエンジニアは、ごく一部の上の階層にいる人だけで、下の階層になればなるほど付加価値は下がり、中国やインドをはじめとするアジア各国への発注と競合することになる。
●ITエンジニアの年収は国際基準で決まる!
ITエンジニアの年収は国際競争にさらされる
こうした中、自分自身のスキルをどうマネジメントするのか。すなわち「事業市場や労働市場の変化に応じて、自分の戦略をどう見直すか」(手計氏)ということが極めて重要になってくる。
JISAが今年5月にまとめた「情報サービス産業白書 2003年版」によれば、経済情勢が厳しい中で、企業のIT投資にも陰りが見えている。さらに、近年ユーザーのニーズは明らかにハードからソフトサービスへと転換し、現在はソフトサービスに集中している。中でも、金額の伸びではシステム管理の運営受託業務が、アウトソーシングの進展によって高くなっている。
これは、アウトソーシングの市場が伸びる一方で、ソフトウェアの開発、受託開発がそれほど伸びていないということでもある。こうしたデータからすると、「システム運用の上級スペシャリストや、システム・マネージャなどへのニーズが今後高まることは十分に考えられる」と手計氏は予想する。
また、前述のとおり、企業がIT投資の費用対効果を厳密に求める傾向が強まると予想されるため、ゼロから作るよりも「組み合わせ」の評価ができる人材、すなわちITコンサルタントへのニーズはますます強まるだろう。こうした市場ニーズを先読みした“自分戦略”を構築できないエンジニアの年収は、今後減少の一途をたどるに違いない。
「ITスキルというのはグローバル基準です。世界各国で使い始めると、いずれは同一基準に収束します。ですから、日本と比べて中国のコストが3分の1だったら、中国に発注するのは、自然な流れ。すると、日本国内のエンジニアの給与水準は、次第に中国などへの発注単価に近づいてきて、いずれ給与水準と発注単価が一物一価になってきます」(手計氏)
まだ日本が恵まれているのは、市場が日本にあるということと、日本語という壁に守られているということである。ただ、それがいつまで続くのか……。現に中国やインドなどアジア各国からも優秀なエンジニアが来ているし、開発案件の発注も増えているというのだ。
国際基準で通用する人が1000万円の大台に
近い将来、日本のエンジニアと中国やインドなどアジアのエンジニアとの生産性が露骨に比較されるようになるだろう。そうすると、場合によっては、日本のエンジニアの給与が暴落することすら考えられなくもない。こうした事態を避けるには果たしてどうすればよいのか。
「1つの考え方として、付加価値の高い職種に積極的に特化するということが必要になるかもしれません。逆に、付加価値が低い仕事はどんどん海外に発注される。そうなると、日本国内には、そういう付加価値の低い仕事はなくなってくる。厳しいとは思いますが、結局は、個人の生産性をベースとする競争力が問われる時代になると思います」(手計氏)
一見、ドメスティックな環境にあるエンジニアも、実はすでにグローバル競争の真っただ中に置かれていることを自覚しなければならない。その競争の中で自己を高め、生き残ったものだけが、年収1000万円というハードルをクリアし、「高報酬」を獲得できるのだ。
以上、前編では、年収1000万円を狙える職種や、給与を決める要因などについて説明してきた。次回後編では、実際に年収1000万円を目指し、社内でスキルアップに励むエンジニア、あるいは会社組織を離れ、フリーエンジニアとして活躍する人物が登場する。そして、人材マーケットにおけるニーズを探りながら、年収1000万円を稼ぐために必要な条件をレポートしよう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.