「IoTの導入=コストダウンや効率化」でこぢんまりしてていいの?――IoTネットワーク、LoRaWANビジネスの現状:ものになるモノ、ならないモノ(82)
IoTデバイス向けの商用接続サービスがあるのをご存じだろうか。いうなれば、デバイスに特化したインターネット接続プロバイダーという事業形態だ。LoRaWAN規格の接続ネットワークを展開している、2017年3月設立のIoTプロバイダー「センスウェイ」に話を聞いた。
IoTデバイス向けの商用接続サービスがあるのをご存じだろうか。いうなれば、デバイスに特化したインターネット接続プロバイダーという事業形態だ。IoTデバイス向けの無線方式というと、「LPWA」(Low Power, Wide Area)と総称される無線アクセス形態が思い浮かぶだろう。LPWAは、低消費電力、低ビットレート、広域カバレッジを最大の特徴とする無線であり、まさにセンサー類を中心とした日常に遍在することになるであろうIoTデバイスに適した形態といえよう。
LPWAには、幾つかの無線通信規格が存在する。主なものをピックアップしてみよう。まず、有名なところでは、フランスのSIGFOXが提供する「SigFox」がそれ。日本では、京セラコミュニケーションシステム(KCCS)が全国に基地局を建造し、2019年2月の時点で人口カバー率94%超え、今夏には97%まで拡大する予定だという(参考)。KCCSは、携帯電話の基地局設営では実績があるだけに、無線通信インフラの構築は、お手のものといったところだろう。
携帯電話のLTE方式をIoT向けに標準化した「NB-IoT」(Narrow Band IoT)という規格もある。こちらは、LTE派生で、既存LTE基地局の設備を活用できるだけに、大手の通信キャリアを中心に普及が進んでいる。2018年4月からソフトバンクが、商用サービスを開始したことで話題となった(参考)。
そして、今回紹介するのが、「LoRaWAN」(Long Range Wide Area Network、ローラワン)と呼ばれる規格。非営利団体のLoRa Allianceがデータリンク層の規格をまとめているだけあり、オープンな環境が整備されていることが特徴だ。そのLoRaWAN規格の接続ネットワークを展開しているのが、「センスウェイ」という2017年3月設立のIoTプロバイダーだ。
123.43キロのデータ送信に成功
センスウェイでは、1デバイス当たり、基本料金0円で月額30円から、という価格で接続サービスを提供している。詳細は、同社サイトの料金表をご覧いただくとして、このような接続料金で事業を継続できるのかと心配になるが、代表取締役社長の神保雄三氏は、「IoTの世界は、1つの商談で数万回線の契約が普通に進行している」そうだ。回線当たりの料金と契約単位の規模感は、IoTならではのもので、通常の接続プロバイダーなどとは根本的に異なる。
「Long Range」の言葉が示すようにLoRaWANは、1つの基地局のカバレッジが広いのが特徴だ。センスウェイでは、過去に富士山の5合目から千葉県柏市に接地された基地局まで123.43キロのデータ送信に成功している。直線で見通せる特殊な状況下での飛距離を狙った実験なので、あくまでも参考値として捉える必要があるが、それでもLoRaWANの実力を垣間見るには十分な結果であろう。
同社は、三井不動産と提携しており、全国主要都市にある三井不動産のビル屋上に基地局の設置を確約している。三井不動産は東京ミッドタウンのようなタワー級のビルを含め商業施設を中心に多くのビルを所有しているので、LoRaWANの長距離性能と組み合わされることで、1つの基地局に多くの回線収容の可能性に期待が膨らむ。ただ神保氏は、「都市部ではビル陰などに入ると電波が届きにくいエリアができてしまうので、きめ細かな基地局接地も必要」と、慎重な姿勢を崩さない。
センスウェイは、資本金1億円でスタートしたスタートアップ企業だ。現在は、2億2400万円に増資されているが、それでも、無線インフラで人口カバー率90%の全国展開を目指す通信事業者としては、あまりに控えめな数字に驚きを禁じ得ない。「最終的には、100億円の設備投資が必要になる」と言うが、2022年の夏までの上場をもくろんでおり、そこでの資金調達の可否が目標達成の鍵となるだろう。
基地局の設置は、コストと時間を必要とする作業であり、企業としての体力を要する。LPWAの基地局とはいえ、建造のための工事費や場所などの賃借料は、携帯電話のものと基本的に変わらない。その一方で、1回線当たりの収益は、携帯電話の100分の1といった世界である。前述のように「いかに、たくさんの契約回線を収容するか」が勝負の分かれ目となる。センスウェイの場合は、同じ時間軸の上で、(1)基地局の展開、(2)契約数の獲得、(3)資金調達の可否が、追いかけっ子をする形となる。
LoRaWANの業界団体を設立
筆者は、ITのライターとして、常にニュートラルな目で取材先の事業を紹介するように心掛けてはいるのだが、それでも、取材対象にシンパシーを抱いてしまい行間に過度な思い入れを注入した記事になってしまうことがある。筆者自身個人事業主であるため、巨大資本に下支えされて事業を展開する大企業よりも、スタートアップ系の人々を応援する傾向にある。センスウェイもその一つだ。前述のように、体力が大きくものをいうLPWAのインフラ展開において、常識で考えれば、ライバルである大手携帯電話会社や京セラ資本に対して、センスウェイは圧倒的に非力だ。だからと言って絶望的な気持ちにはならない。
筆者は、LoRaWANのオープン性に期待している。欧州には、「The Things Network」(TTN)といったムーブメントもある。これは、LoRaWANを利用したクラウドソーシング型IoTネットワークだ。ただ、日本では、総務省の方針で他者に基地局を開放する場合は通信事業者としての届け出を必要とする。そのため、TTN的なインフラを日本で展開するのは、制度的に無理がある。
だからこそ、オープンな規格であるLoRaWANでインフラ展開を目指すセンスウェイには大いに期待するのだ。LPWAに割り当てられた920MHz帯には、一部規格を除き、電波環境を保全するために、キャリアセンス時間や最大送信可能時間などのルールが設けられている。そのルールを逸脱することがなければ、自営基地局の設置や、独自端末の構築など、他の規格に比べると自由度が高いという。幸いにして、2020年春ごろに予定されている改正電波法では、技適未取得の自作の端末(無線局)であっても、技適相当の基準を満たしていれば、総務省に届け出(無料)を実施するだけで180日間は実験などで使うことができる。このような制度を利用して、独創的なIoT端末が登場してほしいと願う。
センスウェイが中心となって、立ち上げた「日本LoRaアライアンス普及開発推進協会」の動向にも期待したい。世界的にオープンな規格であるLoRaWANだけに、英語の情報は豊富だ。その一方で、日本語の情報はお世辞にも多いとはいえない。「まずは、各種情報の日本語化を進め多くの開発者にLoRaWANコミュニティーに参加してもらうことを目指す」(センスウェイ 執行役員 CMOの益子純一氏)という。そして、「日本の環境に合致したLoRaWANの仕様を本家であるLoRa Allianceに提言するために意見を集約していきたい」(益子氏)と意気込む。
業界団体の設立は、行政対策という面でも大切だ。主務官庁である総務省に「ものを言う」場合においても、1企業で声を挙げるより業界団体の意見として送り届ける方が耳を傾けてくれる度合いが違うだろう。さらに、人材育成という面でもこの協会の役割は大きい。「IoT=モノのインターネット」というが、現在の「インターネット」とは似て非なるものだと思う。サーバ、PC、スマートフォンといった、同種のコンピューティングデバイスが接続している現在のインターネットとは違い、IoTは、技術者の考え方や設計思想も異なれば、法令など製品として満たすべきレギュレーションも多種多様な端末が接続される世界でもある。そのような分野で通用する人材を育成することも急務であろう。
コストダウンや効率化だけでIoTを語ってはいけない
IoTの取材を通じて危惧することがある。多くの企業の目線が、コストダウンや効率化にばかり向いている点だ。これでは、同じモノを大量生産し、大量に消費することを前提とした産業革命型の生産現場の考え方をそのまま踏襲しているにすぎない。そこに新しい価値が生まれることはない。
かつて、IoT事例としてもてはやされたゼネラル・エレクトリック(GE)の航空機エンジンの話がある。運行中の航空機におけるエンジンの状況を、センサー類を利用してリアルタイム監視することで、メンテナンスサービスの高度化や整備コストの定額性モデルを可能にしたというものだ。エンジン部品にセンサーを組み合わせることで可能になったIoTの成功例だ。GEは、同時に航空機のリース事業も実施している。
多くの人は、コストダウンや運行の効率化に着目するが、この話の本質は、別のところにある、と論ずる向きもある。IoT化された航空機をリースで導入する航空会社は、初期投資を抑え、整備コストが定額性なので、事業の運営コストが読める。そうすることで、航空事業への参入障壁が下がり、LCC(Low Cost Carrier)のような安価な運賃を売りにする航空会社が生まれた。
LCCにより安価な空の旅が可能になると人の移動が活発化する。当然経済も活性化する。LCCに乗ってやってくるアジアからのインバウンド観光客はその典型例ではないか。日本経済は、彼らの観光や爆買いで潤う。これこそが、IoTによってもたらされる、新しい付加価値なのではないのか。
IoTの導入=コストダウン、効率化という図式のままだと画一的な考え方の中でこぢんまりとまとまるだけで、新しいモノは生み出せないし、政府が提唱する、社会に偏在するIoTセンサーでビッグデータを集め、人工知能で解析した上でリアル社会にフィードバックする、データ主導社会(Society 5.0)の実現などおぼつかない。
誰もが積極的に関与できるLoRaWANによるIoTネットワークであるからこそ、インフラ事業者としてのセンスウェイ、日本LoRaアライアンス普及開発推進協会、そして、企業や在野の開発者、技術者の皆さんには、ぜひとも新しい価値の創設に尽力していただきたいものだ。
著者紹介
山崎潤一郎
音楽制作業の傍らIT分野のライターとしても活動。クラシックやワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレーベル主宰。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。
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