第72回 半導体業界は魔法使い募集中?:頭脳放談
半導体設計部門の新人配属は少ない傾向にある。数十年前のチップに夢や魔法があった時代とは大違い。そろそろ夢を取り戻さないと……
4月に入った新入社員の人たちも、そろそろ会社や「社会人生活」にだいぶ慣れたんではないだろうか。会社にもよるのだけれど、「見習い」ながらそろそろ本格的な仕事を始めている人も、まだまだ研修途上で本格業務は先という人もいろいろだろう。筆者や多くの友人の所属するエレクトロニクス業界や半導体業界は、ともに「成熟産業!」の声がかかって久しく、その会社の景気のよし悪しを別にしても、どこもそう大した数の新人も入ってこないようだ。
まさにおじさんの群れ(業界内の該当職場における女性比率が低いので許していただきたい)にポツンと新人が入る感じだ。何か偉そうやら、怖そうやら、厳しそうやら、それでいて、くたびれていて、そこはかとなく哀愁が漂い、何か別の世界の別な論理に一喜一憂している変な人たちの集団に、幸か不幸か投げ込まれる感じではないだろうか。知っていて、希望して入ったのであればよいけれど、そうでない場合はちょっと悲しい。
マイコン業界は30歳代でもまだ若手
筆者が業界に入ったころを振り返ってみれば、そのころ業界はまだ成長期であった。筆者より年寄りの世代にいわせれば、それでも「ようやく産業といえるようになった」という程度の時代だ。まぁ、神代は過ぎ、魔法使いや英雄たちが跋扈(ばっこ)している時代の末期といえようか。業界の規模そのものが年々急速に大きくなっていた。もともと少ない人数しかいないところに、次々と新人を入れるので新人の比率は高かったはずだ。その当時、わずか10年くらいしか歴史のない(LSIとしての)マイコンを設計している設計者の総人数が全世界で2000人という話があったが、大して歴史もないところに次々と人が入ったのだから、平均年齢はとても低かった。
いまでは40年近い歴史もあり、すでに引退した人もいるが、筆者らのような世代が多くまだ残っているから、いまではその頭数の母数は多く、平均年齢は高い。その中に、ときどきまれに新人が入る程度なのだから圧倒的な「経時変化」の前に、平均年齢に及ぼす影響はほとんどない。
マイコンなど、売っている方も買っている方もこんな感じなので、よくいえば物慣れたベテラン、プロの同士の世界である。特に、小さなマイコンにアセンブラでコーディングしているようなチップの世界で高齢化は顕著だ。新人が入っても、高級言語でミドルウェアを作るとか「先のある」仕事に配属されてしまうせいか、アセンブラでちんまいシステムを作っている商売では、どうも30歳代後半だとまだ若手扱いである。主力は40歳代、50歳代も現役だ。コーディングしている側もそうだが、チップを作っている側も同様なので、まさにあうんの呼吸だ。アセンブラのコーディング側とチップ開発側以外には、何でそこまで微妙なチューニングをするのか訳が分からない回路を作っている。それはそれで進化の末端、究極の姿である。そして、そのチップを使える人の顔が即座に4、5人浮かんで消えるが、そのほかには全地球上に使いこなせる人はいない。でもあと5年はいいけど、10年経ったら……。絶滅の暗い淵が見えてくる。
そんな風にある意味高度に特殊化してしまっている技術を新人に対して、「すぐにキャッチアップせよ」といっても無理がある。確かに、昔に比べれば大学で半導体設計を教わってくる人もいるので状況は悪くはない。しかし、ソフトウェアにたとえれば、年寄り世代はCP/MかDOS時代のシステム・コールが数十個しかないころから、だんだんに勉強していまに至っているので、かなり広い知識を身に付ける間もある上での特殊化であった。だが、いまや即座に覚えるべき知識はDVD-ROM何十枚分(昔なら本棚3つ分)であって、それが毎月更新状態なのだから。
仕事に使うある特定の分野だけ何とかキャッチアップできるというのがよいところだろう。まぁ、そういう風になってしまうのは、日本的にいえば「致し方ない」ということだろうけれど、まったく持って「面白い」仕事とは思えない。「こんなことをこの先何十年も続けるの?」といわれたらどうしようか。実際、少々前に「エレクトロクニスはカッコ悪いと思われている」という極めて率直な意見が業界のごくごく一部に衝撃を与えたのだが、自ら進んで業界に入ろうとする人が少なくなっているように思われるのとは無縁であるまい。
半導体には魔法の魅力が必要?
再度振り返ってみれば、自分が業界に入ろうとしたころ、当時は半導体を作るということ自体が一種魔法のように思われていた時代であった。マイコンなどはその最たるものであった。そういう「魔法使い」にあこがれて業界に入った。そしていまからすれば恐ろしく高い値段で半導体が売れていた。
いまや魔法は消え、お金さえ出せば誰でも作れる石ころを、安いお金で、高齢化したおじさんらがひたすら作り続けている。しかし、昔、半導体に魔力を与えていた「付加価値」が消滅したわけではないのだ。半導体が掴んでいた付加価値というやつは半導体の手からずり落ち、どうも最初はソフトウェア業界、それからコンテンツ業界、そしていまではネット業界へと転移してしまったようなのだ。それにつれ、魔法使い志望の若人が向かう聖地もショバを変える。以前も書いたが、ここでの魔法の鏡は秋葉原であり、そこで幅を利かせているお店の種類こそが付加価値の転移先を暗示している。
いまさらながらに「付加価値をおじさんらの手に取り戻せ」などという気は毛頭ない。半導体を作るという行為そのものは魔法ではなくなっているのだ。しかし、新たな魔法の種を仕込む時期に来ているような気がするのだ。かつては偉大な魔法であった、音を出したり絵を動かしたりすることが何の不思議でもなくなってしまったいまだからである。種はないわけではあるまい。実際、おじさん世代が再び魔法使いとして復活する目はないだろうが、蒔いた種が芽を出すときには、新たな魔法使いが集まってくるだろう。ホグワーツ校に毎年、魔法使いの新入生が入ってくるように。さて、何を仕込みますか、年寄りのみなさま。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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