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第184回 Intelの新プロセッサー「Skylake」は5億台の買い替え需要がターゲット?頭脳放談

Intelから第6世代Coreプロセッサー「Skylake(開発コード名)」が発表された。魅力的な機能が詰まった高性能なプロセッサーだが、もはやそれがパソコンを買い替える動機にはなりそうにない。ニュースリリースを見ると、Intelのターゲットは5年前のパソコンの買い替えのようである。

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 2015年9月1日(米国時間)にIntelの「第6世代」Coreプロセッサーが正式発表になった。Skylake(スカイレイク)という開発コード名のマイクロアーキテクチャを採用したものである。製造は、「最新」の14nmプロセスで「いろいろ設計に改良を施した」製品群としている。リリースを読んでみたのだが、いろいろ引っかかる言葉が多い。そういう言葉の一つ一つが気になってしまうのは歳のせいかもしれないが……。

第6世代Coreプロセッサー(Skylake)のダイ写真
第6世代Coreプロセッサー(Skylake)のダイ写真
写真上側が内蔵のグラフィックスコア、下側が4個のプロセッサーコア。キャッシュ(写真の黄緑色の帯状の部分)がプロセッサーコアを挟んで上下に配置されているのは、発熱を考慮した結果ということだ。

 まずはニュースリリースの「インテル、インテル史上最高峰の第6世代 インテルCoreプロセッサーを発表」の「インテル史上最高峰の」という修飾語に引っかかる。確かにAtomとかQuarkとか同時期の主力製品と比べたときに必ずしも性能が高くない製品ラインのニュースリリースもあるから、新製品がいつも最高峰というわけではないだろう。

 しかし、主力の製品ラインの全面的な更新時に、「インテル史上」前の世代より後の世代の性能が下回っていたなどという事態があっただろうか。いつだって、新世代はその時点でのインテル史上最高峰じゃなかったんじゃないだろうか。わざわざそういう言葉を書くという時点で、何か「言葉の魔法」をかけようとしているマーケティングの邪悪な意図を感じてしまうのは筆者だけだろうか。製品のプロセッサー自体はよいものであるに違いなくても、である。

 ニュースリリース文のあちこちにアスタリスク(*)マークがちりばめられているのは、具体的な比較の数字が書き込まれているところに個別に注釈を付けているためである。まぁ、これは致し方ない。具体的な前提条件を記していない数字などは客観的に評価できないし、誤った数字を述べたりしたら訴訟されかねないからだ。が、それにしても読みづらい。だいたいエンジニアには、「数字*V」と書かれていると、数字に変数「V」の値を乗じていると認識して、ついつい検算したくなる本能がある。

 さらに、なぜか比較対象が「5年前のPC」である。ここでまた引っかかる。普通は、競合他社の競合製品か、自社比でいうなら自社の前世代の製品と比べるものである。すでに競合他社はいない(AMDなど眼中にないのは分かったが、ARMはどうなんだろう)し、自社の直近の前世代とは比べたくないようだ。さすがに5年前と比べるに当たり、その根拠としていまだに4〜5年前のPCが5億台も生き残っているからということが書かれている。それらはブートは遅いし、消費電力は大きいと指摘している。自社製品だけれど、5年前の製品ならdisってもいいらしい。

 ぶっちゃけて言えば、4、5年前の古いPCの更新需要を期待しているので、それとの比較をまず挙げましたという実にストレートなメッセージと読み取れる。5億台かぁ、巨大なボリュームである。

 諸外国の会計制度については知らないが、5年くらい使えば償却も済んでいるに違いない。最近パソコンも安いから単なる経費扱いかもしれない。そして企業の設備更新のサイクルを考えると5年というのは、一応の目安になり得る。そうこう考えると5年というスパンはアナリストに対する説明としても、「納得」なのかもしれない。

 だいたい5億台とかいう市場規模を打ち出しておくこと自体、業績をウオッチしている誰かに対する説明とも読める。それにしてもこの書きぶりからは、何か新規の応用市場を立ち上げて、そちらに売ろうという意志はみじんもない。デスクトップ、モバイルワークステーションからノート、2in1システムと呼ばれているタブレット、小さなスティックPCまで、「幅広い既存市場」のリプレイス需要を喚起して、同一製造ラインで生産される製品ラインの販売数量を確保し、業績を支えるといった強い意志は読み取れるように思うのだが。

 すでにIntelの持つマイクロプロセッサー市場は成熟し、買い替え中心となっていることをしっかり認めて、「買い替えた方がいいですよ」とお勧めしているわけである。買い替えたら「前より」よくなっています、というのは当然の期待だろうし、大抵の場合、それは正しいものだ。この辺の感覚は電子部品というよりも、自動車の販売に近いのではないだろうか。自動車の平均買い替えサイクルが何年なのかは知らないが、パソコンの場合、5年という数字をIntelは選んだということであろう。かなり現実的だし、ある意味コンサバでもある。

 最近、「ハードディスクにエラーが出た」「業務の途中でハードディスクが飛んで重要データがなくなったら困るなぁ」とか、「ノートPCの電池が劣化してきてすぐ電池切れになるけれども古い機種なので交換バッテリパックは販売中止なんだよね」といった具合に、4〜5年も経てば買い替えのトリガーとなりそうな事象はあまたある。ただし、新プロセッサーがほしいからという理由の買い替えはそんなに多いとも思われない。買い替えるなら前より燃費が良い(消費電力が少なく電池が持つ)「エンジン(プロセッサー)」が良い、とは思うだろうが。エンジンの馬力とかに訴求点がないのも最近の自動車の販売とますます似ている。

 それにしても5億台である。それらが本当に買い替えに回ってくれば、ある程度は安泰というべきであろう。ところが、それは本当なのかという疑問もある。パソコンのユーザーのうち、例えばプログラマーをやっていれば、たとえスマホやタブレットのアプリを作っているのだとしても開発はパソコンに違いない。そういう一定のパソコン需要は確実に存在する。しかし、いまどき、スマホやタブレットで足りてしまっている人も多い。とすれば4、5年前の5億台のうち、パコソンの買い替えに戻ってくる割合は確実に減少するのではあるまいか、という疑問である。残念ながら、Intelのニュースリリースには、そこは何も触れられていない。

 マーケティング担当者が言葉の魔法を駆使して、あれやこれやと良い点を説明する。実際、説明は間違っていないし、一応の参考にもなるかもしれない。けれど、説明すればするほどSkylakeというマイクロプロセッサー自体は奥に引っ込んでいく。エンジンのことなど気にしなくてもクルマは運転できてしまうのだから。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。


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