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第137回 トランジスタがない? ユニークな次世代の不揮発性メモリ登場頭脳放談

MRAMに代表される不揮発性メモリについて何度か取り上げげてきたが、また新しい不揮発性メモリが登場した。このメモリ「CMOx」の特徴は?

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 以前から、MRAMに代表される新世代の不揮発性メモリについて何度か取り上げてきた。「その度にマダマダだなぁ〜」などといった感想を述べさせていただいてきたのだが、最近、その認識が変わりつつある。数年程度のスパンではあるのだが、明らかに新世代の不揮発性メモリがブレークしそうな雰囲気が高まっていると思う。

 その要因を端的にいうと市場の変化である。USBメモリやSDカードの置き換えのような用途を考えてしまうと、ほとんどの勝負のポイントがビット単価となるので、フラッシュメモリを打倒するのは容易なことではない。

 しかしSSDの普及やスパッと立ち上がりサクサク動くシステムが増えている市場動向、かつフラッシュメモリの書き換え回数/速度などを勘案すると、フラッシュメモリよりも頻繁かつ高速に書き換え可能な不揮発メモリの市場が、ビット単価的にDRAMの下側、フラッシュメモリの上側くらいのポジションにありそうな雰囲気がある。確かに現行のフラッシュメモリでも、いろいろとファイル・システムなどを工夫して書き換え回数の制限などを「散らして」いるが、こと書き換えに関しては「もともとROM」であるフラッシュメモリは遅いし、使いづらい。新世代の不揮発メモリの書き込み性能に着目すれば、フラッシュメモリよりも価格が多少高くても、市場に食い込む余地が十分出てきそうな感じがするのだ。

 本命はMRAMか、対抗は何? などと考えていたところに、ちょうどダークホース的な会社がニュースリリースを出していたので取り上げさせていただく(Unity Semiconductorのニュースリリース「UNITY SEMICONDUCTOR TO UNVEIL NEW ARCHITECTURE FOR TERABIT MEMORIES」)。ちなみに、日本市場など通り過ぎる会社が多いなかで、日本向けのシンポジウムに向けたニュースリリースであった。ただし、ほかの新世代不揮発メモリが「フラッシュメモリよりも少し上」を狙っているように見えるのに対して、ここは集積度で真っ向からフラッシュメモリに戦いを挑もうという戦略らしい。Unity Semiconductorというシリコンバレーのベンチャー企業の「CMOx」というメモリである。数年後にテラビット・クラスの製品を商品化したいと考えているようだ。

 まずこのメモリがユニークなのは、「トランジスタがない」という1点である。昔から半導体屋がメモリといえば、トランジスタの構造が縦か横か、あるいはANDかORかなどということに長らく血道をあげて来たものなのだけれど、このメモリのセルには、あっさりトランジスタがないのである。脱力してしまうかもしれない非常にシンプルな構造だ。極端なことをいえば、半導体屋の頭を縛りつけてきたトランジスタの引きずっている各種の制限に束縛されない、ということでもある。あるのは縦横にクロスした配線とその間の「クロスポイント」である。見ようによっては、はるかな昔の磁気コア・メモリの再来のように縦横の配線の交点に記憶素子が埋め込んであるだけの構造である(蛇足だが、筆者はかつて「クロスポイント」と呼ばれていたFPGAの一種の構造のことを思い出してしまった……)。

 ただし、記憶素子の動作原理は、磁気コアのように電流で書き込む磁気ではなく、電界で移動させる「酸素イオン」なのであった。なんとイオンである。導電性と非導電性という電気的性質が、異なるがいずれも酸素イオンは通す2層(当然「個体」である。どちらも金属酸化物ということだ)に対して、上下の電極から電界を加え、層間で「酸素イオン」を動かすことで、抵抗値が変化し、流れる電流が変わる、というのが記憶と読み出しの原理なのである。

Unity Semiconductorが開発したCMOxメモリの模式図(Unity Semiconductorのホームページ説明資料より)
Unity Semiconductorが開発したCMOxメモリの模式図(Unity Semiconductorのホームページ説明資料より)
CMOxは、電解で移動する酸素イオンで抵抗値が変化する記憶素子を使い、値を記録するという仕組み。図の縦横にクロスした配線の間にある「クロスポイント」に記憶素子を配置する。積層可能なので、面積当たりの記憶容量が容易に拡大できるという。

 ちょっと聞くと分かりやすいのだが、疑問はむらむらと沸いてくる。だいたい「イオン」を使ったデバイスはそれほど多くない。電池やコンデンサなどの電力を蓄える系統のデバイスを除けば、センサなどの一部デバイスにイオンを使ったものがある程度である。ことメモリ素子に関していえば、電荷という形なのか、磁気という形なのかは別にして、電子こそが手品の種であった。だいたい「イオン」なんてものは、重くて大きくて、電子のようにサッと動かないはずのものなのだ。質量が何倍くらいあると思っているのだ! 電子だって、いろいろ引っかかって、なかなか思うように動かないのに、イオンなどどんだけ引っかかるのだ。だいたい、イオンを使ったデバイスでは媒体は個体でなく、液体のような層の中でようやくイオンをゆるゆると動かしていたに過ぎないのではないか? そんなメモリ・デバイスの中で、イオンの移動によって、電子に匹敵するような書き込みの速度が得られるのであろうか?

 でも「できる! フラッシュメモリを打倒できる」と主張しているのだった。それは構造のシンプルさにより集積度を上げやすいということでもあり、どうもイオンの移動が遅いことを逆手にとっているのであろう、その位置を微妙に制御して、1個のセルに多ビットの情報を記録できる、ということでもあるらしい。

 この主張のバックアップとして、Micron Technologyがパートナーになっていることが挙げられる。Micron Technologyは、DRAMでもフラッシュメモリでも知りつくした偉大な会社のはずである。そのMicron Technologyがパートナーになっているくらいなら、その主張にはそんなに根拠がないわけでもないだろう、という感じである。だいたい、メモリの試作など1ベンチャー企業には荷の重い作業であるから、どこか半導体の工場を持つ会社がパートナーについていなければ絵に描いた餅になりかねないが、Micron Technologyであれば量産能力まで十分なはずだ。

 ただし、Unity Semiconductorのビジネス・モデルなどを読んでいると、全面的にMicron Technologyべったりというわけでもないようだ。この技術のライセンス・プログラムを始めるというようなことを書いているので、Micron Technology以外にも広めたい意欲がありありである。また、Micron Technologyとのプログラムは2年と年限を切っている。Micron Technologyにしたら2年で商品化のメドがつかなければ降りるということかもしれないし、逆にUnity Semiconductorにしたら、Micron Technology 1社に縛られないように、ということかもしれない。

 構造としては非常に面白いメモリであるが、本当にフラッシュメモリを置き換えてしまうようなところまで行けるのかどうかよく分からない。しかし、Micron Technologyとの2年という年限(起点は今年の初めにおいているようなので、実質的にはあと1年ちょっとくらいだろう)の中で、そのメドが立つのかどうか。メドが立って本格的に出てくるようなことになれば、フラッシュメモリの巨大な市場が動くということになる。1年後にそんな波乱を引き起こせるのかどうか、ここが正念場であろう。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。


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