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「プログラミング教育」はICTを活用した新たな“学び”のシンボル――小学校で成功させるためのポイントと実践事例特集:小学生の「プログラミング教育」その前に(4)(1/3 ページ)

政府の新たな成長戦略の中で小学校の「プログラミング教育」を必修化し2020年度に開始することが発表され多くの議論を生んでいる。本特集では、さまざまな有識者にその要点について聞いていく。今回は小金井市立 前原小学校 校長の松田孝氏。

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特集:小学生の「プログラミング教育」その前に

政府の成長戦略の中で小学校の「プログラミング教育」を必修化し2020年度に開始することが発表され、さまざまな議論を生んでいる。そもそも「プログラミング」とは何か、小学生に「プログラミング教育」を必修化する意味はあるのか、「プログラミング的思考」とは何なのか、親はどのように準備しておけばいいのか、小学生の教員は各教科にどのように取り入れればいいのか――本特集では、有識者へのインタビューなどで、これらの疑問を解きほぐしていく。

今回は、プログラミング教育を積極的に実践している小金井市立 前原小学校 校長の松田孝氏に話を伺った。


小学生は毎日学校に行くたびに過去にタイムスリップしている


小金井市立 前原小学校 校長 松田孝氏

 子どものプログラミング教育をめぐる動きでは、政府の新たな成長戦略で2020年度から小学校のプログラミング教育がスタートすることが2016年4月19日に発表されている。また総務省は、「若年層に対するプログラミング教育の普及推進」事業を開始。その一環として、クラウドや地域人材を活用した、効果的・効率的なプログラミング教育の実施モデルの公募を5月27日に開始し、7月19日に選定結果を公開している。今回お話を伺った松田孝氏は、この選定を行う「プログラミング教育事業推進会議」の委員を務めている。

 松田氏は、2016年4月から小金井市立前原小学校に赴任し、タブレット端末などを積極的に活用したプログラミング授業を自ら実践している。前任校の多摩市立愛和小学校では、全児童にタブレット端末を配備し、1人1台体制を実現。2015年度には、3年生以上を対象として年間15時間のプログラミング授業を実施した実績がある。

 松田氏が、プログラミング授業に力を注いでいるのには、“小学校の教育を抜本的に変えていかなければならない”という強い思いがある。

 「コンピュータの登場で世の中の変化は速くなっている。最近ではドッグイヤーを超える速度で進歩を続けており、これに伴い社会環境のICT化も急速に進んでいます。しかし、小学校の教育現場は、100年前からほとんど変わっていないのが実情です。

 本来、学校は時代と技術を学ぶ最先端の場だったはずですが、いつの間にか100年前のまま取り残されてしまっています。これからAI(人工知能)研究がさらに進展し、IoT(Internet of Things)の活用が本格化すれば、教室の椅子や机、電灯など身の回りの全てのものにプログラミングされたマイコンが埋め込まれ、インターネットにつながり、ビッグデータとして活用されるようになります。

 そんな世の中で生きていく子どもたちにとって、“コンピュータサイエンス”と、それを本当の意味で理解するために必要な“プログラミング”は“学ぶべき内容”であり、子どもたちのキャリア形成・選択にとっても必要な“学び”だと考えます。しかし、子どもたちは毎日小学校に行くたびに100年前にタイムスリップしているのです。“小学校は、今変わらなければいけない”という危機感を抱いています」


学校は時代&技術を学ぶ最先端の場(松田氏作成の資料より引用)

 では、なぜ小学校の教育現場ではICT活用が進んでいないのか。それは、「従来の国語・算数・理科・社会など教科学習の完結性と完成度が極めて高いから。今さら授業の中でICTを使う必要はない、というのが教員たちの本音なのです」と松田氏は話す。

 このことを象徴的に表しているのが、2015年4月に総務省が実施した『タブレット端末の導入・拡張等に取り組んでいる自治体』に関する調査結果だ。この調査で、タブレット端末の導入・拡張に取り組んでいる自治体が少なかったのは東北地区。一方で、東北地区は、全国学力学習状況調査では優れた成績を残している。これについて松田氏は「従来型の教科学習がうまく機能していて、学力の高い地区ほど、ICT活用はそれほど進んでいない傾向が浮き彫りになりました」と分析する。


『「重要課題検証」ヒアリング説明資料』(PDF)の『タブレット端末の導入・拡張等に取り組んでいる自治体』に松田氏が印を付けたもの

 「こうした『ICTを使う必要はない』と教員に思わせてしまっている状況を打破するには、新しい学びの“アメイジング(魅力的)な事実”をたくさん創り出すことが必要になります」

 小学校にも着実にICT化の波は広がりつつある。現在、ほとんどの小学校にパソコン教室が設置され、授業の中でICTを利用する学校も増えてきてはいる。それでも松田氏は、「パソコン教室が設置されているといっても、教室自体が離れた場所にあることが多く、お絵描きや『調べ学習』に使われている程度。また授業の中でタブレット端末などを使う場合も、視聴覚教材として便利に使っているだけです。これでは、今までの授業と何ら変わりません」と指摘する。

小学校にプログラミング授業とタブレット導入が必要な理由

 小学校でのプログラミング教育導入への機運が高まる一方で、それに否定的な意見が多く挙がっているのも事実だ。

小学生全員がプログラミングを学ぶ必要があるのか

 例えば、「そもそも、小学生全員がプログラミングを学ぶ必要があるのか」「プログラマーになりたい子どもだけがプログラミング教室や塾に通えばいいのではないか」という意見がある。これについて松田氏は「小学校のプログラミング授業はプログラマーを育てるものではありません。これは、音楽や図工の授業も同じことで、小学生全員を音楽家や芸術家に育てるわけではないですよね。そして、プログラミングが子どもたちのキャリア形成・選択にとっても必要な学びとなっている理由は、先に述べた通りです」とあらためて必要性を訴える。

 「教室や塾に通わせると、教育費が多く掛かってしまいます。その上、教室や塾はまだまだ東京や大阪など大都市に集中している。“機会均等”という意味で、やはり公立の小学校で必修化されるというのは全然違うでしょう」

プログラミング教育はどんな論理的な思考力の育成に役立つのか

 「プログラミング教育は論理的な思考力を養うのに役立つ」という文脈で、「国語・算数など従来の教科でも論理的な思考力や判断力を育んできたのではないか」という疑問を持つ人も多い。

 これについて松田氏は、「それだけではうまくいっていないのが現実です。だからこそ、『プログラミング教育』の必要性が叫ばれているのではないでしょうか。プログラミング教育は、従来教科の“形成的評価の場”として、重要な役割を担うことになるはずです。プログラミングの授業を通じて、論理的な思考力が育っているのかどうかを検証できる。そして、この結果を各教科での授業に生かすという相互作用の中で、効果的に論理的な思考力を育むことができます」と持論を展開する。

アクティブラーニングをしたかったらプログラミング授業

 今後の学習指導要領には「アクティブラーニング」(能動的学習)を学習・指導方法として取り入れることが決まっているが、このアクティブラーニングについても、プログラミングの授業が効果的であると松田氏は話す。

 「今後は、今まで以上に積極的な“課題解決”の意欲と能力が求められます。ここにこそ、プログラミング授業が、アクティブラーニングとなって、子どもたちの資質・能力を育むのに十分に役立つゆえんがあると思います。プログラミング教育やICTが嫌いな教員にも『アクティブラーニング』は人気のバズワードですが、それを実践したかったら、基本的に「知識の伝達」となっている従来教科の枠組みではムリでしょう。教員のみならず子どもも、その枠組みに慣れてしまっていて、“アクティブ”という感覚が分からない。今の“勉強”のままでは、アクティブになれるはずがないのです。

 ところが、プログラミングの授業は、とにかく楽しい。いってしまえば、“ゲーム”、“遊び”です。遊びは主体的な“学び”の感覚を呼び起こしてくれます。プログラミングの授業がなぜ楽しいかというと、東京大学 大学総合教育研究センターの藤本徹氏がいうように、楽観性、生産性、ストーリー性、ソーシャル性というゲーミフィケーションの4つの要素を含んでいるからです。楽しい授業は、子どもの集中力や意欲を高め、主体的に学習参加する姿勢を培うことができます」


松田氏が実践しているプログラミング授業の様子

なぜ、授業でタブレットを使う必要があるのか

 松田氏が実践しているプログラミングの授業では、1人1台のタブレット環境が必須だ。子どもたち1人1人が、タブレット端末の画面を触って、さまざまな機能を駆使しながら、プログラミングを通してコンピュータサイエンスについて学んでいく。

 「今までの授業のやり方に加えて、少しだけタブレットを使うだけでいい」「タブレットはあくまでも教科書の補助的なもの」という意見もあるが、松田氏は「それでは足りない。プログラミングを通してタブレット、つまりコンピュータの機能を本当に生かす使い方を知ることで、子どものさまざまな能力の伸ばし方に気付くことができます。タブレットの導入に批判的な方も、まずは使ってみてから意見してほしい」と力を込める。

 松田氏は、ノートPCでもタブレットでも、コンピュータ端末を授業に取り入れる利点を大きく「アシスティブ」(補助的)、「アダプティブ」(個人に適応性がある)、「アクティブ」(共有できる)という3つに分けて説明する。

 「端末があると“アシスティブ”で効率的です。今の子どもたちは聴覚から受け取った情報を自分の中で再構築するのが難しくなっています。視覚に訴えるのがすごく効果的です。また何かやった後のレスポンスが速く、うまくいかなくても、すぐに何度でもやり直せます」


「仙」という漢字を例に「漢字の書き取りにしてもタブレットのアプリを使えば、すぐに書き順など間違ったところのレスポンスが得られる」と説明する松田氏

 「端末は“アダプティブ”でもあります。アプリによって1人1人にさまざまな辞書や地球儀が与えられているようなものです。加えて、自分で調べたいことを調べられる。動画教材を見るにしても、大画面に映して皆で見ることに加えて、自分の端末でも同じ動画教材を再生することで、自分が分からなかったところで、停止させてメモを残せます。1人1人の理解に応じて学びを構築できるのです。

 そして、自分が作ったものを友達や教員とすぐに“共有できる”。比較・検討ができることは、子どもの学習意欲をとても喚起します。また、親とも共有ができるので、親はすぐに子どもの学習成果を見ることができる。子どもと会話が増えて、一緒に考えることもできるようになります。今までの学校の学びは家庭の学びと断絶していたが、もっとシームレスになるのです。

 これらの要素が相乗的に掛け合わさって、すごく楽しい魅力的な学びを創ることができます。学校は自分で学び、みんなで学ぶ場です。ICTを活用した新たな学びのシンボルこそが『プログラミング教育』。100年変わらない小学校の教育現場を変えていくきっかけになればと思っています」

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