第148回 スマホ向けCPUにAtom参戦。Intelに勝算あり?:頭脳放談
携帯電話では、スマホのいまでもARM+DSPの組み合わせが定番。そこにIntelがAtomで参戦した。ARMではない、Atomのメリットとは……。
世間がiPhone 5に「行列を作っている」裏側で、Intelが毎年恒例のIDF(Intel Developer Forum)という催し物をやっていた。それの目玉の1つが新マイクロアーキテクチャである「Haswell(ハスウェル:開発コード名)」である。Intelが得意とする先端プロセス技術を使い、アーキテクチャでも回路でも相当にがんばって改良を重ね、消費電力と性能のバランスという最大の問題で進化を見せている。しかし、残念なことに世間の関心の中心は、スマートフォンとタブレットになってしまっている。「どうせパソコンはIntelでしょ」といった感じ。売れることは売れるのであろうけれど……。さすれば、Haswellのよさを取り上げるよりは、Intel懸案のスマートフォンとタブレット攻略を担わされているAtom系列の新製品について見てみるべきというものだろう。
Atomという系列も進歩している。一昔前のIntelであれば、あだ花に終わったネットブック市場の後でAtomなどは整理されかねなかっただろうが、昨今はそうもいかない。いまのところIntelにとって、スマートフォンやタブレット市場攻略の先兵としてはAtomしかないからだ。テコ入れを続けていかざるを得ない。プロセス技術や回路技術などはメインストリームPC向けプロセッサと共通する部分も多いが、メインストリームPC向けとは一線を画している部分も多い。
性能だけであれば、他社より速いプロセッサを持っているIntelなのに、この市場攻略において技術的に手こずってきたのは、端的には消費電力、つまりは電池の持ちだといってもよいだろう。
携帯電話では、古くからARMとDSPという組み合わせが定番であった。「大昔の」音声のみの時代から、静止画、動画などの機能が次々に追加されていったが、コーデックなどの処理をDSP側が担当することで、適切な消費電力と性能のバランスをとってきた。Texas Instruments(TI)のOMAP系列などはまさにこの典型例だと思う。負荷が重いが定型処理的なものは専用化して効率のよいDSPや信号処理ハードウェアに任せ、CPUは主にUI(ユーザー・インターフェイス)などの非定型で汎用性が必要な処理と分担することで消費電力を抑えてきたわけだ。もちろん、汎用CPUでも信号処理はできないわけではないのだが、処理効率の面で汎用さが仇になり、電気を消費する。
処理速度の点からは動作周波数の高いAtomは有利であるが、電池寿命を考えると諸刃の剣でもある。いざとなったときに多くの電気を使って処理能力を拡張するのはよいが、高い周波数のままでは困る。そこで、Intelは、回転を上げて素早く処理をしたら、即座にCPUを休ませ、「断続」的に動作させる手法を提案している。たまたま負荷の減ったときに休ませるというわけではなくて、負荷に応じた「稼働率」で動かそうというのだ。休ませた時の消費電力は従来品に比べると低くできているので、だらだらと中くらいの速度でずっと走らせ続けるよりもエネルギー効率がよい。
そういう工夫をCPU側に施した上で、結局、Atomが行き着いたところの解決策は、携帯電話から出発したほかのARM系のプロセッサと同じだったようだ。ちゃんと、動画、静止画、オーディオといった処理にはそれぞれ専用のハードウェアが用意されている。やると決まっていることは、専用にした方がけた違いに効率がよくなるからだ。もちろん、2D/3D描画のためのGPU機能はARM系のスマートフォン、タブレットSoCでも必須であるし、Atomだって不可欠である。必要なインターフェイス類も同様。そうしてみるとSoCとしての基本的な構成要素にあまり違いはない。細かいところに目をつぶって断定してしまえば、ARM系のスマートフォンやタブレット系SoCとの違いは、頭になるCPUがARMなのか、x86のAtomなのか、というところだけといってもよいくらいだ。
そういう観点であれば、さすがにIntelが作っただけあって、今度のAtomは、すでにスマートフォンやタブレット向けのSoCとして一応の水準に達しているように見える。Androidを載せることも可能なはずだから、AtomベースでもほかのAndroid製品と見た目の変わらない製品を作ることは不可能ではあるまい。しかし、わざわざAtomでほかのAndroidのスマートフォンやタブレットと見た目の変わらぬ、そして電池の持ちも性能も大差ない製品を作っても面白いことはないだろう。やはりAtomのご利益があるとすれば、x86であることによる、x86世界のソフトウェアの蓄積にアクセスできるという点だ。しかし、パソコン世界では通じたその力が、どうもスマートフォンやタブレットでは通じない。逆に「ほかと違う」CPUであるための不利益の方が多いのではないか、とまで思われる。
このあたりの感じは、Nokiaと組んで、Windowsでスマートフォンに仕掛けているMicrosoftと通じるものがあるかもしれない。世間の評判を聞くと、MicrosoftのWindows PhoneもスマートフォンのOSとしてそれなりの水準に達しているようだが、じゃあ、だから何というインパクトに欠けるようだ。そういうところの悩みはAtomと共通にも思え、長年の盟友が似たようなところにはまりこんでいる感じがしてならない。
Motorola Mobilityが発表したAndroidスマートフォン「Motorola RAZR i」
Atom Z2480搭載のAndroidスマートフォン。Lenovo(中国)やLava International(インド)などがすでにAtom搭載スマートフォンを販売しているが、米国向けのスマートフォンでは初採用。
いずれにせよ、Intel自身もよく分かっているようだが、まだAtom系列は発展途上にある。これでiPhoneに打ち勝てるような製品がすぐにできるというものでもない。その上、AppleはAppleで進化を続けている。いままでは「誰でもお金を出せば買える」ARMコアをそのまま使ってきたAppleが、iPhone 5向けからはコアのカスタム化に踏み出したらしい。例によって秘密主義で詳細はまったく分からないのだが、ARMコアとはいえ、独自の味付けを加えてきたようだ。Atomにしたら、それをキャッチアップするだけでは足りない。あっといわせるくらいに先に行かないと、みんなはAtomを拍手喝さいして迎え入れはしないだろう。辛いところではある。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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