IT企業を襲う「優秀なプロマネ不足」の打開策:IT企業のための人事制度導入ノウハウ(1)(2/2 ページ)
IT企業の人事担当者に読んでほしい、人事制度導入ノウハウ。導入プロジェクト開始の準備から設計、導入、実際の運用まで、ステップごとに詳細に解説する。
個人レベルの問題
IT企業に個人レベルで起こっている問題としては、以下の3つが挙げられます。
(1)新しい技術についていけない人の発生
IT業界における技術の変化は非常に早く、同じ技術を使って同じ仕事をしていては、いずれ給与に見合う価値を発揮できなくなってしまいます。しかし、全員が新しい技術にキャッチアップし続けられるわけではありません。一般的には、年齢を重ねるほどに、新しい技術の吸収は困難になるといわれています。
中には一定の技術を身に付けたうえで、プロジェクトマネージャへのキャリアアップを図れる人もいます。しかし先に述べたように、プロジェクトマネージャはかなり高度な能力を要求される職種です。プロジェクトマネージャの適性がなく、技術の進歩についていけない人への対応は、IT企業の大きな課題です。
(2)高スキルエンジニアのモチベーションダウン
プロジェクトにアサインされたメンバーを見渡すと、「十分なスキルを持った人材がそろっている」と感じる――。これは、かなりまれなケースといっていいでしょう。
スキルが不十分なメンバーがいれば、誰かがそのフォローをしなければなりません。誰かとは通常、プロジェクトの中で高いスキルを持つITエンジニアでしょう。
フォローの対象はメンバーに限りません。プロジェクトマネージャの力量が不足している場合にも、顧客との折衝から雑務まで、多くの業務が高スキルエンジニアに集中します。しかし力量不足のプロジェクトマネージャは、このITエンジニアのスキルも貢献度も、適切に評価できません。
激務に見合う評価や処遇が与えられず、さらなるスキル向上の機会も奪われた高スキルエンジニアは、モチベーションを下げていき、最後には退職に至ります。
(3)心身の調子を崩す人の発生
最近は「3K」といえば、IT業界の「きつい、厳しい、帰れない」という状況を指すようです。
プロジェクトの納期が非常に短く、メンバーのスキルも数もまったく足りない状況では、メンバーの長時間労働が発生しやすくなります。プロジェクトマネージャが力量不足だと、トラブルが頻発し、徹夜や休日出勤が繰り返されます。
開発作業は、1人で黙々と仕事をする状態になることが多いものです。自分のスキルが不足していても、周りに相談できる人がいないまま、毎日遅くまで働いて何とかこなすしかありません。
一方のプロジェクトマネージャも、厳しい条件で成果を出さなければならないというプレッシャーを感じながら、顧客やさまざまな関係者との慣れない調整に悪戦苦闘しています。調整ごとの好きな人もいるでしょうが、多くの人にとってはストレスを大きくする原因でしょう。
そのうえ、システム開発プロジェクトは「成功して当たり前」と思われているところがあります。失敗すると、金融機関のシステムのように社会的な大問題になるものもあります。
頑張っても「当たり前」止まり、失敗したら大きな責任が発生するのでは、ストレスはさらに大きくなるでしょう。
このような状態で、プロジェクトマネージャもメンバーも、お互いに気を配り、助け合う余裕をなくしています。結果として、オーバーフローになっている人や精神的に追い詰められている人を見逃してしまいます。こうして多くの人が心身の調子を崩していきます。
IT企業の人事制度に特に重要な3要素
以上、現在のIT企業で起こっている「人」の問題を、「組織レベル」「個人レベル」の2つに分けて3点ずつ挙げました。
これらの問題を解決・改善していくためには、どのような人事制度を構築・導入することが求められるのでしょうか。
制度において重要な要素は、
(1)技術の変化に対応できるスキル育成管理を行う
(2)個人能力の発揮とチームへの貢献をバランス良く評価する
(3)プロジェクトマネージャを戦略的に育成する
の3つであると考えます。
(1)技術の変化に対応できるスキル育成管理を行う
多くのITエンジニアが技術の変化にキャッチアップできるようにするためには、変化を先読みし、できるだけ早いスキルの習得を促すことが必要です。人事制度においても、等級(昇格)要件や評価基準は、スキルの変化を前提としたものでなければなりません。
不足スキルを効率的に習得させ、適切なスキルを持つメンバーをプロジェクトにアサインするために、1人1人の保有スキルの可視化と組織内での共有も必要でしょう。
(2)個人能力の発揮とチームへの貢献をバランス良く評価する
ITエンジニアは、スキルがなければ貢献することができません。個人の保有スキルの価値を評価し、処遇につなげていくことで、より高いスキルの習得を動機づけることが重要です。
処遇とは、金銭的な報酬だけを指すのではありません。スキルを高められる仕事を与える、好きな技術に携われる自由を与える、コミュニティ活動への参加を支援するなど、幅広い手段を検討すべきでしょう。
一方で、個人能力がいかに優れていても、周囲のメンバーと協力・連携して仕事を進める意識と行動がなければ、プロジェクト全体としての成果を出せません。
個人能力の蓄積・発揮と、チームへの貢献行動をバランス良く評価し、処遇に反映させることが必要でしょう。
(3)プロジェクトマネージャを戦略的に育成する
プロジェクトの成功の鍵は、何といってもプロジェクトマネージャにあります。そして、プロジェクトマネージャに求められる能力要件は、かなり高度なものです。
プロジェクトマネージャを質・量ともに十分に確保するためには、戦略的な育成が不可欠です。例えば、早期にマネジメント適性を見抜き、仕事を通じてマネジメント力を鍛えていくことなどが求められます。
ITエンジニアがプロジェクトマネージャを目指そうと思えるような、魅力的な処遇も必要でしょう。
コラム2 「自分はヒューマンスキルが高い」という思い込み
企業から「ITエンジニアのヒューマンスキルを強化したい」という相談を受けることがよくあります。
ITエンジニアの中には、コミュニケーションが苦手で、できればヒューマンスキルが求められる仕事は避けたいと考えている人も少なくないでしょう。
しかし、プロジェクトでの顧客や協力会社との折衝を通じて、ヒューマンスキルの重要性を感じている人もいます。
では、どうして「重要」と感じながら、ヒューマンスキルがなかなか高まらないのでしょうか?
理由はいくつか考えられますが、私たちの経験上、「自分のヒューマンスキルの状態」を正しく認識していない(例えば、自分ではスキルが高いと思っている)ケースが多いのです。
自分の能力を客観的に把握することは意外と難しいものです。特にヒューマンスキルは、自分がどう考えるかではなく、相手からどう受け止められるかが重要なのです。
正しい自己認識を促すためには、アセスメントのような客観的な能力把握の機会を提供することも必要でしょう。
今回は、IT企業で発生している「人」の問題を挙げ、それを解決し得る人事制度の方向性に触れてみました。
次回からはこの方向性に従い、具体的な人事制度の導入方法を紹介します。準備作業から始まり、現状分析、制度設計、導入作業などの各ステップに沿って解説する予定です。
筆者紹介
クライアントの企業価値向上・経営革新・持続的な成長を支援する組織・人事を専門領域とするコンサルティングファーム。アーサー・アンダーセンからスピンオフした組織・人事チームの主力メンバーにより設立。米国型合理主義を熟知したうえで、「日本企業の固有な体質」に合わせた独自のコンサルティングを推進している。
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