OpenStack、結局企業で使えるものになった?:OpenStack超解説セミナーリポート
OpenStackを採用することで、企業のITインフラはどう変わるのか、導入のシナリオや注意点は何か。そんな問題意識の下で開催した@IT主催セミナー「OpenStack超解説 〜OpenStackは企業で使えるか〜」ではOpenStackの企業利用の最前線を紹介した。
OpenStackの導入を検討する企業が増えた。ベンダー各社がサポートを表明し、開発が急ピッチに進む中、エンタープライズ環境でも安定稼働するようになったとされる。OpenStackを採用することで、企業のITインフラはどう変わるのか、導入のシナリオや注意点は何か。@IT主催セミナー「OpenStack超解説 〜OpenStackは企業で使えるか〜」では、そんな問題意識の下、OpenStackの企業利用の最前線を紹介した。
5万の仮想マシンを安定稼働させるヤフー
「1年間運用して、"トラブルなし"といえる状況まで来た。現在5000台のハイパーバイザーが稼働しており、2014年中に5万の仮想マシンが常時稼働する見込みだ」
基調講演に登壇したヤフー システム統括部 サイトオペレーション本部インフラ技術1部 プライベートクラウドリーダーの伊藤拓矢氏は、2013年8月から導入を進めてきたオープンソースOpenStack構築・運用の取り組みの現状をそう報告した。同社が2014年9月末にリリースした環境は、Icehouseをベースとし、独自の工夫を加えたものだ。伊藤氏は、その特徴を次のように説明する。
「OpenStack環境を5分で稼働させることができる。数万の仮想マシン規模に耐える構成を一発で構築可能だ。ベンダーのドライバーの組み込みも自動で行う。OpenStackのインストール/アップデートではTripleOを採用。またオートスケールを自律制御できるようにした。これ自体、1つのOpenStackディストリビューションといえるのではないか」
伊藤氏を含めて2名でスタートしたプロジェクトだが、現在は14名を超える規模に成長している。開発系6名、運用系4名、物理サーバー担当3名、ストレージ担当2名という陣容だ。OpenStackを導入するきっかけは、独自IaaSで構築していたプライベートクラウドに課題を多く抱えるようになったことだ。このIaaSでは仮想マシン、ロードバランサー、ストレージ、DNSの機能をセルフサービスで提供できるよう構築されており、数万の仮想マシンの稼働実績があった。
しかし、APIが独自インターフェースで原則非公開であったため、他のOSSとの連携ができなかった。また、システムの増強と運用で手一杯になり、新しい機能開発ができなくなっていた。この結果、市場でハードウェアの性能が向上しても、その流れに乗ることができず、システムのライフサイクルが回らない悪循環も生まれていたという。
「公開された標準APIを備えるOpenStackを採用すると、UIが不要になりOSSとの連携も可能。運用に人や手間をかけない構成も実現できる。また、抽象化することで、そのとき最適なものをユーザーに意識させることなく導入できることも大きい。ハードウェアの性能向上を即座に享受でき、データセンターのライフサイクルマネジメントが実現できる」と伊藤氏。この他にも、コストの大幅な削減、ベンダーへの機能開発の依頼、サービス開発の迅速化といった効果が期待できた。
トラブルを乗り越え独自の運用ノウハウを蓄積
もっとも、導入は性能問題との戦いでもあった。最初の環境はGrizzlyベースで、2013年12月からはHavanaベースで構築したが、大規模で運用すると十分な性能が出ないコンポーネントが多かった。この問題はその後、コンポーネントのマルチスレッド化が進んだことで解消してきた。
こうした問題への対応と機能改善を繰り返し、ノウハウを積み上げた。例えばYAMLを更新することで、運用環境と構成書を同時に更新できるようにした。以前は構成書をWikiで管理していたため、構成書の内容と、実構成が乖離(かいり)しがちだったという。実際に環境を構築する際には、Novaのカスタマイズスクリプト、Heat、Chefを使う。構築後は、監視ツールのsensuとグラフツールのGraphiteを使って自動監視する。
この他にも、「Infrastructure as Code」の発想の下、属人化を排除し自動化を推進していること、カスタマイズは極力避けること、ムダな投資を抑制するために、コンポーネントの要求性能を把握すること、安定版の第1回目のリリースはバグの塊なので避けること、といった運用のポイントを紹介した。1年間運用した結果、データセンターのコストはパブリッククラウドと比較して10分の1に圧縮できたという。
OpenStackのコントリビューターとなっているベンダーとの共創もテーマだった。Neutronの実装はパフォーマンスに課題があり、Linuxのブリッジ接続は柔軟性に課題があったため、ブロケードのVDXスイッチを使った。また、Cinderについても、インスタンスのクローンに時間がかかり、オートスケールに大きな影響が出たことから、ネットアップ、Nimble Storageそれぞれについて、ストレージ側で透過的にキャッシュする工夫を行ったという。
最後に、伊藤氏は、「OpenStackは決して高度ではない。周辺を支えるOSSをきれいに積み上げたのがOpenStackだ。高度で重要な仕事は周辺のOSSが担っている。サポートが必要なら周辺のOSSのサポートに目を向けてほしい。ベンダー、ユーザー会、サポートしてくれる人はいっぱいいる。私自身も支援するつもりだ」と講演を締めくくった。
ヤフーの事例はオープンソースOpenStackを採用したケースだが、最近では続々とOpenStackディストリビューションが登場。安定したソフトウェアを、サポートのもとで使えるような環境が整ってきた。
ベンダーが考えるOpenStackの価値とは
ベンダーによるセッションはランチセッションを挟んで計6つ行われた。
最初のセッションでは、EMCジャパン マーケティング本部プリンシパルマーケティングプログラムマネージャーの若松信康氏が、「OpenStackとSoftware-Definedの融合がもたらすアジャイルインフラストラクチャ」と題した講演を行った。若松氏は「OpenStackの特徴として、REST APIによる疎結合により、必要なコンポーネントだけ利用できる柔軟性とスケーラビリティがある一方、障害検知や可用性保持のための機能はアプリに実装することが前提となっており、機能は発展途上だ」と解説。さらに、EMCの取り組みとして、共有ファイルシステムManilaやCinderのボリューム間整合性保持への貢献などコミュニティでの活動のほか、同社のストレージ装置「VNX」「VMAX」対応ドライバーの提供、「ScaleIO」や「ViPR」を使ったSoftware Defined Storage(SDS)を推進していることを強調した。若松氏は、ストレージのOpenStack対応に、さまざまなレベルがあることを説明。EMCのVNX、VMAX対応ドライバーでは、製品の多くの機能をOpenStackから使えることを示した。
2番目のセッションは、日本IBM システム製品事業本部 システムズ&テクノロジー・エバンジェリスト新井真一郎氏による「リソース最適化を実現するOpenStackの導入とPaaS構築のヒント」。新井氏は、OpenStackの価値として、「複数のクラウドを統合管理できること、透過的に使えること」を挙げ、IBMの取り組みとして、多数のIBM社員がコントリビューターになっていることや、企業として第2位の開発貢献を行っていることを紹介した。IBMはOpenStack Foundationの設立メンバーということもあり、Nova、Cinder、Swift、Neutronなど主要コンポーネントで貢献している。OpenStackベースの商用製品や連携ドライバーを提供するほか、PureApplication Service on SoftLayerやBlueMixなどのクラウドサービスでもOpenStackを活用する。新井氏はデモを交えながら、クラウド環境への仮想マシンのデプロイやリソースの一元管理が、簡単に迅速にできることを示した。
続くランチセッションでは、レッドハット グローバルサービス本部 シニアソリューションアーキテクト&クラウドエバンジェリストの中井悦司氏が登壇し、「エンジニアでなくても分かるOpenStackの基本と最新動向」と題して、"利用者目線"でのOpenStack解説を行った。中井氏が強調したのは、OpenStackは「Fast(早い)」、「Cheap(安い)」「Good(うまい)」といった、すべてのニーズを満たすものではないということ。この話の元ネタは、「OpenStack Summit Atlanta 2014」に登壇したウォルト・ディズニーのクラウドサービス&アーキテクチャ担当ディレクターの話だという。「ディズニーでOpenStackが必要だった本当の理由は、Fast、Fast、Fastだった。コンシューマー向けITサービスと同じスピード感で社内ITサービスを提供できることに価値がある」と中井氏。
ネットワークとストレージはどう統合されるのか
次のベンダーセッションは、NEC ソフトウェア技術統括本部 OSS推進センター 主任の吉山晃氏による「NECとOpenStack 〜商用クラウドサービスから始まったOpenStack戦略」。NECは今年4月にOpenStackの商用サービス「NEC Cloud IaaS」をスタートさせ、サービスメニューの拡充を進めている。「スタンダードとハイアベイラビリティという2つのラインアップで企業ニーズをカバーしている。セルフサービスポータルを使って、さまざまなクラウド環境や個別システムをまとめて管理できるのが特徴」とアピール。また、自社事例として、OpenStack採用により、SDNや自社ストレージ、運用監視基盤との連携ノウハウや、構築ノウハウ、運用ノウハウが得られたという。また、ストレージ製品iStorageドライバーにおいて、プロビジョニング、スナップショット、クローン、ボリューム拡張、イメージ操作、マイグレーション機能を提供していることを紹介した。
4番目のベンダーセッションは、デル ESGネットワークプロダクトセールス 部長の草薙伸氏による「Dell Networkingが推進するOpen Networking」。草薙氏は、「デルはネットワークで後発だが、過去の遺産がないために、クラウド技術などにフォーカスした製品開発ができるという強みがある」とまず自己紹介。そして、OpenStack周りのネットワークの要件として、従来のネットワークは、ToRスイッチを介して横のネットワークと通信していたが、クラウドのネットワークはメッシュ型になっており、それに適した製品が求められると説明。具体的な製品として「Dell Networking S4810/20T switch」を挙げ、これを複数つなぐことでメッシュ型のネットワークを作ることを提案していると説明した。ネットワーク仮想化の分野では、ネットワーク仮想化製品「MidoNet」や、NECのProgrammable Flow Controllerとの連携も可能だ。
5番目は、ネットアップのシステムズエンジニア 片野昭博氏による「実はここまで出来る!OpenStackのストレージサービス連携」。基調講演で登壇したヤフーの事例では、ストレージ基盤に、ネットアップのclustered Data ONTAPが採用されていたが、その詳細を含めて、OpenStack環境でのNetApp製品がどう使われているのかを紹介した。ヤフーのケースでは、FlexCloneという仮想化クローニング機能使って、多くの仮想マシンを展開しつつ、高いディスク効率を達成したとのこと。OpenStackとはGlance、CInderと連携したスナップショット作成やインスタンスのプロビジョニング、データ転送のストレージオフロードが可能になっているとのこと。「OpenStack基盤全体を効率化・安定化させるためには、ストレージの活用が極めて重要だ」と強調した。
ベンダーセッションの最後は、東京エレクトロンデバイス CN事業統括本部 CNプロダクト事業部 事業部長代理の岩田郁雄氏が「PistonでらくらくOpenStack 〜OpenStack構築のもう一つの選択肢〜」と題し、Piston OpenStackを紹介した。Piston OpenStackはPiston Cloud Computingが提供している、OpenStackベースのプライベートクラウド構築システム。専門知識や特殊なハードウェアを必要とせず簡単に導入、管理ができることが特徴で、「コンピュート、ストレージ、ネットワークをワンパッケージにし、わずか10分のベアメタルサーバーからクラウド環境を構築できる。ダウンタイムなしのソフトウェア・アップデートも可能で、PaaSやSDNなどとのオーケストレーションレイヤー連携もできる」(岩田)とのこと。スイスの大手テレコムや医療機関などで導入実績があり、国内では、東京エレクトロンデバイスによる技術検証やハードウェアとのパッケージ製品の展開を行うという。
「OpenStackに関する疑問、全てを聞こう、答えよう」
最後を締めたのはユーザー、ベンダー6名によるパネルディスカッションだ。ヤフー伊藤氏、EMC若松氏、レッドハット中井氏、NEC吉山氏、デル草薙氏、ネットアップ片野氏が参加。モデレーターはアイティメデイア エグゼクティブエディターの三木泉が務めた。
ディスカッションは、事前に募った質問に応えるかたちで進行。質問が多く、高い注目度をうかがわせた。最初のテーマは「OpenStackを企業で導入するメリットと用途は?」について。NECの吉山氏は「企業にとっては、TCOの削減が大きなモチベーションになる。サーバーの払い出しなどが自動化されるので、人件費やサービスの低価格化、迅速化が見込める」と解説。また、レッドハットの中井氏は「すぐ立ち上げてすぐ使えるのが最大のメリット。3分で立ち上がるなら、これまでのUNIXシステムのように5年、10年使うことを考えなくてもよくなる。最初は戸惑うが、慣れてしまえば使いどころは多い」とした。ヤフーの伊藤氏も管理性や柔軟性を例に「インターネット企業でない一般企業でも十分使えると思う」とした。
次のテーマは「どこまで安心して使えるか?」。中井氏は「使い方に合わせて設計して構築できる。どこまで安定させるかを事前に検討できるようなった。ただ、"鉄板構成"はまだないので聞くことが大事」とアドバイス。伊藤氏は「いろいろトラブルに巻き込まれたが、個人的には『安定して動く』と考えている。いろいろなツールも使ったが必ずしもOSSのツールを使いこなす必要はない」とした。また、吉山氏は「ベンダーは、製品のサポートを通してOpenStackをユーザーが安定して利用できるよう努めている」とし、EMCの若松氏も「ストレージの要件に限定されてしまうのではなく、1つの上のレイヤーで抽象化してインフラ全体をサポートする製品も提供している」と解説した。デルの草薙氏は「製品の裏側にあるLinuxコミュニティによるサポートも大きい」と指摘した。
また、「OpenStackと商用製品をどう使い分けるか?」という質問については、中井氏は「状況次第で選び方はいくらでもあると思う。ただ、個人的な見解としては、商用と組み合わせると融通が効かなくなることも多いと考えている」とした。片野氏は「重要なデータの場合は商用製品、そうでないものはGlusterFSなどと使い分け、あるいは、新しいストレージ製品でドライバーがない場合は間にGlusterFSを挟むといった使い分けが考えられる。OSSでうまく柔軟性をもたせることができる」と話した。
このほか「OpenStackを検討する企業が踏むべきステップは?」については、「OpenStackのパブリッククラウド環境が提供されているので、まずは使ってみること。自分の用途にマッチしているかを確認し、次に評価用のディストリビューションなどを導入してみる。いまはよく出来たインストーラーが多いので、1つ1つステップを踏むことが大事」(吉山氏)、「自分たちで運用できる環境を作り、そこからベンダーのディストリビューションをビルディングブロックのように組み合わせる」(片野氏)、「日頃から信頼している第三者、パートナーを見つけ、一緒に動き始めるのが重要。多数のベンダーをコントロールしようとすると難しい」(草薙氏)、「今までとは使い方が違うことをまずは押さえておくべき」(中井氏)、「まずは、内部にスキルを保持してやる、または、ベンダーと協力するといった方向性を決めることが大事」(若松氏)といった意見が出た。
関心が高いテーマとあって、議論は白熱し、予定時間もオーバー。会場の聴衆も熱心に聞き入っていた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.