日本企業のアジャイル開発採用は3割に――労働集約的な古い体質のSIは淘汰される:特集:Biz.REVO〜開発現場よ、ビジネス視点を取り戻せ〜(3)
ビジネス環境が目まぐるしく変化する現在、企業情報システムの開発現場では、ビジネス視点に立った情報システム開発が求められている。アナリストの視点から日本のSIの現状・今後を探ってみたい。
企業にとって情報システムは、いまやビジネスを支えるための生命線であり、その開発には一層のスピードと質が求められている。それを果たすには、ビジネス部門が主導する情報システムの開発プロジェクトの体制を確立するとともに、ビジネスに最適な開発手法の採用や最新の自動化ツールの導入が不可欠である。
本稿では、アプリケーション開発分野のリサーチに携わるガートナー ジャパン リサーチ部門 アプリケーション開発 リサーチ ディレクター 片山治利氏に、ビジネス視点の情報システム開発の現状と方向性について聞いた。
開発現場の課題は「スピードと品質の両立」
片山氏は、今、企業情報システム開発の現場に求められている課題が「スピードと品質の両立」であることをあらためて指摘する。
では、スピードと品質の両立を図る最初のステップとして最も有効な方策とは何なのだろうか。それは、情報システムの開発手法をアジャイルなどに変更することでも、最新の自動化ツールを導入することでもないという。
片山氏が最も有効な取り組みとして挙げるのは、意思決定を迅速に行うための開発プロジェクトの体制作りである。そこで重要になるのが、意思決定する権限を持つビジネス部門の担当者をプロジェクトにきちんとアサインすること。つまり、ビジネス部門の担当者が責任を持って、上流工程の要件定義からプロジェクトにかかわり、本当に必要なものが何なのかを適切に判断し、後回しにできるものは可能な限り後回しにすることによって、情報システム開発の迅速化と品質確保の両立を図るということだ。
実際に、大阪証券取引所がFX市場の情報システムを構築した事例では、ビジネス部門と開発部門の2人がプロジェクトマネージャーを務めて、緊密に協力し合いながら、優先的に実現するものと後回しにできるものを明確に切り分けた。これによって、以前に大手ベンダーが手掛けた同様の情報システムに比べて、3分の2の期間で構築することに成功したという。
こうした取り組みについて、片山氏は「しっかりとした権限を持ったビジネス部門の担当者が開発プロジェクトのオーナーシップを握り、全ての参加者とコミュニケーションを図りながら意思決定を迅速に行うことによって、情報システム開発の迅速化と品質確保の両立を実現できる」と力説する。
開発手法だけでは迅速化は実現できない
情報システム開発の迅速化の方法として、すぐに思い浮かぶのはアジャイルモデルや反復モデルといった開発手法の採用である。しかし、片山氏は、こうした開発手法をただ採用しただけでは、情報システム開発の迅速化と品質確保の両立は実現できないと指摘する。
「どのような開発手法を採用したとしても、プロジェクト管理が不十分で要件定義が曖昧なままでは、情報システムの迅速な開発は実現できない。アジャイルモデルなどの開発手法は、迅速化のためというよりも、むしろ開発するアプリケーションの性質によって使い分けられていることが多い」(片山氏)
例えば、プロジェクトの最初の段階で実装すべきことがほぼ決まっているバックエンドの業務システムなどにはウォーターフォールモデルが適している。また、実際に作ってみせてエンドユーザーからフィードバックをもらいながら開発を進めるWeb系や画面系、消費者向けの情報システムはアジャイルモデルや反復モデルが適していることが多い。こうした情報システムの性質を踏まえた上で、最適な開発手法を選択するとともに、ビジネス部門が主導するプロジェクト体制を構築できなければ、開発の迅速化と品質確保を両立することはできない。
ちなみに、これまでの市場調査を見ると、日本の企業が採用している開発手法はほとんどがウォーターフォールモデルで、アジャイルモデルや反復モデルを採用している企業は1割にも達していなかった。しかし、ガートナー ジャパンが今年(2014年)実施したCIO(最高情報責任者)を対象とした調査では、アジャイルモデルおよび反復モデルを採用している企業は3割近くに及んでおり、ウォーターフォールモデルを採用している企業は6割程度であったという。日本の企業においても新しい開発手法は着実に普及しつつあるようだ。
開発自動化ツールは積極的に活用すべき
情報システム開発の迅速化と品質確保の両立を図る上で、もう一つ重要になるのが、設計やコーディング、テスト、マニュアル作成といった開発作業を自動化するためのツールの活用だ。
こうしたツールの採用について、片山氏は「要件の絞り込みや、意思決定を迅速化する体制を整えた上で、実際に情報システムの開発を進めるに当たっては、コーディングミスなどの人為的なミスを削減し、保守性を高めるという意味でも、コーディングやテストを自動化するツールは積極的に活用すべきだ」と強調する。
実際に、日本でも大企業を中心に自動化ツールを採用しようとする兆しが見え始めている。ガートナー ジャパンの調査によると、自動化ツールを導入する企業は「計画中」と回答する企業を含め、2割弱に及んでいるという。特に、大企業においては、アプリケーションが大規模化してくるに従って、コーディングやテストなどの作業が複雑化し、テストやチェックの頻度も増加することから、自動化ツールが有効になると見られる。
しかし、自動化ツールには、さまざまな種類の製品があり、生産性や有効性などの評価は簡単ではなく、開発作業に関して深い知識がないと選定できないものも多い。そのため、開発の全てを自社で行っていない一般的な企業のほとんどは、情報システムの開発を請け負うSIerからの提案を受けて、ツールの採用を決定することになるだろう。
自動化ツールを活用した提案を見極める
最近では、情報システム開発の迅速化や品質向上、コスト削減をセールスポイントとして、ユーザー企業に自動化ツールの導入を積極的に提案するSIerが増えてきている。「自動化ツールの活用をめぐる潮目は明らかに変わりつつある」と片山氏は指摘する。
その一方で、旧来の開発体制を変えるのに消極的で、自動化ツールを積極的に提案したがらないSIerも少なくない。その背景には、一部のSIerの保守的な体質が見え隠れする。労働集約的な開発体制を改善する努力をせず、従来の業務のやり方のままで、全ての仕事を自社や関連会社のSE(システムエンジニア)に割り当てるために、開発業務を効率化する自動化ツールの導入に消極的になっているケースも多いという。
しかし、情報システム開発やシステムインテグレーションにかかわる競争は激化しつつあり、SIerにとっては、自動化ツールを活用して情報システム開発を省力化する提案が差別化の大きな要素になってきている。「労働集約的な古い体質のまま、ユーザー企業のニーズに十分に答えることのできないSIerは、いずれは淘汰されていくことになるだろう」と片山氏は警鐘を鳴らす。
ユーザー企業にとって、自動化ツールを導入するのに最も適したタイミングは、情報システムの新規開発や更新の時期である。その際には、必ず複数のSIerに情報システム開発の提案を求め、その中から、「自社の状況に合わせて自動化ツールをうまく活用できる提案」を選択・検討すればよいだろう。また、保守フェーズにある情報システムであっても、テストやマニュアル作成などを自動化するツールであれば、導入を容易に進められるはずだ。
SIerのSEの役割は新たなステージへ
情報システムを提案するSIerの中には、ノンコーディングツールなどの自動化ツールを提案しまうと、ユーザー企業での内製化が進み、SEの仕事がなくなるのではないかと心配する向きもある。しかし、片山氏は「ノンコーディングツールを導入して、コード作成の業務が効率化されたとしても、SEがビジネス視点で培ってきた要件定義や情報システム構築のスキルは引き続き必要とされるため、SEの仕事がなくなることはない」と断言する。
むしろツールを積極的に活用して、品質の高い情報システムを迅速に構築してユーザーに提供する。その上でユーザーの内製化を支援できれば、ユーザー自身で要件の追加・変更ができる効率的な情報システムを実現できる環境が整う。こうした活動を通じて信頼を獲得できれば、次の情報システムも受注できる可能性が高くなり、SIer間の激しい競争を勝ち抜けるというわけだ。
「ノンコーディングツールを採用して仕事が減ると心配するよりも、むしろノンコーディングツールを積極的に活用して仕事を増やす努力をすべきだ」(片山氏)
実際、SIerの中にはIaaS (Infrastructure as a Service)を提供しながら、自動化ツールを含む開発環境をクラウド環境で提供し、ユーザーの内製化を積極的に支援しているところも出ている。
開発の迅速化と品質確保の両立を図るためのポイント
最後に、ユーザー企業にとって、ビジネスの視点で情報システム開発の迅速化と品質確保の両立を図るために必要なポイントとは何なのかを紹介しておこう。
片山氏は、二つのポイントを挙げる。一つは、ビジネスにとって情報システムの迅速化と品質確保が必要だという意識を組織全体で共有すること。そして、もう一つは、迅速化が必要なところと、高い品質を必要とするところをきちんと見極めることだ。
そのためには、そうした意思決定を下す権限を持つビジネス部門の担当者を開発プロジェクトの責任者として配置するなどの体制作りが不可欠となる。
関連特集:Biz.REVO−Business Revolution〜開発現場よ、ビジネス視点を取り戻せ〜
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