21世紀を生き抜くための戦略的キャリアマネジメント:エンジニアも知っておきたいキャリア理論入門(最終回)(1/2 ページ)
本連載は、さまざまなキャリア理論を紹介する。何のため? もちろんあなたのエンジニア人生を豊かにするために。キャリア理論には、現在のところすべての理論を統一するような大統一理論は存在しない。あなたに適した、納得できる理論を適用して、人生を設計してみようではないか。
最終回となる今回は、戦略的にキャリアを計画し実行する一連の流れを体系的に管理する「戦略的キャリアマネジメント」について解説します。
「戦略的キャリアマネジメント」の提唱者、Peggy Simonsen氏。Simonsen氏は、ビジネスパーソン向けのキャリアカウンセリングを行っているプロのキャリアカウンセラーであり、単なる理論ではなく、体系的かつ実用的といえるキャリアマネジメントの方法論を確立しています(ただし、残念ながら、まだ日本語で読める文献は出ていません)。
あなたが自分のキャリアをしっかりと築いていきたいとお考えなら、今回ご紹介する方法を軸にしつつ、これまでご紹介してきたさまざまなキャリア理論の中から、あなたの置かれた現在の状況に適したものを取捨選択して活用することをお勧めします。
21世紀のキャリアマネジメント
Simonsen理論の紹介に入る前に、“戦略的”という言葉の意味を説明しておきましょう。“戦略的”とは、一言でいえば「大局的、俯瞰的、長期的な視点」でモノゴトを考えることです。わたし達は毎日の仕事、生活に追われ、ついつい「目の前のこと」(局所的)、「いまの時間」(短期的)で物事を考えがちです。
これは要するに“近視眼的視点”でしか物事を考えていないということであり、キャリア的にはあまり好ましくありません。というのも、ITエンジニアの方でいえば、いまニーズの高い技術にばかり集中していると、ふと気付いたときに新しい技術の時代に移っており、自分のスキルがもはや時代遅れになってしまっていた、というような状況に陥るリスクがあるからです。
ですから、わたし達は、「目の前のこと」や「いまの時間」だけでなく、「周囲で起きていることも見る」(大局的、俯瞰的)、「未来の時間」(物事の長期的変化)の視点でキャリアを考え、将来への布石を打つための計画を立て、実行する必要があります。これが“戦略的”という言葉が持つ意味です。
さて、Simonsen氏によれば、21世紀のキャリアマネジメントには、以下の点が必要だと主張しています。
- 戦略的に自分をマネジメントすること
- 戦略的に自分のキャリアの現状を診断できること
- あなたが大切にしたいこと(価値観)に基づいてキャリアの意思決定を行うこと
- 長期的な計画のための戦略的なビジョン(ありたい姿)を持つこと
- 戦略的なアドバイザーを持つこと(大局的、俯瞰的、長期的な視点のアドバイスをしてくれる人を持つ)
- 戦略的な目標を持つこと(短期的、長期的な複数の目標を持つ)
1つを除くすべての項目に“戦略的”という言葉が登場していますね。前述したように、全体的、俯瞰的、長期的な視点で自分のキャリアを「自己管理」(セルフマネジメント)する必要があるということです。
20世紀は、いい会社に入りさえすれば、「目先のこと」や「いまの時間」だけを考えて行動していても大丈夫でした。なぜなら、会社側があなたのキャリア形成を計画し、導いてくれたからです。また経済成長期にはいくらでも仕事はありましたので、キャリアのことをきちんと考えなくても、仕事が簡単に見つけられた側面もあります。
しかし、21世紀は、中国、インドといった新興国はさておき、日本を含む先進国においては大きな成長はあり得ません。変化が激しく、またグローバルな競争下でぎりぎりの経営を維持するのに必死な会社側は、もはや社員のキャリアを主導する余裕がありません。従って、21世紀は、わたし達ビジネスパーソン1人ひとりが、キャリアマネジメントを主体的に行わなければならない時代なのです。
キャリアを取り巻く大きなトレンド(潮流)
Simonsen氏は、前項で主張しているような「戦略的キャリアマネジメント」がなぜ必要とされるのか、現在のわたし達のキャリアを取り巻く大きなトレンド(潮流)を6つ挙げています。
●1.「仕事」(Job)ベースから「役割」(Roles)ベースへ
従来は、会社内のそれぞれのポジションにおいて、やるべき業務内容が明確に定義されていました(日本ではそれほどもありませんが、欧米ではいわゆる「業務定義書」(Job Description)が必ず作成されていました)。しかし、変化の度合いが大きい現在、業務内容をかっちり決めても、すぐに現実とそぐわなくなってしまいます。従って、業務内容(やるべきこと)で自分の位置付けを決めるのではなく、自分の果たすべき役割(期待されること)が何かを理解したうえで、その時々で最適な行動を選択することが求められています。端的にいえば、「わたしは何をすればいいのですか?」という質問を上司にしてはいけないということです。「わたしに期待されている役割を踏まえると、いまはこんな業務をやるべきですね?」という提案ができなければいけません。
●2.「階層的」(hierarchical)な思考から「起業家的」(entrepreneurial)思考へ
大規模な組織であればあるほど、上下関係が明確、すなわち階層的な組織・命令系統が有効とされてきました。こうした組織では、「やるべきこと=業務命令」は上から順番に下りてきます。上からの命令がないと下は動くことができません。しかし、階層的組織、階層的な思考では、動きが後手になりがち。激しい変化に対応できないことはいうまでもないですね。
ですから、現在は、起業家的な思考が求められています。創業したばかりの若い会社を想像してもらえば分かると思いますが、限られた数の創業メンバーが、上の命令を待たず、それぞれ自主的に考え、判断し、動かなければ業務が回りません。重要なのは、変化への迅速な対応であり、これが成果を出すことにつながるということです。厳格な上下関係は、むしろ環境適応の阻害要因になります。そこで、階層的な組織を持つ大企業でさえ、厳しい現在の環境において生き残るためには、「起業家的思考」が求められているのです。
●3.「個人」から「チーム」へ
前述したように、従来は自分の業務内容、業務範囲が明確に定義されていました。自分のやるべきことをやれば、ほかの人のことは考えなくても問題ありませんでした。しかし、現在は、環境が複雑化したので、1人では解決できない問題・課題が増えました。このため、部門横断的に、あるいは社外の多くの人とチームを組んで、解決に当たらなければならない仕事が主流になってきています。ですから、現在の仕事環境において成果を出すためには、個人としての能力・スキルを磨くだけでなく、チームとして協働できることがますます重要になってきています。
●4.「現状維持」から「継続的改善」へ
変化の度合いが加速化すると、「従来のやり方」がすぐに通用しなくなります。ですから、変わりゆく外部環境に合わせて、こちらの打ち手もどんどん変化させていく必要があります。もちろん、従来のやり方を繰り返す「現状維持」の方が仕事は楽です。しかし、それでは時代の変化に取り残されてしまいます。常に新しい、より良い方法を考え実行する「継続的改善」が求められるのが現在の仕事です。
●5.「ローカル」から「グローバル」へ
『フラット化する世界』(トーマス・フリードマン著、日本経済新聞社)という世界的ベストセラーがありますが、この本で書かれていたように、情報化の進展などによって世界の境界線は消え去り(ボーダーレス化)、世界規模での競争時代が到来しています。以前は、ローカルな自国内の競合環境だけを考えていてもよかったのですが、現在はうかうかしていると、新興国の名もない企業に足をすくわれる可能性があります。個人レベルでも同様です。米国では、会計士などの専門職の仕事は、フィーの安いインドなどの会計士に奪われつつあるのです。財務データなどをインターネットで簡単に送受信できるようになったからですね。
●6.「定型性」から「創造性」へ
前述した「『現状維持』から『継続的改善』へ」と近い話ですが、定型的なやり方を踏襲するのではなく、あえて従来の箱(考え方)から出て、まったく違うアイデアを考えてみる、要するに「創造性」があらゆる業界、職種において求められるようになってきました。他社との優位性を生み出す「違い」は、創造力の有無にかかっているからです。
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