日本の教科書はいつまで「紙」なのか:今変わらなければ、10年後つぶれるしかない
デジタルハリウッドが主催した「近未来教育フォーラム2012」の中から、趙章恩(チョウ・チャンウン)氏の特別講演「韓国のデジタル教科書とスマートラーニング」をレポートする。
10月29日、デジタルハリウッド主催「近未来教育フォーラム2012」が富士ソフトアキバプラザで行われた。近未来教育フォーラムは、デジタル時代の教育とその取り組みについての研究を紹介する場として、今回第3回目の開催。ここでは、趙章恩(チョウ・チャンウン)氏の特別講演「韓国のデジタル教科書とスマートラーニング」をレポートする。趙氏は、ITがビジネスや社会にどのような影響をもたらすかを考えているジャーナリストであり、KDDI総研特別研究員でもある。講演では、教育の情報化が進んだ韓国の事例と、そこから日本が学ぶべきことについて述べられた。
日韓スマートフォン利用ユーザー数比較とその背景
日韓のスマートフォン利用ユーザー数を比較すると、2012年9月時点で韓国は国民の60%がスマートフォンユーザーであるのに対し、日本では2012年3月時点で23%。総務省の2011年版情報通信白書によれば、日本のスマートフォンユーザーは、2014年に40%に到達すると予測。一方、韓国の放送通信委員会によれば2012年度末には韓国国民の70%に普及する見込みだという。
この、日本と韓国のスマートフォンに対する意識の差はどこにあるのか。趙氏は「“教育”が大きく関わっている」と話す。
韓国では、2007年の世界同時不況による大韓民国の通貨(ウォン)大幅下落が後を引き、上位の大学を出ても25%しか正社員になれないという。今年の就職率はさらに悪化し、わずか15%ほどだそうだ。日本では、仮に正社員になれなくてもアルバイトなどでなんとか食べていくことはできる。しかし、韓国の場合は、食べていくことさえも厳しいという。そこで求められるようになったのが「グローバルスタンダード」という考え方だ。世界で生き残っていくために、韓国政府は「スマートコリア推進戦略」を打ち出した。その中の1つが「教育とITの融合」だ。
スマートコリア推進戦略「教育×IT」
「教育とIT」の融合政策の1つとして、まず力を入れたのは「デジタル教科書」。デジタル教科書とは、既存の教科書に参考書や問題集・用語事典・動画・アニメーション・仮想現実などを統合し、デジタル化したもの。デジタル教科書の実現で、時間や空間の制約なく子どもたちは自由に勉強ができるようになる。さらに、他の国に先駆けて実施することで、「端末に依存しないデジタル教科書」として輸出に乗り出し、韓国政府は国家経済力として期待している。
韓国のデジタル教科書導入の始まりは、1996年。今から16年も前のことだ。1996年から2000年にかけて「学校の情報化」が推進され、政府が指揮をとって全国の学校にホームページを作らせた。この政策が、民間企業に利益をもたらし、デジタル化への理解を促す。教育を死活問題と考えている韓国の親たちは、学校のホームページから情報得るためにパソコンを買い、ブロードバンドに加入するようになったのだ。勢いに乗った韓国は、2002年にデジタル教科書の開発に着手、2007年には小学校5〜6年生向けのデジタル教科書(英語)での実証実験を行った。実証実験では、子どもたちが発声する英語の発音の音波を図り、どれだけネイティブに近く発音できているかを計測。デジタル教科書に反対する親もいたが、この実証実験の評判が非常によく、反対者が激減したという。
さらに、2010年からは、教員能力評価制度が実施された。評価によって辞職させられることはないが、成績の悪い教員は恥をかくといった制度だ。この制度の導入により、教員は常に子どもの目線に合わせて授業を考えるようになった。また、現在では教員たちに最低60時間のスマートフォン講習が義務付けられており、ブログやTwitterで質問を投げかけると担任の教師以外のどこかの先生が24時間答えてくれるといった「ソーシャルラーニング」の仕組みも定着しているそうだ。
このようなスマートラーニングによって、子どもたちはさらに学習に興味を持つようになったという。日本ではまだ普及していないが、電子黒板を使った授業では、すべての学生の答えを教師は受信し、その回答例を基に電子黒板で討論するといったことも実践されている。また、民間企業ではコンソーシアムを作り、意識改革にも力が入れられている。もちろん、印刷事業所は紙の教科書がなくなれば売り上げに大きなダメージが生じるため、初めは反対していた。しかし、「今変わらなければ、10年後つぶれるしかない」という危機意識から、国全体で意識を変えていったという。
日本が韓国に学ぶべきもの
韓国で教育が進化する一方で、日本はアナログ時代の教育スタイルのままである。ITを使った教育への反対意見が多い理由はどこにあるのか。それは、冒頭にも書いたとおり「危機意識の違い」にあると趙氏は述べる。逆に、日本の経済事情を韓国に話すと、日本社会の安定性がうらやましがられるという。しかし、これからの世界は、いつどうなるか分からない。「韓国では良くも悪くもスマートラーニングが発達してきた。日本はこの先、どういった道を選択するのかは分からない。しかし、今よりも危機意識を持つことが必要なのは間違いない。例えばそれは、ただ単に、デジタル教科書を作ればいいという問題ではない。すべてが連携し、社会全体を変えていかなければならない。みんなが納得して一緒にエコシステムを作れるようにならなければならない」(趙氏)。
韓国は今、経済格差が教育格差につながらないような「公教育」に国全体で取り組み、強化している。日本はどうするか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.