期待のサービスはなぜ「総売り上げ3万5400円」でクローズに至ったのか――失敗から学び成長するための6項目:明日の開発カンファレンス2019
「失敗の振り返り」は、同じ間違いを繰り返さないために必要なことだが、できれば避けて通りたいツラい作業。2019年4月24日に開催された「明日の開発カンファレンス」では、貴重な「公開振り返り」が行われた。
「失敗の振り返り」は、同じ間違いを繰り返さないために必要なこと……と分かっていても、できれば避けて通りたいツラい作業でもある。失敗したのが、自分自身が責任者として取り組んだプロジェクトであれば、なおさらだ。2019年4月24日に東京の大田区産業プラザPiOで開催された「明日の開発カンファレンス」では、あるサービスのプロダクトオーナー(PO)を務めた開発者が、あえて公開の場でその苦行に挑んだ。なぜ、そのサービスは失敗してしまったのか。立ち上げから、クローズまでの過程で、どのような意思決定があったのか。貴重な「公開振り返り」が行われた。
「総売り上げ:35400円 受託エンジニアが自社サービスのPOをやって学んだこと」と題したセッションを行ったのは、現在、永和システムマネジメントで「Agile Studio Fukui」のディレクターを務める岡島幸男氏だ。同社は受託開発ビジネスを主軸に、近年では「G Suite」の販売、開発運用支援サービスも手掛けている。また、スクラムなどのアジャイル手法による開発プロセスの改善や、それを活用できる人材の育成にも注力している。
岡島氏がPOを務めたのは、Microsoft Office Excelから、G Suiteへ移行するユーザーをターゲットとした「HIKKOSHIクラウド for Excel」と呼ばれる自社サービスだった。サービスの内容は、これまでExcelを利用してきた企業ユーザーが、G Suiteへ移行する際に課題となりがちな「Excel VBA」のプログラムを、G Suiteの「Google Apps Script」(GAS)へ自動的に変換するというもの。VBAコードをWebサイトへアップロードするだけで変換できる手軽さが、サービスの売りの一つだった。
POとなった岡島氏は、リーンキャンバスを用いてビジネスプランを検討。社内で優秀かつ熱意のあるエンジニアを「HIKKOSHIクラウド」の専任としてアサインし、スクラムで開発に臨んだ。社外の評判も良く、「Google Cloud Partner Summit Japan '17」のピッチコンテストでは「パートナーコンテスト賞」を受賞。2017年9月に正式リリースした際には、プレスリリースを出すなど、会社も積極的にバックアップを行った。
しかし、正式リリースから約1年半後の2019年2月28日。「HIKKOSHIクラウド for Excel」はサービスをクローズする。人件費などを換算すると2000万円以上を投資したというサービスの総売上は「3万5400円」だった。このような結果に至った原因は何だったのだろうか。
岡島氏は「開発チームから生み出されるプロダクトの価値の最大化に責任を持つのが、POである私の役割」と述べ、あえて自分を「被告人」として「犯人さがし」をしてみたいとした。もちろん、被告人を追及する「検事」役も自分自身だ。
「検事」と「被告」の両方の立場から「失敗の理由」を追及
岡島氏が第一の容疑として挙げたのは「ピボット遅れ」だ。ピボットとは、特に立ち上げ期にあるビジネスの「方針変更」を指す。検事は「実装の前に手動でサービスを回してみて、サービスそのものの収益性をテストすればよかったのでは? なぜ、リーンスタートアップができなかったのか?」と口火を切る。
これに対して、POとしての岡島被告は以下のように弁明する。
「ペルソナもリーンキャンバスも作ったが、確かにユーザーヒアリングの数は不十分だったかもしれない。だが、2017年9月の正式リリース後の状況を見て、大規模向けニーズにピボットはしている」
「大規模向けニーズ」とは、ユーザーに対してG Suiteを導入する代理店が、数百単位のExcel VBAを、まとめて変換できる機能の実装だという。
しかし、岡島検事は追及の手を緩めない。証拠物件として、2017年8月にPOが社内への現状報告を行った際の資料を提出した。
「この現状報告書には、アップロード数が伸び悩んでいる原因の分析として『実はニーズがない?』といった一文がある。この時点で、そのことにPO本人も気付いていたのではないか。だとすれば、正式リリース前にピボットできた可能性があったのでは?」
この指摘には、被告も黙らざるを得ない。
第二の容疑は「優先度の取り違え」だ。ここでは、2017年8月の「現状報告」に加えて、2018年1月に実施された「ユーザーアンケート」が証拠として提出された。岡島検事は次のように指摘する。
「2017年8月1日時点の報告には、β版にアップロードされたファイルの変換作業を実施し、機能を向上させているとある。しかし、その後の2018年1月15日に営業担当が実施したユーザー候補向けのアンケートによると、そうした機能と関係のないフィードバックがある。βリリースの目的は、フィードバックから活動全般を改善することなのに『アップロードファイルの変換』という分かりやすい作業に没頭していたように見える。POのエゴでバックログの優先度を取り違えてはいなかったか?」
確かに、2018年1月のアンケートでは、「登録は行ったが見積もりまで進まなかった」ユーザーからのフィードバックとして「見積もり段階では開示できないものがほとんどなため」「コンパイル費用が高そう」といった、サービスそのものの機能とは直接関係しない意見が出ている。こうした声への対応が後手に回ったことが「POのエゴ」だったのではないかという岡島検事の指摘に、岡島被告は「否定できない」と表情を曇らせた。
そして、第三の容疑は「多過ぎる複数のゴール設定」だ。検事が次に持ち出したのは2017年2月28日に作成された、HIKKOSHIクラウドの「事業計画書」だ。
「この事業計画書では、『ストックビジネスの立ち上げ』『技術トランスファ』『リーン、アジャイル開発による実現』という3つのゴールが書かれている。これだけのゴールがあっては、サービスの成功にフォーカスできないのではないか」
さらに、当時の組織構造そのものにも問題があったと指摘する。岡島氏は当時、新規プロダクトのPOであると同時に、そのビジネスを統括するセグメントのアカウントマネジャーも兼任していた。それが「利益相反」を招いたのではないかという指摘だ。
これについて、PO岡島被告は次のように弁明する。
「確かに、セグメントの責任者とPOを兼務したために、計画の見極めが甘くなったことは否定できない。既存の請負プロジェクトの都合もあり、ベストメンバーは組めなかった。兼務が故に、ステークホルダーとして機能しなかったのも事実。ただし、組織構造の変更は容易ではなく、POである私の意識と行動で回避できたはずだ」
しかし、岡島検事は容赦ない。
「それはつまり、組織の力学を忖度(そんたく)したということなのではないか?」
この指摘には、岡島被告も黙ってうなだれるしかなかったのだった。
失敗の原因は発達し過ぎた「受託脳」だった
自らの役割を「検事」と「被告」に分け、残した資料を振り返りながらの「原因追求」を行う中で、岡島氏はこれら「3つの容疑」の背景には、以下のような心理がPOとしての自分にあったのではないかと自己分析する。
「ピボット遅れ」については「人件費に多く予算を割かなければ、稼働が埋まらない」。「優先度の取り違え」については「目の前にいるお客さまの満足度を重視したい。なぜならそこからの継続受注と点から面への拡大が重要。お客さまは太陽で私たちはヒマワリだから」。そして「複数のゴール」については「組織全体のためになるゴールを決められた期間と予算で達成する。それが仕事だから」。
こうした心理に気付くに当たって、岡島氏は自らの奥底にあったメンタルモデルが、20年以上にわたる受託ビジネスのキャリアの中で培われた「受託脳」であったことを自覚したとする。
「メンタルモデルそのものに良しあしはないことは理解している。しかしながら、今回のプロジェクトは、POが『受託脳』の発達した受託開発のプロであったが故に失敗したというのは、否定できない事実だと思う」
岡島氏は、このメンタルモデルがPO個人だけではなく、組織の文化として根付いていたことが、無意識的に危うい計画を通してしまったり、怪しい兆候があっても、見て見ぬふりをしたりといった状況を生んだ可能性があることを指摘した。
「行動パターンの奥底にあるメンタルモデルは強固で、本人も気が付かないことが多く、組織にも拡散する。過去の成功体験は、必ずしも新しい成功を呼ばないことは、自分でも理解しているつもりだったが、今回は抜け出すことができなかった」
失敗から学び成長するための6項目
こうした「失敗」は、新たなチャレンジを行う際には必ず起こることでもある。重要なのは、その失敗から目を背けず、次のチャレンジに向けた糧とすることだ。岡島氏は、失敗を経験した際には、次に挙げることを実行するといいとした。
- 事実を洗い、振り返る
- 自分のメンタルモデルを書き出してみる
- 周りも見回してみる
- オープンなマインドでフィードバックを受け入れる
- インプットを増やす
- メンタルモデルのアップデートを図る
岡島氏は過去に作った「事業計画書」「状況報告書」「ユーザーアンケート」などを徹底的に見直すことで、当時の自分の行動パターンを規定していたメンタルモデルを明確にしていった。その意味でも、新たな取り組みを行う際には、後で参照できる「証拠」を残しておくことが重要だという。
今回の振り返りを通じて、岡島氏は自らのメンタルモデルを「受託脳」ではない、新たなものへとアップデートしていく必要性を痛感したとする。
「従来の『受託脳』から脱却し、お客さまとプロダクトを『協創』していくという新たなメンタルモデルへのアップデートが、今の自分のチャレンジだ」
現在、岡島氏がディレクターを務める同社の「Agile Studio Fukui」は、アジャイルを用いた顧客との協創の場、そして、従来の受託開発ビジネスから一歩進んだ、新たな形の開発、教育支援サービスを創出するチャレンジの場になっているという。
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