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800台の仮想マシンを短期にリフトし、クラウドシフトへの挑戦を早めるツムラ、5年分の試算で削減できたコストは?特集:百花繚乱。令和のクラウド移行(10)

多数の事例取材から企業ごとのクラウド移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出する本特集「百花繚乱。令和のクラウド移行」。ツムラの事例では、製薬業界ならではの選定ポイントや大容量データの移行におけるポイントを中心にお届けする。

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ツムラ 情報技術部 ITリテラシー課 課長 池田圭子氏

 ヘルスケアビジネスは新たなプレイヤーの参入が多く競争も激化している。そんな中、改革を推進するためには最新のデジタル技術の活用が欠かせない。オンプレミスシステムを10年以上も刷新することなく使っていたツムラは2018年、オンプレミスからの脱却を図り、事業環境の変化に対応するインフラ基盤へと刷新するため、クラウドプラットフォームとパートナーの選定を行った。

 1194台も稼働する仮想マシンをいかにしてクラウドに移行し、どのような効果を得たのか――2019年6月に開催された「AWS Summit Tokyo 2019」に登壇したツムラ 情報技術部 ITリテラシー課 課長の池田圭子氏の講演内容から移行のポイントを探る。

10年来のオンプレミスシステムからの脱却

 ツムラは明治26年(1893年)に「津村順天堂」として創業、当初は婦人用の製薬製剤「中将湯」や同名の入浴剤などを販売した。「自然と健康を科学する」という経営理念の下、現在の中核製品である医療用漢方調剤の市場では80%以上のシェアを獲得しており、「漢方のツムラ」としてもよく知られている。2019年には「“漢方”のイノベーションによる新たな価値の創造 Next Stage」をテーマとした中期経営計画を策定し、日本の伝統医療である漢方製剤を安定的に供給するための改革を推進するとしている。

 同社のIT部門は、グループ各社の業務システムを一手に引き受けて、企画から導入、開発まで主導してきた。従前のオンプレミスシステムは10年以上も刷新することなく使われており、設計ポリシーもそのままだった。200以上の業務システムが存在し、開発/本番環境を合わせて1194台もの仮想サーバが稼働していたという。

 「安定性に不満はなかったのですが、将来的な最新のデジタル技術への期待に対し、現状のIT環境で対応できるかどうか懸念がありました」(池田氏)

 ヘルスケアビジネスは、新たなプレイヤーの参入も多く、決して安定的な事業分野とはいえない。競争が激化する中、中期計画にあるような改革を推進するためには、最新のデジタル技術の活用が欠かせない。

 そこでツムラでは、2017年末から2018年初頭にかけて、オンプレミスシステムからの脱却を図り、事業環境の変化に対応するインフラ基盤へと刷新するため、「コスト最適化」「スピード感のある柔軟なIT環境」「データの信頼性および安全性の確保」「法令順守」といった4つの要件を満たせるプラットフォームの選定を行った。

 この中で、特にポイントだったのが法令順守だった。デリケートなデータを取り扱う製薬業界では、データの信頼性を確保するためのガイドラインが定められている。これに対して例えばAmazon Web Services(AWS)は、2016年に「医薬品医療機器等法対象企業様向けAWS利用リファレンス」を公表し、ガイドラインへの対応を支援している。

 「当時は他のクラウド事業者に比べて、最新のデジタル技術を活用したサービスが豊富だったこともあり、AWSを採用しました」(池田氏)


なぜ、ツムラはAWSを採用したのか

800の仮想マシンを短期にクラウドへリフト

 先述したように、ツムラのオンプレミスシステムには1194台もの仮想マシンが稼働していた。池田氏らは、「AWS Server Migration Service」を活用した「単純なリフト」で、これらのサーバを短期にクラウド化することを目指した。


移行プロジェクト概要

 今回の移行を支援するパートナーとして、ツムラは富士ソフトを選んだ。ツムラは製造業でもあるため、製造ラインのシステムなども取り扱っている。FA系や制御系のシステムに詳しい富士ソフトであれば、リスクを軽減できると考えた。また、中国展開を図るツムラにとって、同国に拠点のある富士ソフトは魅力的だったという。

 「私たちが所有する大容量のデータを移行するに当たり、富士ソフトは2017年9月に東京リージョンで利用可能になったばかりの『AWS Snowball』を提案に含めていました。当時、Snowballを活用できる事業者は少なく、最新のサービスへ即座に対応できることを評価しました」(池田氏)

 大容量データの転送は、高速インターネット接続を使っても長い時間を要する。AWSによると、高速インターネットによるデータ転送に比べて、コストは約5分の1に削減できるという。Snowballは「データ転送という付加価値の低い処理には時間もコストも、あまりかけたくありません」という池田氏の思いに合致したサービスだった。

 検討の結果、1194台のうち796台をAWSへ移行、301台は統廃合などによって移行不要、97台は移行不可能と判断した。2018年4月から段階的に推進している移行プロジェクトは、2019年6月現在も計画通りに進行中で、開発環境は100%、本番環境は30%が移行を完了。特に生産系の24時間稼働しているサーバ群は事業への影響度が大きいため、停止期間を考慮しながらスケジュールの調整を行っているという。

 計画通りにプロジェクトが進んでいることについて、「最大の条件はパートナーの選定でした」と池田氏は強調する。大胆に新しい技術を活用し、想定外のトラブルにも迅速に対応でき、マネージドサービスまで実現できること。そうしたパワーを持ったパートナーを選ぶことも、クラウド移行のポイントの一つとのことだ。

コストとリソースの最適化が実現、クラウドネイティブを目指す

 ツムラでは、「単純なリフト」でも大きな効果を得ているという。

 まずコストの最適化が実現した。5年分の試算、比較によって、サーバ調達費は約30%、サーバ運用監視費は約50%の削減に成功したという。

 インフラのサイジングから解放され、競争力強化のためにリソースを再配置できるようになったのは大きなメリットだ。AWSの東京リージョンにあるIT資産を他のリージョンへ容易に展開できるため、グローバル戦略にも寄与すると考えられる。

 「脱レガシーを進めてクラウドネイティブ化を図り、RPAやAI、データ分析などを活用するデジタルトランスフォーメーションのための足元を固めることができました」と、池田氏は評価する。

 クラウド“リフト”によって脱オンプレミスを推進した後は、AWSのマネージドサービスを積極的に活用してクラウド“シフト”を進め、2020年にはアジャイル開発にもチャレンジしていきたいとのことだった。


シフト化に向けた動き

この移行事例のポイント

  • ヘルスケアビジネスは新たなプレイヤーの参入が多く競争も激化している。そんな中、改革を推進するためには最新のデジタル技術の活用が欠かせない。従前のオンプレミスシステムには、安定性に不満はなかったが、将来的な最新のデジタル技術への期待に対し、現状のIT環境で対応できるかどうか懸念があり、クラウド移行に踏み切った。
  • 製薬業のITインフラ刷新においては、データの信頼性を確保するために定められているガイドラインの順守が欠かせず、クラウド選定の重要なポイントとなる。
  • 大量のデータを短期に移行するには、専用デバイスを用いてデータを転送できるようなサービスが有効となる場合もある。柔軟なソリューションを提供するクラウドベンダーかどうか、最新の技術を提案できるパートナーかどうかも、ユーザー企業の選定ポイントの一つになるだろう。

参考リンク

特集:百花繚乱。令和のクラウド移行〜事例で分かる移行の神髄〜

時は令和。クラウド移行は企業の“花”。雲の上で咲き乱れる花は何色か?どんな実を結ぶのか? 徒花としないためにすべきことは? 多数の事例取材から企業ごとの移行プロジェクトの特色、移行の普遍的なポイントを抽出します。



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