スループットの飛躍的向上を実現した「MIMO」と「MU-MIMO」:解剖! ギガビット無線LAN最新動向(2)(2/2 ページ)
無線LANスループットの飛躍的な増大を実現した802.11nの中で最も革新的な技術である「MIMO(Multi-Input Multi-Output)」と、それを進化させた「MU-MIMO(Multi User MIMO)」の仕組みを解説します。
リソースの有効活用を可能にするMU-MIMO
ここまで、MIMOの仕組みと特徴について説明してきました。続けて、11acにおける最大の新機能であるMU-MIMOについて詳しく見ていきましょう。
11nのMIMOでは、SDMを使って複数ストリームの同時送信が可能でした。これはあくまで送信機:受信機=1:1でしかありません。
これに対し11acのMU-MIMOは「SDMA(Space-Division Multiple Access)」とも呼ばれており、複数ユーザー(クライアント)と同時に通信することが可能です(送信機:受信機=1:N)。ただし、あくまでもアクセスポイントからクライアント向きのダウンリンク方向のみのDL MU-MIMO(Down Link MU-MIMO)が定義されています。
つまり、MU-MIMOでは、1クライアント当たりの通信速度の最大値が増えるわけではなく、1つのアクセスポイントに複数のクライアントが接続している環境下で、アクセスポイントが同時に送信できる相手端末数が複数に増えることになります。そうすることで、無線リソースを有効活用できるため、クライアントが無線空間の空きを待つ時間が減ることになり、結果的に通信速度の劣化を防ぐことが可能となります。
これは、スマートフォンや、タブレットなどの無線LANデバイスが急増している中、非常に重要なポイントです。1クライアント当たりの最大通信速度をこれ以上向上させるよりも、多くのクライアントが無線LANデバイスを使う高密度環境で、いかに無線リソースを有効活用し、実スループットを劣化させないようにするかが重要になる場合も非常に多いでしょう。
MU-MIMO、3つの特徴
それではMU-MIMOの中を見ていくことにしましょう。ここではMU-MIMOをより深く理解するために、以下の3つの観点から整理して解説します。
- MU-MIMOの送信パターン
- 複数クライアントへ同時送信する手法(ビームフォーミングの活用)
- アクセスポイントとクライアントとのフレーム送受信
MU-MIMOの送信パターン
MU-MIMOでサポートされているのは、先に述べたとおりダウンリンクのみになり、IEEEのドキュメントでは「DL MU-MIMO」と記載されています。アップリンクのMU-MIMOを実現するにはダウンリンクに比べて非常に複雑なプロトコルが必要となります。また、一般的な環境では、クライアントがアクセスポイントよりも多くのトラフィックを送信するケースはまれなため、この制限は理にかなっていると言えるでしょう。
図8に、MU-MIMOでサポート/非サポートの送信パターンを記載します。MU-MIMOの制約として、同時に対応できるクライアント数は最大で4つ、クライアント当たりの空間ストリーム数は最大4つまで、かつ空間ストリーム数の合計は8以下となっています。
複数クライアントへ同時送信する手法(ビームフォーミングの活用)
次に、複数クライアントに対して、どのようにして同時に別のフレームを送信しているのかを見ていきます。
この仕組みをごくごく単純化したイメージが図9です。クライアント1〜3に対してそれぞれ別のフレーム1〜3を送信するときに「ビームフォーミング」という技術を使い、フレーム1はクライアント1に、フレーム2、3も同様にクライアント2、3のみ届くようにして、フレーム1、2、3間での干渉を最小限に抑えています。
これをもう少し正確に表現すると、図10のようになります。
まず、クライアント1宛てのフレームを、クライアント1〜4がどの程度受信するかを計算し(前述の明示的フィードバックを使います)、ビームフォーミングの技術を使って、クライアント1で最大に、逆にクライアント2〜4ではNullになるようにアクセスポイント側で計算した上で送信します(H1〜4は伝達関数)。
この時、同時に送信されるクライアント2〜4宛てのフレームも同様に計算することで、それぞれのクライアントで別のクライアント宛のフレームからの干渉を最小限に抑え、おのおの受け取るべきフレームを正確に受信することができます。
アクセスポイントとクライアントとのフレームの送受信
最後に、アクセスポイントとクライアントのフレームの送受信について、少しだけ見てみましょう。何度もお話している通り、11acのMU-MIMOはあくまでもダウンリンクのみをサポートしています。従って、アクセスポイントが一度の送信機会(TXOP)で複数のクライアントに同時にフレームを送信したとしても、クライアントからアクセスポイントへのフレームは、あくまで1つずつになります(図11)。
ファイルのダウンロードやビデオストリーミングなど、多くの場合はクライアントへのダウンリンク方向のトラフィックが多いと予想されます。しかし、VoIPのようにアップリンクのトラフィックが多いクライアントが複数いる環境では、MU-MIMOの効果はそれほど期待できない可能性もあります。どういったアプリケーションでMU-MIMOの効果がどれだけ見られるのか、実際に11ac対応の製品が出てくれば、検証/実測データも出てくると思います。
これで802.11acのメイントピックであるMU-MIMOの紹介も終わりました。次回は11nと11acの併用や、802.11ad、Passpointなどモバイル環境を取り巻く新しいテクノロジとそれを活用したモバイル市場のこれからについてお話ししたいと思います。
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