テクノロジーの力を次の世代のために――プロのエンジニアもプログラミング教育に協力を:特集:小学生の「プログラミング教育」その前に(5)(1/2 ページ)
政府の新たな成長戦略の中で小学校の「プログラミング教育」を必修化し2020年度に開始することが発表され多くの議論を生んでいる。本特集では、さまざまな有識者にその要点について聞いていく。今回は一般社団法人「みんなのコード」の代表理事を務める利根川裕太氏。
特集:小学生の「プログラミング教育」その前に
政府の成長戦略の中で小学校の「プログラミング教育」を必修化し2020年度に開始することが発表され、さまざまな議論を生んでいる。そもそも「プログラミング」とは何か、小学生に「プログラミング教育」を必修化する意味はあるのか、「プログラミング的思考」とは何なのか、親はどのように準備しておけばいいのか、小学生の教員は各教科にどのように取り入れればいいのか――本特集では、有識者へのインタビューなどで、これらの疑問を解きほぐしていく。
今回は、一般社団法人「みんなのコード」の代表理事を務める利根川裕太氏に話を伺った。
現場の教員は何に悩んでいるのか、今後どう対応するべきなのか
プログラミング教育の必修化を議論していた、文部科学省の「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」(以下、有識者会議)の取りまとめが2016年6月に公表された。それを受け、「みんなのコード」が2016年8月、東京・丸の内のリクルートテクノロジーズ本社で「プログラミング教育必修化の本質を文部科学省有識者会議委員・実践校教員と考える関係者限定シンポジウム」を開催。約100人の教職員が参加し、2020年から始まる小学校でのプログラミング教育に具体的にどのように取り組んで行けばいいのかを議論した。
みんなのコードは、「公教育でのプログラミング必修化の推進」をミッションに2015年7月に設立された一般社団法人だ。ビジョンとして「コンピュータ教育が学校教育に取り入れられ、日本全国の子どもたちが楽しくコンピュータの内面に触れ、21世紀を生きる力を身に付けることを目指す」ことを掲げ、教育政策の提言、教育機関に対する支援、プログラミング教育の普及啓発の3つの事業に取り組んでいる。
よく知られた取り組みの1つに、学校や企業向けのプログラミング体験会がある。みんなのコードは、プログラミング教育普及活動である「Hour of Code」の国内認定パートナーだ。2016年5月5日には「Hour of Code 子どもの日全国1万人プログラミング」を、7〜8月には「Hour of Code 夏休み全国100校1万人プログラミング」を実施した。12月11日には『Hour of Code Japan 2016 TOKYO EXPO』として、プログラミング教育の展示会を実施する予定。こうした体験会を開催した学校の数は全国で150校を数え、指導者研修の参加者数は200人、プログラミングの体験者数は3万人を超える。
みんなのコードは、IT企業の職員や教師、学生ボランティアなど多様な経歴を持つメンバーで構成されている。代表理事を務める利根川裕太氏は、ラクスルの立ち上げから参画したエンジニアだ。2014年からHour of Codeのワークショップを主催し、みんなのコード設立後は、有識者会議に委員として参加し、現場目線から「何を行っていくべきか」などを提言した。こうした草の根の活動を続ける利根川氏は、「現場の教員は何に悩み、今後どう対応すべきか」といった課題に真正面から応えられる数少ない有識者の1人といえるだろう。
「全国には2万校の小学校があり、40万人の先生がいます。プログラミング未経験の先生方がどうプログラミング教育を実施していくか。日本中の全ての子どもにプログラミングの機会を提供するには、行政、企業、地域社会などが協力して、プログラミング教育を実施することが大切です」
そう話す利根川氏に、有識者会議の「議論取りまとめ」のポイントや、これからの取り組みで必要なことを聞いた。
コーディングはプログラミング教育の手段であって目的ではない
有識者会議は、国や民間から選ばれた16人の委員が出席し、約2時間の会議で計3回実施された。委員は、大学教授など7人、学校教頭教諭など2人、民間企業5人、NPO系2人という構成で、議論のスタイルは各委員による報告や提言が中心だった。内容については「議論を深めるというよりも、各委員からの必修化に当たってあるべき論や懸念点の表明が中心」(利根川氏)となったという。
そもそも有識者会議が開催された背景には、2015年4月に経済産業省の産業競争力会議で「第四次産業革命に向けた人材育成」が掲げられたことがある。産業競争力会議では、「小学校教育でプログラミングを体験的に学習する機会を確保する」ことが提案され、それを具体化するために議論されたのが文部科学省による有識者会議だ。前提として、児童個人の教養を育む観点のみならず、国の競争力強化と切り離せない関係にあることには留意すべきだろう。
議論のポイントは何か。取りまとめの資料は20ページあるが、概要は下記リンク先にあるスライド「【資料】資料5-1 小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論のまとめ)(概要)」に凝縮されている。
まず、背景については、「人工知能など第四次産業革命により社会の在り方が変わるので、学校教育も変える必要がある」こと、「身近な生活で使われるプログラミングが魔法の箱ではなく科学技術として理解することが必要である」ことが示されている。
利根川氏は「産業競争力会議が背景にはありますが、特定のプログラミング言語でコーディングを覚えることを目的としないことが明示されています。ここで気を付けたいのは、『コーディングをしない』ではないことです」と指摘する。文部科学省も同まとめにおいて、「子どもたちに、コンピュータに意図した処理を行うように指示すること(=プログラミング)ができるということを体験させながら」と実際にコンピュータにプログラミング体験することを明示している。
「プログラミング的思考」は、これからの時代において全ての人に求められる力
では、プログラミング教育に現場はどう取り組んでいけばいいのか。先のスライドでは「プログラミング教育とは」「プログラミング的思考とは」を説明し、取り組みの方向性を示している。
まず、「小学校段階でのプログラミング教育」については、「コンピュータに処理を行うように指示すること(=プログラミング)を体験する」ことにより「将来、どのような職業に就くとしても必要なプログラミング的思考を育成する」とされている。では「プログラミング的思考」とは何か。概要では、下記のように記されているが、少々分かりにくい。
自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力
利根川氏は「『プログラミング的思考』は、まず何をやるのか、それはどのような能力なのか、そしてどのように生かされるのかという観点から、まとめの本文を読み解くと分かりやすいでしょう」と指摘する。
まず「何をやるか」という観点で見ると、以下のような「コンピュータの働きを考えること」だという文章が見つかる。
「コンピュータの働きを理解しながら、それが自ら問題解決にどのように活用できるかをイメージし、意図する処理がどのようにすればコンピュータに伝えられるか、さらに、コンピュータを介してどのように現実世界に働きかけることができるかを考えること
これは、以下のような「論理的に考えていく力」の説明のことを指す。
自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組合せが必要であり、一つ一つの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組合せをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力
そして、こうした「プログラミング的思考」とは、以下のように「自分が設定した目的のために使いこなし、より良い人生や社会作りに生かしていくために必要」であり、「これからの時代において共通に求められる力」「普遍的に求められる力」のことだと分かる。
特定のコーディングを学ぶことではなく、「プログラミング的思考」を身に付けること、情報技術が人間の生活にますます身近なものとなる中で、それらのサービスを受け身で享受するだけでなく、その働きを理解して、自分が設定した目的のために使いこなし、よりよい人生や社会づくりに生かしていくために必要である。
言い換えれば、「プログラミング的思考」、プログラミングに携わる職業を目指す子どもたちだけではなく、どのような進路を選択しどのような職業に就くとしても、これからの時代において共通に求められる力であると言える。
「『プログラミング的思考』のベースには、コンピュテーショナルシンキング(*)があります。ただ、コンピュテーショナルシンキングと全く同じではありません。コンピュテーショナルシンキングには、プログラミング以外の分野も入ってきますが、そうした要素は減らしています。一方で、社会でどう役立つかといった倫理や道徳的な要素は加味されています。基本的には、全ての人が『プログラミング的思考』を備えることで、国全体が豊かになろうというスタンスです」
全ての人が「プログラミング的思考」を備えることによって何が起こるか。利根川氏は、次のような未来に期待を寄せる。
「プログラミングを学んだ人が全てプログラマーになる必要はないと思います。そうではなく、『プログラミング的思考』を備えることで、例えば、企業の経営者がシステムをよく理解できるようになったり、チェーン店の店長がコンピュータを使って分析ができるようになったりといった世界を目指そうとしています。逆の見方をすると、ITの現場がブラック化するような現状は、プログラマーではない人がプログラミングを知らな過ぎることが背景の1つにあるのではないでしょうか。『プログラミング的思考』を初等教育から取り組むことで、社会全体を良くしていこうということです」
*「コンピュテーショナルシンキング」
Microsoft ResearchのVice PresidentであるJeannette M. Wing氏が2006年に発表したエッセイ。公立はこだて未来大学の中島秀之氏が「計算論的思考」として翻訳したPDFで、その考え方を日本語で読むことができる。
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