第195回 IntelはBMWと組んで再び自動車組み込みの夢を見る:頭脳放談
BMWが、Intelと組んで自動運転の開発を行うという。自動運転は今、自動車関連業界だけでなく、半導体業界でもホットな話題だ。そこにIntelも参戦するわけだが、その思惑は?
「来る」か「来ないか」まだ可能性は五分五分といったような技術がある一方で、人知の及ぶ範囲で、必ず「来る」ことを多くの人が確信しているような技術もある。しかし、必ず「来る」とは思っていても、いつ、誰が、どんな形でどこまでやることになるのかを正確に予測するのは大変難しい。
変な例えだが、地震予知と同様な匂いがする。技術的なブレークスルーというのは、既存の構造を破壊するという点においては、地震などの破壊現象に似ているからだ。前兆はある。ペキペキと軋んで音を立てる。まさに力がかかっていることは明らかである。そんな中で細かい破壊が進行している。
あるとき、絶えず繰り返されている細かい破壊のまた1つかと思われた小さな破壊が、一気に全体に波及し、局面を変えてしまう。壊れた後になって見てみれば必然なのだけれども、始まる前には皆目見当が付かない。起きてしまったときには、実際に携わってきた関係者の思惑や予定などを吹き飛ばし、「来る」ときは来ちゃうものだ。そして「来た」後の状況を見通せている人は、ほとんどいない。
現状、そんな「来ることが分かっている」技術の1つに完全な自動運転の技術がある。多分、ほぼ全ての関係者が「来る」ことを信じて、何がしかの手を打っている。すでに所有している方も多いだろうが、「障害物に対してブレーキをかける」「車庫入れをする」「車線の逸脱を警告する」など、「それにつながる細かいところ」は一般化している。
先ごろ、テスラの事故が話題となってしまったが、かなりのレベルの技術は、すでに商用化されてしまっていると言ってよい。まあ、現状はあくまで人のアシスタンスという役割ではあるが、技術的にはかなりなところまでできているという雰囲気が醸し出されている。「来ない」という人はよほどのヒネクレ者だろう。本当に運転者がいらないところまでいったら社会的なインパクトは相当だろう。
しかし、それがいつどこまで広がるのか深まるのか、社会にどんなインパクトを与えるのか、ということになると、いまだに「何となく」という感じじゃないだろうか。こと自動車関連業界に限っても大きな地殻変動をもたらす要因だと思うが、自動車業界だけにとどまらないインパクトがありそうである。それゆえに、今日も不確かな未来に向けて手を打つ人たちは引きも切らないのだろう。半導体業界の巨人にしても何かやらねばと思ったようだ。
少し前のことになるが、BMWとIntelの自動運転に関する提携のニュースが流れてきた(Intelのニュースリリース「BMW Group, Intel and Mobileye Team Up to Bring Fully Autonomous Driving to Streets by 2021」)。ご存じの通り、BMWはドイツのバイエルン(本拠地ミュンヘン)の紋章を掲げる高級車メーカーであり、Intelは半導体業界の巨人である。異業種の両巨頭の提携ということでニュースバリューはある。
しかし「自動運転」というカテゴリからすると、正直両社ともこの技術を他に先駆けてけん引してきた、というほどのポジションではない。もちろん、考えてはいたのだろうが、他社をリードするような話は聞こえていなかったのではないだろうか。そこに、種も仕掛けもないわけはない。当然仕掛けはあるのだ。知名度からついつい先に名の書かれる大手2社に目がいってしまうのだが、提携は3社なのである。最後の1社「Mobileye」こそがこの提携話のテクノロジーのキーを握っている。
「Mobileye」といえば、自動運転へとつながる車載画像処理分野では真っ先に名が挙がる会社である。本社は欧州だが、技術的にはイスラエルが拠点の会社だ。巨大な自動車関連部品産業の中では、ごくささやかな規模の会社ではある。だが、欧米の自動車会社が採用している車載専用プロセッサシステム(車載画像処理システムの中核部品である画像認識のアルゴリズムを搭載している)を納めている会社だ。一般の知名度は低いが、ニッチな分野のトップ企業といってもよかろう。日本でも後付け市場向けにMobileyeの製品が売られているし、幾つかのショウなどでは製品も展示されている。この分野に関心のある人はその名を知っている人が多いだろう。
今までMobileyeは、車載のカメラからの「見張り」を担当してきた。それ自体は、車という大きなシステムの一部ではあるものの、どちらかといえばデコレーション的な位置付けであり、車の制御の中核部分と密に結合しているとは言いにくい面もあった。見張りに使える既成のブラックボックス部品を供給する、というような立場にとどまっていたからだ。しかし、自動運転ともなれば車そのもののインテリジェント化であり、車の中心部分に密結合せざるを得ない。車メーカーの本丸に入り込むことになるのだ。
しかし、想像するに、車メーカー側からすると技術的な実績があるとはいえMobileyeだけに全面的に寄り掛かるのは危険ということではなかろうか。車の中核部品は一朝事あればその影響は甚大だ。どこかのリコールの件も続いているのは記憶に新しい。それこそ自動運転ともなれば潜在リスクもまた大きい。すぐに吹き飛んでしまうような中小企業1社に命運を託す、というのはためらわれよう。
下司の勘繰りだが、そこにIntelへの期待もあるのではないか。背景には技術的なものももちろんあるだろうが、企業規模(資本力)と製造業としての能力(供給能力、品質)の点で、Intelが加われば安心感が違うからだ。
これまた勘繰りだが、そのあたりの感覚は、自動車業界でも規模上位の会社とBMWのような中位の規模の会社では、少々異なるかとも想像される。上位の会社からすると、半導体屋は部品屋として何でも言うことを聞いてくれるような会社が望ましい。Intelともなると自分の意見が強すぎる恐れもあり、規模的にも自動車会社と対等に「つきあえる」からちょっと警戒してしまう。逆に1社で半導体会社をうまくコントロールするほどまでの規模がない自動車会社の方が、Intelには合うのかもしれない。
ちょっと注釈を入れておく。若い人の中には、Intelと自動車というとつながりが見いだせない人がいるかもしれない。しかし、Intelはエンジン制御用の車載半導体メーカーとしては最古参ともいえる会社であるのだ。エンジン制御にマイコンを使おうとした黎明期、IntelはFord(フォード)向けに供給していた。日本でもIntelの開発ツールを使ってエンジン回りのチューニングをしていたエンジニアがいたはずだ(今は年寄りになっているだろうが)。
まさに中核部品であるエンジン制御用、あるいは足回りの制御用などの車載マイコンを売っていた時代も、Intelにはあるのだ。しかし、本業のパソコン向けの利益率が伸びるにつれて、いろいろと厳しい規格に適合しなければならない割にもうけの少ない車載は、Intelの中で「バツ」となってしまったようだ。以前書かせていただいたIntelの組み込み向けの流れの悪しき習慣の1つの現れと言ってよいだろう(頭脳放談:第192回 Intelの消えてしまったプロセッサを思い出してみる)。そこでもIntelの組み込み向け縮小の流れの話を書かせていただいたが、組み込みといっても、自動運転はそのインパクトの強さからまた別、ということなのか。ちょっとやってはまた止めるという繰り返しのサイクルになければよいのだが。まあ、Intelにしても、それだけ自動運転の可能性を認識はしている、ということだろう。
ともかく「自動運転」は競争が激しい。局面を限定し、責任を限定したものであれば、すぐにも出てきそうなものはいろいろある。1社が出せば対抗上、他社も出さざるを得ない業界だから、次々と「細かいやつ」は出てくる可能性もある。一方、ユーザーの自動運転への期待と、現状メーカーが取れる責任とのギャップは大きい。ユーザーからすれば「寝ていても勝手に目的地についてくれる」ようなレベルを期待してしまうのに対して、現状は運転者のアシストが建前、あくまで責任は運転者にあり、使えるシーンもあれこれ限定、というところである。
実際に起こらなければ社会的な認知の進まない人間社会である。実際の事例がいろいろ積み重なり、統計データが集まってきて、保険会社が人が運転するより機械が運転した方が料率を安くできる、という確信を持ち、多くの人がそう信じるまで、しばらく時間がかかるかもしれない。もちろん、公的な規制などはそういう社会認知に応じて変化していくだろう。この技術の社会的な受け入れがどのような速度でどう進むのか。そして、その過程で今回のBMW、Intel、Mobileye連合がどのような役割を果たし、結果的にどの程度の市場ポジションを得ることになるのか? 筆者は何も予知はできません……。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。
「頭脳放談」
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