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既存システムのクラウド移行、考えるべき2つのポイントクラウド移行の費用対効果をどう上げるか

コスト削減、運用負荷低減という「目前の課題」解消だけに、視野が閉じてしまいがちなクラウド移行。その現状に見る、日本企業とSIerの課題とは。

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クラウド移行に対する企業の意識とは

 ビジネスに一層のスピードとコスト効率が求められている近年、ITインフラに対する要請も厳しさを増している。特にサーバ仮想化環境のパフォーマンス担保、障害原因の切り分けなどに手を焼いている企業が多く、運用管理負荷の高さがコストの問題に直結している状況にある。

 こうした中、「既存システムのクラウド移行」を検討する企業が増加している。本来的に、クラウドはビジネスのスピードアップ、柔軟性の向上など、“攻めのIT”の手段となるものだが、移行に対する大方のモチベーションは運用負荷低減、コスト削減にあるようだ。その意味では、導入企業数を急速に伸ばしているHCIも同じ潮流にあるが、目前の負荷を削減した「後の展開」も考えておかなければ、クラウドのメリットを使いこなそうとする企業と、移行だけで取り組みをやめてしまう企業の差は拡大するばかりだ。

 では企業はクラウドを使うに当たり、何を目指し、何に留意すればよいのだろうか。クラウド活用に対する企業の動向と意識について、IDCジャパン ソフトウェア&セキュリティ リサーチマネージャー.入谷光浩氏に話を聞いた。

移行に求めるものは「コスト削減」「運用負荷低減」

 IDCジャパンが6月に発表した「2018年 国内クラウドインフラストラクチャに関するユーザー動向調査結果」において、「オンプレミス環境で仮想サーバを運用している企業」に今後の運用方針を質問したところ、「一部の環境をクラウドサービスに移行する」と回答した企業は30.0%、「ほぼ全部の環境をクラウドサービスに移行する」と回答した企業は11.4%になり、40%を超える企業がクラウド移行を計画していることが分かった。

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図1 オンプレミス環境で仮想サーバを運用している企業に聞いた今後の運用方針《クリックで拡大》

 クラウドサービスへ移行する理由としては「運用負担の削減」と回答した企業が70.5%にも上り、ハードウェアコストの削減(49.2%)、セキュリティの強化(32.1%)と続いた。入谷氏は次のように解説する。

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図2 「サーバの稼働環境」に対する質問。プライべートクラウドも含めてクラウドの割合が年々伸びている《クリックで拡大》

 「この調査は、オンプレミスにVMware vSphereベースの仮想環境を構築している企業の多くが維持・運用の方向性に悩んでいることを踏まえて実施したもの。プライベートクラウドの比率が伸びているのも『運用負担の削減』が大きな理由となっている。一方、『オンプレミスでそのまま運用していくがハイパーバイザーは移行する』という回答には『VMware vSphere以外の選択肢を検討したい』という意向が多く含まれている。ハードウェアの価格が下がっている今、インフラコストは仮想化ソフトウェアのライセンスと保守費用が中心であり、ハイパーバイザーもベンダー間の機能差がほぼなくなっているためだ。『クラウドに移行する』と答えた計41.1%にも、ハードウェアを含めたコスト削減を主目的としている企業が多く含まれると見ている」

IDCジャパン ソフトウェア&セキュリティ リサーチマネージャー. 入谷光浩氏

 一方で、「ほぼ全部の環境をクラウドサービスに移行する」と回答した企業の業種を見ると、流通と金融が目立ち、逆に製造や公共は低めの結果となっている。これはデジタルトランスフォーメーション(DX)のトレンドを反映したものであり、「流通におけるオムニチャネルなど、既存システムをクラウドに移行した上で、AI、IoTなど他のクラウドサービスと連携させて価値を生み出していこうと考える企業も一定数あることの現れ」だという。

 ただ、コスト削減だけを目的化してしまうと、クラウド移行の成果を十分に得られないのは繰り返し指摘されてきた問題だ。入谷氏も、「拡張性、セキュリティ、運用性、周辺サービスとの連携など、クラウドのメリットを生かすようにしなければ、期待する費用対効果は得られない。単にIaaSにシステムを移すだけではコスト削減効果は限定的だ。しかし多くの企業はコストしか見ていないため、自ずと不満を持つ企業も多くなっているのではないか」と解説する。

SIビジネスの変革が、日本企業のクラウド成熟度を引き上げる

 調査結果を見る限り、セキュリティに対する不安は払拭(ふっしょく)されてきたようだが、クラウド活用に対する企業のスタンスは、数年前からほぼ変わっていないといえるだろう。移行を検討する企業が増えているとはいえ、あくまでコスト削減目的であり、クラウドを使って新たなアクションを起こすといった積極的な姿勢は見られない。だが、企業を取り巻く環境が、移行に向けて背中を押す方向に向かっていることは間違いない。

 その一つが、2020 年1月14日のWindows Server 2008/R2 、2019年7月9日のSQL Server 2008/R2 のサポート終了だ。クラウド事業者側も、日本ビジネスシステムズと共にWindows Serverの移行支援サービスを打ち出しているAWS、SQL Server 2008/Windows Server 2008のサポートを延長する「拡張セキュリティ更新プログラム」をAzure仮想マシン上なら3年間無料で提供するとしたMicrosoftの他、「リフト&シフト」を包括的に支援するとしているIBMなど、各社が支援サービスを打ち出し、移行のハードルは大幅に下がりつつある。

 「現状を見る限り、多くの企業がドラスティックにクラウドに移行するとは考えにくい。だが、手間やコストを抑えて移行できることは、企業の背中を押す大きな要因となり得る。また移行すれば、PaaSなど周辺サービスのメリットも享受しやすくなる。移行を機に新しいクラウドネイティブのシステムを作りたいと考える企業も、多く出てくるのではないか」

 ただ、クラウドを使いこなす上では二つのポイントが求められる。一つは、クラウドに移行した後、クラウドネイティブで作るべきアプリケーションと、そうではないものを仕分けることだ。その上で、IT戦略として両者を棲み分け、前者のアプリケーションには開発・運用基盤としてPaaSを使う、後者にはベアメタルを使うなど、各システムに最適なアプローチを採る必要がある。

 「特に、クラウドネイティブなアプリケーションと、それをスピーディーに開発・改善できる仕組みを整備することは、ビジネスニーズに迅速に応える上で今後ますます重要になっていく。この点で、コンテナやPaaSを使ってCI/CD基盤を作るなど、アプリケーションの開発・改善に集中できるよう、インフラ運用を隠蔽(いんぺい)する流れは加速していくと考える」

 ただ周知の通り、そうした取り組みを実践しているのは一部のWeb系などにとどまっている。それが二つ目のポイント――「クラウドならではの特性を生かした開発・運用スタイルを、トラディショナルな企業がどう実現するか」だという。クラウドネイティブなアプリケーションをアジャイルやDevOpsのアプローチで作る上では、内製化も大きな鍵となる。だが一般的な企業にとっては、人材面も含めてハードルが高いのが現実だ。

 「DXトレンドが進展している中、内製できる企業はどんどん先に進んでいるが、開発・運用を社外のSIerに委託してきた企業は取り組みがほぼ止まってしまっている。もちろん、アジャイルやDevOpsでクラウドネイティブなアプリケーションを作りたいと考える企業自体は増えている。だがSIerに相談しても対応できないケースが多く、これがDX推進を阻む一つのボトルネックになっている」

 クラウドネイティブアプリケーションの開発・運用を支援するためには、顧客企業と共に、システムを継続的に開発・運用していく支援サービス、契約形態、組織体制が求められる。だがウオーターフォールを軸とする受託開発という現在のスタイルで、これを実現するのは難しい。入谷氏は「SIerもクラウドベースのスタンスに変わっていくべきではないか。SIerが意識を変えれば、日本企業のクラウド活用は成熟度が一段階上がるはずだ」と指摘する。

 ただ、多くのSIerが支援体制を整えたとしても、ビジネスの成果とテクノロジーが直結している今、従来のような“丸投げ”はもはや通用しない。ビジネス目標から「必要な手段」を解き明かし、そこにクラウドを正しく適用していくアプローチが不可欠だ。

 入谷氏は「クラウド移行のハードルは着実に下がっている。クラウド移行ありきで考えるのではなく、自社はなぜクラウドを使うのか、どのメリットをどのシステムに生かせるのか、という点から見直してみると、移行の成果を高められるのではないか」とアドバイスする。

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