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第182回 メモリIPにまつわるエトセトラ頭脳放談

元ルネサスのメモリ技術者が設立したメモリIPを手掛けるフローディアが、産業革新機構から出資を受けたことで注目を集めている。でも、メモリIPって何なのだろう。

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 「いよいよメモリ関係が新旧交代の時期に来た」といった話をよく聞くようになった。本コラムでも何度か取り上げてきた各種の新世代の不揮発メモリ技術が、とうとう主流に躍り出るといった話だ。一方では新世代メモリの研究が進んで価格、性能を含めた商品性という点でようやく主流のメモリと局地的には太刀打ちできそうなところにまで来たという面があり、他方では、DRAMとフラッシュメモリという2大主流メモリ製品の進歩が鈍化してきているという面もある。

 しかし半導体を利用する面において、「キャッシュ」−「主記憶」−「外部記憶」というPC技術で確立されたメモリ階層構造が、PCからスマートフォン(スマホ)を経てIoTへといったトレンドの中で変化してきている、という市場の側の変化も大きい。かつては盤石だった既存メモリの市場占有のあちらこちらにひび割れや隙間ができて、新世代メモリの浸透が始まっている感じである(詳細は以下の関連記事を参照)。

 そんなメモリ市場の大きなトレンドの中で産業革新機構の出資が発表されたためか、業界筋の注目を集めたメモリ技術のベンチャー企業がある。フローディア(Floadia)という会社である(産業革新機構のニュースリリース「組込み型不揮発性メモリーを開発する株式会社フローディアへの出資を決定[PDF]」)。元ルネサスのメモリ技術者が設立した会社ということなので、ルネサスのスピンアウトといってよいのだろう。

 この会社の売りはやはり不揮発メモリ技術である。それも2つあり、LEEフラッシュ/EEPROMとゼロマスクシリーズである。そう書くと、この会社も新世代のメモリ技術で主流メモリ市場の「ちゃぶ台返し」を狙っているのかと思われるかもしれないが、私の勝手な意見としては全く違う。大体、狙っている市場はメモリ製品がメモリとして売られるメモリ市場ではないのだ。マイコンやSoCの内部に組み込まれるメモリIP(回路情報)なのである。

 このごろのマイコン製品やCPUコア内蔵のSoC製品のほとんどは、プログラムやデータを保持するためのフラッシュメモリを搭載している。そこで使われる組み込み用(エンベディッド)メモリがターゲットなので、単品のメモリとして売られることはない。必ずCPUコアなどのロジック回路と同じチップの上に製造される。そして、この会社そのものが半導体製品そのものを売ることはなく、メモリ回路の設計や製造方法などIP(Intellectual Property right)を販売するということだ(IPについては「第80回 半導体IPの「継続的」ビジネスはどこにある?」を参照)。そしてメモリとしてはフラッシュの系統に属し、素材や動作原理などが根本から異なる新世代の系統ではない。

 メモリの設計や製造方法などを売るというビジネスモデルはちょっと奇異に見えるかもしれないが、実は昔から存在していたビジネスモデルだ。一番有名なところを挙げるとRambusであろう。Rambusの場合、単なるメモリIPというより、メモリとのインターフェース技術というべきなのかもしれないが、主流のDRAM市場、それも目立つゲーム機やワークステーションなどで存在感があったから覚えている人も多いだろう(Rambusについては「第6回 DRAM戦国時代の勝者は?」参照のこと)。

 一方、組み込みターゲットで考えると、一般にはあまり知られていない会社だがSST(Silicon Storage Technology)がある。SSTは、まさにマイコンやSoCなどに組み込むためのフラッシュメモリのIPを半導体各社に販売していた会社であり、ターゲット市場はフローディアと近いのではないだろうか。なお、現在SSTは、マイコン業界で台頭し今や米国での旗頭となったMicrochip Technologyに買収されてその一部門となっている。SSTの他にも組み込み用メモリIPを販売している会社はそれほど多くはないが複数ある。

 そういうメモリIPというビジネスが成り立つのは、何か製品を作る上でメモリは必須となることが多いが、メモリの開発というものがそうそう誰にでもできるものではないからだ。メモリがメインでない会社にとって、自社でメモリの開発部隊を維持し続けるのは割りに合わない、といった算盤勘定がある。メモリIPが必要な側では、どこかから買って済ませられればそれでよし、メモリIPを売る側では、1社では割に合わないメモリ開発の算盤勘定も複数社に販売できれば採算が取れる、というわけだ。メモリIPのライセンスを買った場合、データシートの片隅にライセンス元の会社の商標などが入る。そういうデータシートを見ると、SSTなどは相当手広い範囲の半導体会社にIPを売っていたようだ。

 しかし、一口にメモリIPを売るといっても一筋縄ではいかない。各社の製造プロセスが異なるからだ。単なる論理回路であるならば、移植先のプロセスとライブラリを使って再論理合成(プログラムをコンパイル、リンクし直すような過程だ)すれば移植可能なものも多いが、メモリともなるとそうもいかない。組み込み用のメモリの場合、多くは元のロジック用の製造プロセスが存在し、それに混在してメモリも作れるようにするために、元の半導体の製造プロセスに加えて、メモリ用の工程の追加が必要になることが多い。そこまで理解してようやくフローディアの「売りの技術」が見えてくる。

 まずはフローディアの第一の不揮発メモリ技術「LEE(Low cost & Easily Embeddedの略だそうだ)」の売りはというと、追加マスクが2枚で済むというところだ。マスク枚数というのは製造工程の中での「露光」工程の回数を支配する。ぶっちゃけ、同じ最小線幅、同じウエハー口径なら、露光の回数は製造コストにそのまま比例すると考えてもいいくらいだ。「たった2枚」の追加で「普通のロジックプロセス」に不揮発メモリが追加できるというのが、LEE Flash/EEPROMの売りだ。当然、自分プロセスのマスク(実際にはレチクル)枚数を把握している人でないと、この売りは心に響かない種類の売りである。

 そして、第二の不揮発メモリ技術「ゼロマスクシリーズ」の売りは、追加マスク「ゼロ」、単層ポリシリコンプロセスである。こちらはなんと追加マスクなしで不揮発メモリを構成できる。ただし、追加マスクの必要なLEE技術と比べるとメモリとしての性質は大分落ちるようだが、追加なしというのは凄い割り切りである。ほんのちょっぴりだけ不揮発なメモリを使いたいケースではよいかもしれない。なお、単層ポリシリコンというのも、フラッシュメモリのセルがどんなものだか知っていないと分からない。通常フラッシュは2層の多結晶(ポリ)シリコンが必要になるのだ。それを普通のロジックプロセス同様の1層でよいと言っているわけである。

 フローディアの売りは他にも、メモリのことをよく知っていないと分からないものが多数ある。「低テストコスト」などは、ロジック用テスター(メモリ専用のメモリテスタとは全く異なる)で、組み込み用のメモリをテストするときのテスト秒数当たりのテストコストがXX円である、とが頭に入っている人向けだ。「書き換え100万回」というのも、この手の製品での書き換え回数の要求レベルが分かっている人でないとピンとこないだろう。さらに言えば、市場におけるフラッシュメモリとEEPROMとのすみ分けは、書き換え回数と容量で決まる。

 どう見ても、半導体をよく分かっている相手向けに売ることに特化している会社である。当然IPの売り先は、製造工程を持っている半導体ファウンダリや、半導体メーカーおよび、製造工程に口をはさめるようなある程度の規模のファブレスということになるだろう。一昔以上前ならば、フラッシュIPを買いたいという半導体メーカーは多数あったはずだが、最近は淘汰が進んで頭数が減っているのではないか。あちらこちらの半導体製造を請け負っているファウンダリに入り込めれば広めることはできそうだが、あくまでファウンダリは製造でもうけるモデルなので、IPを売る側の利益をどこでどう取るかが問題になるだろう。

 ビジネス形態によっては、ファウンダリに場所を借りるだけになったり、あるいは、利益のほとんどを持って行かれる可能性だってある。なかなかビジネスの舵取りは難しそうだ。そして、後方からはひたひたと新世代の原理の異なる不揮発メモリの一団がフラッシュメモリの市場奪取に動いてくる。そのうちのいくつかは、ロジックプロセスとの混載に向かないので当面競合しないだろうが、混載可能なものもあるのだ。それらのいくつかが主力メモリ市場の激戦を避け、組み込み用へ攻め込んでくる可能性も高い。市場の荒波の中、健闘を祈りたい。それにしても出身母体(?)であり、日本におけるマイコンの旗頭であるルネサス殿は採用しているのだろうなぁ、どうなんだろう。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。


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