MongoDBとIBMのオープンソース戦略:「オープン」以外の背景は何か
IBMの、オープンソースプロジェクトとの連携に関する発表が、2013年に入って目立つようになってきた。IBMは「ベンダロックインを防ぎ、顧客に選択肢を与える」と繰り返しているが、その裏にはどのような動機があるのか。MongoDBの10genとの提携を例に、これを探る。
OpenStack、MongoDB、Cloud Foundryと、米IBMが今年に入ってオープンソースプロジェクトとの連携を次々に発表している(ネットワーク関連のOpen DayLightプロジェクトも、当初仕掛けたのはIBMだったという情報を筆者は得ている)。
こういた発表には、必ずといっていいほど「オープンな革新」や「顧客の選択肢を広げる」といった表現が添えられている。だが、IBMが慈善団体ではなく、事業法人である以上、これらの活動には別の理由もあるはずだ。より説得力のある説明としては何が考えられるのか。筆者も直接取材したMongoDBの10genとの提携を例に、これを探ってみたい。
10genとIBMは6月6日(米国時間)、両社の提携を発表した。英語のプレスリリースは微妙な言い回しにあふれた文章だが、要約すると、1. IBMはWeb/モバイルアプリケーション向けのNoSQLデータベースとしてMongoDBを採用し、WebSphere eXtreme ScaleおよびDB2で、MongoDBのデータ形式/APIをサポートする、2. IBMはMongoDBのコミュニティに参加、オープンソースプロジェクトの運営方法(ガバナンスモデル)について助言するほか、セキュリティなどに関連してコード提供などの貢献を行う、という内容だ(プレスリリースには「標準化」という言葉が多用されているが、10genとIBMがMongoDBプロジェクトを超えた標準化活動をするとは述べていない)。
筆者は発表当日、10genの戦略担当バイスプレジデントであるマット・アセイ(Matt Asay)氏に、この発表の10genにとっての意義を聞いた。アセイ氏は「IBMのような企業が、MongoDBはNoSQLの世界で(事実上の)標準だ、あなたたちと一緒に活動したいと言ってくれたことは非常に大きい。だが私にとって一番うれしいのは、NoSQL全般が、いまや現実のものだ、一般企業が使えるものになったとIBMに認められたことだ」と話した。
オープンソースプロジェクトと標準化の関係についての考えを聞いたところ、アセイ氏は、「多くのプロジェクトはまだ新しく、標準化を考える段階には達していない。だが10genでは、標準化についてかなり真剣に考えている。たしかにMongoDBは人気を獲得している。だが、リレーショナルデータベース市場がこれほどまでに拡大したのは、SQLという標準化活動があったからだ。われわれ10genも、同じようなことを(NoSQLの世界で)実現するにはどうすればいいかを考えていく。現時点で、NoSQLデータベース間の違いはあまりにも大きい。だが、何らかの形で、相互の共通性を見出していきたい」と答えた。これはIBMが10genとともに今後、NoSQLの世界における(複数のプロジェクトをまたいだ)何らかの標準化に関与する可能性を暗示しているとも考えられる。
「優れた技術をつくるのは容易だが、コミュニティをつくるのは難しい」
IBMの考えについては、筆者が取材で得た情報よりも、前出のアセイ氏が、MongoDBのイベントで、IBMフェロー兼WebSphere CTOのジェリー・クオモ(Jerry Cuomo)氏から引き出した発言のほうがはるかに興味深い。以下では、これを抜粋してお届けしたい(下記のアセイ氏とクオモ氏の発言内容は、一部抜粋・要約している)。同セッションのビデオは、ここで見られる。
アセイ氏の「オープンソースとの協業の歴史があるIBMだが、すべての技術がオープンソースではない。ある技術について、オープンソース・コミュニティと協業するか、それとも自社で開発するかをどういう基準で判断するのか」という質問に、クオモ氏は次のように答えている。
優れた技術をつくるのは容易だが、コミュニティをつくるのは難しい。技術のためにオープンソースを選択するというより、コミュニティのためにオープンソースプロジェクトを選択する。そのコミュニティのエネルギーやイノベーションをどう生かせるかを考える。「embrace and extend(受け入れて広げる)」という言葉をよく使うが、IBMはあるコミュニティをどうやって受け入れ、当社が同じように受け入れているほかのコミュニティとどう橋渡しをするかを考える。
私がWebSphereに関わり始めた当初、われわれはDomino HTTP Serverを持っていた。だが、顧客以外にコミュニティの広がりはなかった。一方で、Apacheの周りには巨大なコミュニティができ上がっており、機能も着実に、少しずつ良くなっていた。そこでDomino HTTP Serverへの投資をやめてApacheコミュニティを受け入れた。それが、WebSphere Application Serverが軌道に乗り始める象徴的な瞬間の1つだった。Apacheコミュニティはやがて、CGIやJavaサーブレットを考え始め、プラットフォームを求めるようになった。当社は、このつなぎの部分を提供できた。こうしたやり方で成功したため、その後パブロフの犬のように同じことを繰り返してきた。
また、アセイ氏は「IBMが、純粋な気持ちで活動する博愛主義的組織だと知っているが(注:この表現はユーモア)、DB2、eXtreme Scaleその他の製品へのメリットがあるのではないか。IBMの顧客ではないがMongoDBを使っている人たちにとって、今回の件はどういう意味を持つか」と聞いた。クオモ氏の答えは次のとおりだ。
当社はMongoDBのワイヤプロトコルを採用し、DB2やeXtreme Scaleとの間のゲートウェイをつくった。ユースケースは例えば次のようになる。DB2のデータベース管理者が多数存在する組織は多い。やがて、こうした組織でJavaScriptを最大限に活用した、モバイルアプリケーションの開発が始まる。当社は「Worklight」という、JavaScriptを全面的に採用したエンド・ツー・エンドの企業向けモバイルアプリケーション開発環境を提供している。開発者はデータベースとしてMongoDBを使う。では、アプリケーションがたくさんつくられ、本格稼働に移る段階になったらどうすればいいか。ゲートウェイを使って、これまでセキュリティやバックアップに関する手順を整備してきたDB2に切り替えればいい。従来のデータベースインフラを活用し、新しいアプリケーションを運用できる。
これが1つ目のシナリオ。2つ目のシナリオは、今回の活動が進むにつれ、DB2内のデータをこうしたアプリケーションに対して開放できるようになるということだ。現時点でこのゲートウェイは単方向だが、双方向に拡張する。セキュリティでは、Guardianのチームが、MongoDBをDoS攻撃やJavaScriptインジェクション攻撃から保護する製品を提供している。こうした形で今回の提携からのマネタイズができると考えている。
上記のクオモ氏のコメントを総合的に解釈し、敷衍すると、次のようなことがいえるのではないか。
IT業界において、「クラウド」「モバイル」「ソーシャル」「ビッグデータ」の4つのテーマでは、オープンソース・コミュニティで生まれた技術を、(技術の成熟に伴って)一般企業が使うようになるという流れが次第にはっきりしてきた。特に一部のオープンソースプロジェクトは関係者の広範な支持を獲得し、すでに潜在的な市場を形成している。また、これらの一部は、今後企業ITにおいても、重要な役割を果たすものに育っていく可能性がある。
そうであるならば、IBMは有望なオープンソースプロジェクトに参加し、場合によってはセキュリティ強化などに関して貢献を行い、本格的な利用を促進する活動ができる。また、分野によっては、市場をさらに拡大するために、複数のオープンソースプロジェクト(および商用製品ベンダ)にまたがる標準化が望ましいことがある。とはいえ、オープンソースプロジェクト同士が集まってこれを行うことは、現実的にいって難しい。だか、IBMなら、このような標準化のまとめ役になれる可能性がある。
一方でIBMは、大規模なユーザー組織が上記のような新しい技術をできるだけ効果的に、安心して利用できるような製品、環境、サービスを提供することに、自社の付加価値を見出すことができる。利用する側に技術力やノウハウが求められがちなオープンソース技術を、より一般的なエンジニアにも使いやすくし、可用性、セキュリティを含めた運用面で、付加価値を発揮する製品やサービスを提供できる可能性がある。さらに、それぞれの技術はそれだけで完結するわけではない。IBMは、他の業務プロセス・システムとの連携や統合的な利用を容易にする、製品やサービスを提供できる。
非常に大まかなまとめ方をすれば、自社の技術力を駆使して開発した製品も、顧客にどこまで受け入れられるかは、ふたを開けてみなければ分からない。勢いのあるオープンソースプロジェクトに協力したほうが、新技術の浸透という点ではリスクが低い。IBMにとっては新技術をプラットフォームとして活用し、これらを大企業にとって使いやすいものにすることで儲けるほうが効率的だという判断が働いているのではないだろうか。
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