「経営陣のコミットがあればここまでできる」 デジタルディスラプションに対抗するアフラック:DXを成功させるための組織論(5)
生命保険会社のアフラックは顧客に対する価値提供の迅速化を目指し、企業活動の「アジャイル化」を急速に進めている。アフラック流の「デジタルトランスフォーメーション」(DX)の進め方について、組織作り、仕組み作りに携わるキーマンに話を聞いた。
世の中に次々と現れる新たなテクノロジーを活用した新製品や新サービスが、既存のものに取って代わり、市場状況を一変させる「デジタルディスラプション」(創造的破壊)は、あらゆる業界で起こりつつある。中でも保険を含む金融サービス業は、早い段階からその影響が懸念されていた業界だ。
保険会社のアフラックも、デジタルディスラプションで激変する市場に対応するためのデジタルトランスフォーメーション(DX)を急ピッチで推進している企業の一つだ。本稿ではDX実現に向けた組織作り、仕組み作りに携わるアフラックの担当者に、アフラック流のDXの進め方を聞いた。
「デジタルディスラプション」に立ち向かうためのアジャイル
アフラックの新鋪洋佑氏(アジャイル推進室 課長代理)は「従来、競合企業といえば同じ業界にあるのが当然でしたが、最近では異なる業界、異なる業種に存在しています。これは保険業界に限った話ではありません。競争環境は激化しており、顧客ニーズも多様化しています。それらにどう対応していくかは大きな経営課題になっています」と話す。
新鋪氏は、顧客ニーズだけでなく、保険の在り方も変化しつつあると語る。
「保険は『事前に保険料を納めておき、将来起こり得るリスクに備えるもの』というのがこれまでの常識でした。しかし、例えば中国では事前に保険料を納めるのではなく、ある加入者に何か問題が起こった時点で、必要な保険金を加入者同士で『割り勘』にして負担するといったような、従来の常識にとらわれない新たなサービスが登場しています。こうした“ディスラプティブなサービス”というのは、今後も次々と出てくるでしょう。実際に、2020年1月末には同様の商品の販売が国内でも始まりました(注)。急速に変化する市場環境や顧客ニーズに対応していくためには、サービスの作り方、さらにはわれわれの働き方そのものを『アジャイル』なものへと変えていく必要があると考えています」(新鋪氏)
※注:プレスリリース「justInCaseが『P2P保険(わりかん保険)』取り扱い開始」
新鋪氏の言うアジャイルは、いわゆる「システム開発手法としてのアジャイル」だけを指すものではない。サービスを生み出し、提供していく過程全体がアジャイルの理念に沿ったものであるべきという考え方だ。新鋪氏の所属する「アジャイル推進室」は、アジャイルの考え方や働き方を社内に浸透させるための取り組みに注力しているという。
デザイン思考の実践に必須だった「意識」と「組織」の改革
アフラックが「アジャイル推進室」の部署設置に至った背景には、2018年1月から始めた「デジタルイノベーション推進部」(DI推進部)での取り組みがあった。DI推進部はデジタル技術の研究・活用を目的としたCDO(チーフデジタルオフィサー)直属の組織だ。DI推進部DI推進課で課長を務める建部友美氏は「サービス提供に『デザイン思考』のアプローチを取り入れていく場合、それに関わる全ての従業員の考え方、働き方を『アジャイル』なものに変革する必要がありました」と話す。
「保険サービスの中でも、生命保険は50年以上の長期契約になるケースがほとんどです。長期にわたる『カスタマージャーニー』の中で、アフラックが提供するサービスを価値のあるものと感じてもらわなければなりません。そこでわれわれは『お客さまにとって必要なものをお客さまの目線で理解し、形にしていくアプローチ』、つまりデザイン思考に注目しました」(建部氏)
デザイン思考によるサービスの展開は「ユーザー(顧客)の声に耳を傾け、仮説を作り、それをプロダクトに反映する。その結果をフィードバックして改善する」というサイクルを短く、何度も反復することが重要だ。しかし、以前情報システム部に所属していた建部氏は「システムとサービスを作る部門が縦割りで分断された組織構造のままでは、デザイン思考型のアプローチで進めるには限界があると考えました」と話す。
この限界を打破するため、アフラックの経営陣は「アジャイルの全社展開」に対して全面的にコミット。アジャイルな働き方を実践するための「理解促進」「組織」「制度」に関する施策を打ち出した。
アジャイルへの理解を深める「ワークショップ」の実施
アジャイルの「理解促進」を目的とした施策の一つは、全役員と管理職を対象としたワークショップだ。
アフラックは2019年6月から「Agileコンセプトワークショップ」と呼ばれる研修を定期的に実施している。従業員に「アジャイルな仕事の進め方とは何か」を理解してもらい、全社に浸透させることが目的だ。当初は役員と管理職を対象とした研修としてスタートしたが、現在は一般従業員向けにも範囲を拡大している。
ワークショップは「レゴブロックによる街作り」を題材にアジャイルの理念にのっとった作業の進め方を体験してもらう、というものだ。最初の段階では、求められる幾つかの要件が記載されたメモだけを頼りに、メンバーが思い思いに「街」を組み立てる。作業はスプリントをイメージした短時間のピリオドで区切り、その都度、スクラムマスター役の講師を中心に振り返りをしながら、完成度を高める。こうしてアジャイル型の働き方を疑似体験させる。このワークショップを体験した従業員の満足度は非常に高いという。
「最初のうちは、自分たちの中だけでサービスを作ろうとしているチームが、スプリントを繰り返す中で、他のメンバーと積極的に対話したり、ユーザー役を兼ねた講師に対してニーズを聴いて内容をフィードバックしたりと短時間アプローチの仕方が変化します。ワークショップの形をとることで、アジャイルは『システム開発手法』の枠組みとしてではなく、ビジネス部門での『仕事の進め方』にも適用できる枠組みだと理解できます」(建部氏)
アジャイル実践のための「組織モデル」を導入
アジャイルの「理解促進」と同時に、それを支えるための「組織」「ファシリティ」(設備)の整備を進めた。従来の機能別組織(サイロ型のオペレーションモデル)とは別に、顧客への価値提供(CX:Customer Experience)を目的とした部門横断型組織(クロスファンクショナル型のオペレーションモデル)を導入した。
この組織モデルを同社は「トライブ・スクワッドモデル」と呼び、「チャプター」「スクワッド」「トライブ」で構成されている。
チャプターは、マーケティング、契約管理、システムなどの各部門から特定のスキル・知見を持つメンバーが参加し、各スクワッドにメンバーを派遣する横軸組織だ。実現したい顧客価値ごとにチャプターからメンバーを集め、一つのチームを構成する。これがスクワッドだ。各部門の専門性を持ったメンバーが協働することで「スピーディーな顧客価値創出」できるという。複数のスクワッドが集まってトライブとなる。トライブは、上位の戦略に基づき、「顧客価値の最適化」を実現するために複数のスクワッドに働きかけをする役割を持つ。現在、8つのトライブと22のスクワッドが存在しており、具体的なサービス開発や改善活動をしているという。
「アジャイルな働き方を実践するファシリティ」として2019年11月、西新宿のオフィス内に「Aflac Agile Base」を開設。約450平方メートルのフロア面積を持つ、「柔軟性」「スピード」「透明性」をコンセプトに設計された拠点だ。各チームの活動場所はホワイトボード兼用のつり下げ式パーティションで緩やかに区切られ、チームの規模などに応じてスペースの広さや構成を自在に作り替えることができる。チームのメンバーはそれぞれ、必要なときにこの場所に訪れて作業や会議をする。経営陣も頻繁にこのスペースを訪れ、チームメンバーとコミュニケーションを取っているという。
「アジャイルな働き方」を評価に反映
アジャイル実践のための組織モデルの導入に合わせて「人事・評価制度」も整備した。
アフラックの評価制度では2つの評価軸がある。1つ目は「定量的な成果に対する評価(MBO)」、2つ目は「業務への取り組み方を見るコンピテンシー評価」だ。これまでは両方とも直属の上司が評価していたが、トライブ・スクワッドモデルの組織に所属する従業員の場合はそれぞれの評価者が分かれる。
「MBO評価はスクワッドの責任者であるプロダクトオーナーが実施し、コンピテンシー評価はチームメンバーの育成責任を持つ『チャプターリード』が実施します」(新鋪氏)
もし、従来型組織での業務とトライブ・スクワッドモデル組織での業務を兼務する従業員がいた場合は、さらに評価者が分かれる。前者の業務は従来型組織の直属の上司が評価し、後者の業務はプロダクトオーナー、チャプターリードが評価するといった形だ。評価も業務の比率によって割合が決まる。例えば従来型組織50%、スクワッド50%の比率で稼働している従業員は、それぞれの仕事内容に対しての評価も50%ずつ反映される。
スクワッドの中で高いスキルと責任を求められるプロダクトオーナーには従来組織の管理職と同等の権限や報酬が与えられる。その結果、従来組織では一般従業員だった人が、スクワッドのプロダクトオーナーを務め、管理職相当の報酬を受け取っているケースもあるという。
生み出した「成果」が「従業員の理解」を加速する
全社規模で「アジャイルな働き方」への転換を目指したアフラックの取り組みは、どんな成果を生み出しているのか。例えば「給付金デジタル請求サービス」改善の取り組みでは、スクワッドによるオフィシャルWebページのUI(ユーザーインタフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)改善、手続き書類の簡素化といった活動を実施した。その結果、2019年1〜9月の平均利用件数は従来と比べて約5倍に向上したという。
「これまで、社内のスタッフはDXを考えるとき、『ITをいかに活用するか』という視点はあるものの、『お客さまの体験を向上させるにはどうしたらいいか』という視点はあまり持っていなかったと思います。しかし、デザイン思考に基づいたアジャイルな働き方を理解した後は、『システムにどんなプロセスやUIであれば、お客さまが快適にサービスを利用できるか』という観点で考えられるようになってきたと感じています。実際に、そうした取り組みを通じて、デジタル化されたサービスの利用数は増えており、結果的にそれがペーパーレスや電話応対数の減少といった形で、ビジネスの効率化にもつながっています」(建部氏)
新鋪氏は「今後は、こうした実際の成果についての情報発信なども増やしつつ、トレーニングやプロモーションを通じた全従業員に対する『アジャイルな働き方』の浸透を目指していきたい」と話す。
DXを実現していくためのプロセスは、それぞれの企業が属する業界、持っているコアコンピタンス、組織構造などによってさまざまなパターンが考えられるだろう。しかし、こうしたアフラックの取り組みからは、企業がスピード感を持ってDXを実現していくために重要な共通の要素として「従業員の理解」「組織構造の改革と評価制度の整備」、そしてそれを強いリーダーシップと権限で実行できる「経営陣のコミット」があることがうかがえるのではないだろうか。
特集:DXを成功させるための組織論〜エンタープライズ企業に学ぶ DXを進めるための組織作り〜
アジャイル開発手法やコンテナを利用したマイクロサービス化など「業務のデジタル化」のベストプラクティスは整いつつある。しかし、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が順調に進んでいるようにはみえない。これは、企業の中で「DXはサービス開発の新しい手法」としか捉えられていないためだ。DXの神髄とは「企業のビジネスがデジタル化すること」で、そのためにはDXに適した組織が必要だ。本特集では従来型の組織構造を持つイメージが強いエンタープライズ企業の事例を中心に「DXを実現するための組織を作るためには何が必要か」について紹介する。
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