誰もが研究者の時代? ニコニコ学会βレポート:D89クリップ(58)(1/6 ページ)
ユーザー参加型の学会として発足し、毎回数万人規模の視聴者を集めるニコニコ学会β。6時間の長丁場の模様をレポートする。
ニコニコ学会βとは何か
2012年12月22日、ニコファーレにて、第3回のニコニコ学会βシンポジウムが開催され、ニコニコ生放送で6万人を超える視聴者を集めた。ニコファーレでの開催はほぼ1年ぶりとなる。
ニコニコ学会βは、ユーザー参加型の価値を追求する新しい形の学会である。
かつて学会だけで行われていた研究発表は、いまやYouTubeなどの動画サイトを通じて、さまざまな人が見られるものとなった。ニュースサイトやブログに、変わった研究成果が取り上げられ、感想が交換されることはもう珍しくない。もちろん分野や研究対象によって、広がりやすいものとそうでないものがあるにせよ、研究も今では社会から、「コンテンツ」として受け入れられつつある。
また、ニコニコ動画やYouTube上には多くの「作ってみた」作品が日々アップされている。これらの中には研究機関で行われている「一般的な研究活動」に通じるような、気付きやテーマを感じさせるものも多い。
つまり、研究を見る人も研究をする人も、インターネットを通じて学会の外にどんどん広がっていると言える。それをどう受け止めるかはともかく、時代はますますこの方向に進んでいくだろう。
ニコニコ学会βでは、それら「研究者による研究」そして「研究機関の外で行われている、研究と呼べるもの」(「野生の研究者」と呼んでいる)を集め、誰が見ても楽しめるものとしてインターネットで配信するシンポジウムを行っている。
主催は「ニコニコ学会β実行委員会」で、イベントがニコニコ生放送で配信されることと、ニコニコ学会βという名称からよく間違えられるが、これはニコニコ動画やドワンゴが運営しているわけではない、独立した組織である。産総研の江渡さんが実行委員会の委員長を務め、委員や幹事は完全ボランティアで行っている(僕も幹事として参加している)。地方から来る発表者の交通費など、掛かる経費はクラウドファウンディング等で集めている。
第3回となった今回のシンポジウムでは、どういう研究が披露されたのか、シンポジウムの見どころを紹介する。ニコニコ学会βの模様はすべて無料で見られる、ニコニコ生放送のアーカイブとして公開されているので、興味を引かれた発表があったら、ぜひ動画を見てもらいたい。
「“技術の無駄遣い”を輸出せよ」イグノーベル賞受賞記念講演(第1セッション)
イグノーベル賞は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる賞である。毎年10月、風変わりな研究を行ったり社会的事件などを起こした10の個人やグループに対し、時には笑いと称賛を、時には皮肉を込めて授与される。特に日本の研究とは相性がよく、これまで6年連続で日本人が受賞している。
同賞の性質上、名誉と考える受賞者もいれば、不名誉と考える人もいる。脚光の当たりにくい分野の地道な研究に人々の注目を集めさせ、面白さを再認識させてくれるという効果を指摘する声がある一方で、かつてイギリスの主任科学アドバイザー、ロバート・メイが「不名誉なのでイギリス人には賞を与えないように」と要請したという例もある。このときは、イギリス国内の多くの科学者から「科学者はユーモアを解さないとされる恐れがある」と反発が起こった。僕は「人を笑わせ、そして考えさせる研究」というイグノーベル賞の志には共感する部分が多いと思っているし、特に「科学の面白さを再認識させてくれる」という点は、ニコニコ学会βの目指すところと近いのではないかと考えている。
そのイグノーベル賞の2012年は、「音響賞」に、栗原一貴(産業技術総合研究所) 塚田浩二(科学技術振興機構 さきがけ)の両先生が開発した「SpeechJammer」が選ばれた。TYoutube上の動画には世界中からコメントが集まっていて、海外からの注目の高さがうかがえる。
両先生とも第1回ニコニコ学会βに登壇した、ニコニコ学会βにとってはなじみの深い研究者である。塚田先生は第1回の研究100連発に登壇、栗原先生は野生の研究者として「動画の高速視聴システム」を「研究してみたマッドネス」で発表している。もちろん2人とも今回の受賞に大喜びで、ハーバード大で行われた授賞式の様子はさまざまなメディアで中継された。
今回の登壇では、受賞作SpeechJammerの紹介や、授賞式当日の様子を含めて記念講演を行った。
講演では…
「イグノーベル賞は、賞の性質上、非常に丁重な事前うかがいのメールが来る(特に経済学賞などでは、受賞して激怒する人も多い)」
「授賞式では本物のノーベル賞受賞者が舞台の掃除を行うなど、ノーベル賞受賞者に対して人使いが荒い」
「選考のどこかの課程で“その辺の人に選ばせる”というプロセスがあるらしい」
「受賞スピーチは1分、しかも笑いを取らなければならない」
などなどといった受賞者のみが語れるエピソードがふんだんに披露されたほか、
「本物のノーベル賞と勘違いした親戚から祝辞がきた」
「“霊が出る”“主人の浮気を突き止めたい”という人から悩み相談をされた」
など、受賞後の喧噪ぶりについてユーモアたっぷりの報告がなされた。
また、講演の最後には、「“技術の無駄遣い”を輸出せよ」というメッセージと共に、自分たちの研究とニコ動「作ってみた」との共通点に触れ、
「Make・Kickstarter・ニコニコ学会βなどで、研究者コミュニティと一般社会とのつながりが双方向になり、社会参加型の研究スタイルとも呼べるものが登場しつつある。世界に出ていくために、今こそニコニコ学会βの発表者はイグノーベル賞を狙っていきましょう!」
との熱い想いの呼び掛けがなされた。それはニコニコ学会βの狙いそのものでもあるし、ユーザー参加型研究が国境の壁を越えて、世界に広がる可能性を期待された一言でもある。
ニコファーレの壁面は拍手を示すコメント888(パチパチパチ)に包まれ、大絶賛の中、第1セッションは終了した。
冨田勲、初音ミクに出会う(第2セッション)
2012年11月、シンセサイザー音楽の草分けである冨田勲氏が、初音ミクをソリストに用いたイーハトーヴ交響曲の世界初演を行った。コンサートの感想についてはこのブログなどに詳しいが、初音ミクが指揮者の指揮に合わせてリアルタイムに歌う、世界初のコンサートになった。これは研究でもあり、芸術でもあり、エンターテインメントでもある。
初音ミクは第1回のニコニコ学βシンポジウムから、ユーザー参加の理想的な形の1つとして、何度も取り上げられているテーマだ。委員長の江渡さんが第17回VR学会で行った講演では、「ニコニコ学会βを初音ミクのように愛される学会にしたい」という言葉も聞かれたほどである。
セッションでは冨田先生とともに、クリプトンの伊藤社長、今回の歌唱システムを構築した藍啓介氏(第1回シンポジウムで竹内関数で音楽生成というテーマで登壇した「野生の研究者」でもある)が登壇し、さらにニコニコ学会β委員長の江渡さんも加わってイーハトーヴ交響曲のコンセプトやシステム、さらには音楽の歴史と未来についてのディスカッションを行った。
冨田先生の中には、「コンピュータに歌を歌わせたい」という思いと、「人間には歌えない交響曲」の構想がずっとあったという。初音ミクの登場で、その2つを組み合わせることができ、長年の夢がついにかなったというストーリーが語られた。
コンピュータ音楽の登場以前から80歳になる今日までずっと新しい音、新しい音楽に挑戦してきた、しかも芸術的な価値ももちろんありつつ、皆に支持される「たそがれ清兵衛」「ジャングル大帝」などのポピュラーな楽曲を作ってきた冨田先生の言葉はポジティブでありかつ重い。
「シンセサイザーの音、電子音が無機質と呼ばれる一方で、なぜ雷の音に対してはそういう印象を抱かないのか。どちらも電気で鳴っているのに。雷の音源の移動、空間によるエコーで、電子音と認識されなくなるなら、それは音響の問題だけなのではないか」
「宮沢賢治の音楽をつくる上で、カンパネルラなどの登場人物を演じるためには、この世ならぬ異次元の人間が必要だった。初音ミクしか考えられなかった」
「何十年も前から、コンピュータに歌わせようとさまざまな試行錯誤をしてきた。当時のシンセサイザーではパピプペポしか発音できなかったので、パピプペ親父という特別なキャラクターを作ったこともある。初音ミクは思い描いていたものの完成形ともいえる」
「面白いものを追求していくだけで、テクノロジーという言葉は好きではない。太鼓が目の前にあったらたたく、たたいていると自然とたたき方が変わっていく。それと同じ」
などの一言一言が、音楽・初音ミク・未来に向けての熱い思いにあふれていた。それらの言葉に会場は沸き立ち、エンディングとして流されたイーハトーヴ交響楽より「銀河鉄道の夜」では涙する人も見られた。
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