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第225回 なぜ「IntelのCPU不足」はなかなか解決されないのか?頭脳放談

2018年からIntelのCPU不足が続いているという。その原因は最新の10nmプロセスの立ち上げが思ったように行かないこと、といわれているが、筆者は他にも原因があるように思う。

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 「2018年からずっと続いているIntelのCPU不足がなかなか解消されない」という話を聞く。この話は、執筆時点から過去を見れば当然と言えば当然にみえる。

 しかし、過去から現在を見ていたら、そんな品薄な状況になるとは多分予想がつかなかったはずだ。その背景には市場(需要)の動きの速さに比べて、製造(供給)側の動きは、「1桁遅い速さでしか操作できない」という半導体業界の宿命的な構造がある。もちろん、Intel固有の事情が、それを増幅したという面も多々あるように思える。だが根本的には、Intelに限らず半導体の製造業に共通する特性が横たわっているように思える。

 売上規模が大きく(Intelは世界2位の半導体会社だ)、注目が集まる(CPUを1個ずつ買うような消費者が多数存在する)Intelだからこそ、あちらこちらで話題になっている。けれども、どこの半導体会社も似たような状況になって苦しんだ経験が多分にあると思う。

 この問題の「基本文書」と思われるのが、2018年9月28日付に出された短いタイトルのプレスリリース「SUPPLY UPDATE」だろう。最高財務責任者兼暫定CEO(当時)のBob Swan(ボブ・スワン)氏名の文書だ。

いつもと違うプレスリリースの意味

 普段のプレスリリースとはかなり趣きの異なる文章に違和感を覚える向きもあったみたいだが、当然である。普段のプレスリリース文書は、「宣伝」のため、なるべく多くの媒体に取り上げてもらい、不特定多数の人々の注目を引きたいという文書である。そこで、多くの場合「あおり」の入ったタイトル、文章となりがちだ。

 しかし、この文書の「読者」は明快なのだ。IntelのCPUを買っているメーカーの購買担当者から製造計画の立案者、経営者層、CPUの流通に関わる商社の営業、経営者など、IntelのCPUを売り買いすることで「自分の給料が出ている」関係者に対するものなのだ。

 社員向けではないが「身内」に準ずる人々向けである。この文書が出たタイミングは、すでにIntelのCPUが品薄になっていることが明らかな問題となっていた2018年の夏の後である。全世界の津々浦々にまたがる多分とんでもない数の関係者に対して、この巨大サプライチェーンの総責任者から現状と見通しを説明しておかないとまずい、という状況で出されている。

 あまりシビアで悲観的な見通しを語って問題が出ても困るが、甘い見通しで期待を持たせて裏切ったら致命的、そういう文書なのだ。読んでいる人の中には、欲しいといっただけの数量をIntelが出してくれないために、「私のボーナスどうしてくれる!」的に怒っていた人だっていたはずなのだ。

CPUの足りない原因は?

 直接的な原因としては、「想定していた以上にIntelのCPUが売れてしまった」ということに尽きる。データセンター向けのサーバ用のCPUに関してはB2Bのビジネスモデルである。大手の需要家に対してはある程度の期間について要求が直接確認できるので、需要の伸びに対する予測がそう大きく外れるとは思えない。外れたとすれば、それはPC向けCPUの需要のはずである。実際、先の文書ではゲーム向けの需要増大も理由の1つに挙げられている。

 あちらこちらのメディアで、10nmプロセスで製造されるPC向けCPUがなかなか立ち上がらないことが、大きな理由として挙げられているようだ。10nm品は、回路なのかプロセスなのかは不明だがトラブっているというような風評がある。そのため、14nmから10nmへ「出ていく」はずだったPC向けCPUが、14nmプロセスのキャパをサーバ向けと食い合っているためショートしているというのだ。端的にはそういう状況もあるのかもしれない、しかし、本質的問題は別なところにあるんじゃないかと思っている。

Intelのオレゴンにある製造工場
Intelのオレゴンにある製造工場
Intelのプレスリリース「Update: Intel Manufacturing Site Planning」より。

品不足の理由は製造プロセスの問題以外にも……

 4、5年くらい前かもしれないが、Intelは設備投資を絞る方向に動いたのではないかと思う。その理由は、モバイル分野におけるIntel CPUの不成功にある。Intel経営層は今後、「クライアント」分野向けのCPUにはそう大きな伸びはなく、利益の多くは「サーバ」分野から来ているのだから、PC向けに金を使うのは「抑え気味」にしたいと思ったとしても当然だったろう。

 これと前後して世界1位の半導体会社は、Samsung Electronicsに抜かれて2位になっている。過去の大成長時のような伸びに任せる拡大は望めず、頭打ちの市場からでも着実に利益を出す、多くの会社でよくいわれる「筋肉質」の体質にしたいと、かじをきったとしても不思議ではない。

 また知っての通り、半導体における工場設備投資は非常に重い。一度判断を誤り、過剰投資で回収に失敗すれば容易に会社が傾く金額である。その中で高利益の商品が多いIntelは、比較的短い時間で工場投資を回収できていると思われる(その半面、先端プロセスでないと成り立たない製品が多いので、下位の半導体会社のように古い設備を動かし続けて細く長く利益を上げるわけにはいかなそうにみえる)。

 そのIntelにしても、万が一、工場稼働率が下がるような事態になると一大事なのである。「お金を刷る機械」に見えた高額な製造設備は、そのまま「金食い虫」に転じるのだ。そこで、万が一、工場のキャパが余るような事態に備えて、従前、外部(TSMCなど)に出していたような傍流の製品の製造まで、社内に取り込むような方向にしたのではないか。その形跡はある。

 また、Intelがファウンダリを受けて他社ブランド品を製造するようなニュースもあった(頭脳放談「第196回 なぜIntelがARMプロセッサの受託製造を始めるのか」参照)。多分、当時の経営層の頭には「PC向けCPUの頭打ち、結果、稼働率低下」という恐ろしいシナリオがあったように想像される。

 社外へ出る金を削り、稼働率を上げる。当然ともいえる施策が着々と実行される。その半面、思ったほど早く新プロセスは稼働しない。Intelの10nmの立ち上げが遅い、という指摘も多いようだ。しかし、これにもIntelならではの理由があるように思える。

 Intelの場合、新製品は常に業界最先端の性能が求められる。これをクリアし続けるのは決して簡単なことではない。その上、他社であれば、先端プロセス品はフラグシップとして、多少イールド(歩留まり)が悪くて、数量が出荷できない状態でも、「多少のキズがあっても」出してしまうのには大いに意義がある。

 しかし、PCがビッグビジネスになって以来、ここ4分の1世紀くらいの間のIntelにとっては、そうはいかないのだ。新製品を出すとすれば、全世界の隅々まである程度の数量を出荷し続けるだけのキャパシティーを確保しておかなければならない。そうでなければ末端の消費者からたたかれるだけでなく、「巨大なサプライチェーン」の各位からの突き上げも覚悟しなければならないからだ。

 何せ新しい製品を先んじて売れば大きな利益が得られる。アロケーション(出荷数量を絞ったり、特定の顧客に優先して出荷したりすること)を行えば、もうかる品物を取り扱えない人々には不満がたまる。

 太古の時代のIntelは、「Intelは出荷します」という宣伝を打っても、まだ出荷できていないとやゆされるような会社だった。しかし、いまのIntelは新製品のプレスリリースの公開日には、販路に物が流れている「出荷しています」状態でないとならない会社であるのだ。

CPUの欠乏は解決するのか?

 いろいろな対策が打たれているようだが、市場のデマンドが変わらなければ、生産キャパシティーを拡大するしか根本策はない。とはいえ、急に拡張策に転じるのにも問題がありそうだ。

 まずは景気だ。このままの市場デマンドが何年も続けばよいが、何らかの景気変動や市場環境の変化で急に落ち込むことだって考えられる。現状の活況に流されて巨大投資をしてしまうと、その投資が生きてくる数年先には生産キャパシティーが余って稼働率が急低下、といったことにもなりかねない。多くの半導体会社がこれで消えたり、製造から手を引いてファブレスになったりしている。プレスリリースで、「Intelは今回の件で$1B投資を増やした」と言っている。

 しかし、年間総額$15Bである。高々7%弱増やしたにとどまる。また、投資から設備の稼働まで時間がかかるというのは、全ての半導体製造会社が抱える問題だ。もし空いているクリーンルームがあれば、一から建屋を作る必要がなく、製造設備から導入し始めることができる。しかし、半導体の製造設備など店頭で買えるような品物ではないから、必要な設備を発注、製造、納入して現場据え付け、そして量産可能な状態になるまでの調整、といった一連の工程に数カ月、下手をすると数年かかる。

 ましてやクリーンルームに空きがないならば、まず建屋を建て増しすることから始めなければならない。Intelから2019年2月5日付けで「UPDATE: INTEL MANUFACTURING SITE PLANNING」というプレスリリースが流れていたが、それを読むと既存の「オレゴン」「アイルランド」「イスラエル」の各製造拠点で拡張工事を始めるようだ。

 どのくらい現状のリソースがタイトなのかは知りようもないが、2019年に着手できても、この拡張が寄与するのは数年先になるだろう。まだしばらくは、あつれきを生みつつ、綱渡りのやりくりが続くんじゃないだろうか。それとも外部環境の変化で、そんなこんなも吹き飛んでしまうか。これも、Intelも遅ればせながら普通の半導体会社の悩みに向き合うようになった、ということかもしれない。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。


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