「1人情シスでハードソフト更新の無限ループは限界」――クラウド移行企業が語る成果と経営者を納得させるコツ:中堅中小企業がクラウド移行を加速させる3つの理由
2021年5月11日〜12日に開催された「AWS Summit Online」でクラウド移行を進めた2社がクラウド移行の成果や経営陣からクラウド移行のゴーサインをもらうためのポイントを語った。
大手企業に比べて限られたリソースでITを管理しなければならない中堅中小企業にとって、IT投資とIT管理をどう推進、効率化していくかは大きな課題だ。経営に対してITのメリットをどう訴求するか、導入後どのように成果を出せるのかもハードルになりやすい。
だが、最適な分野に最適な投資ができれば、大企業と同じ土俵でビジネスを展開できる。そこでポイントになるのがクラウド活用だ。2021年5月11〜12日に行われた「AWS Summit Online 2021」のセッション「『中堅中小企業こそクラウドを活用すべき!』クラウド移行企業が語る−コスト改善&安定運用のススメ−」では、中堅中小企業がどうクラウドを活用していけばよいかをAmazon Web Services(AWS)ユーザー事例から明らかにした。
まず、アマゾン ウェブ サービスジャパン テリトリー本部 松下怜史氏が総務省の通信利用動向調査の結果を示しながら、中堅中小企業においてもクラウドサービスの利用が拡大していること、85.5%がクラウド採用により「非常に効果があった」または「ある程度効果があった」と回答していることを紹介した。
「AWSは、世界で数百万、日本で数十万のお客さまにご利用いただいています。業種や会社規模によらず幅広いお客さまに活用されていることが1つの特徴です」(松下氏)
松下氏によると、中堅中小企業においてAWS移行が加速する理由は「IT設備への費用削減と運用負荷低減」「安定運用の実現」「イノベーションの実現」の3つにあるという。進め方としては「ステージ1:持たないITへの変革」「ステージ2:クラウドのメリットの享受」「ステージ3:さらなるクラウドのメリットの享受」と段階を設け「AWS移行がゴールではなく、いかに早くステージアップし、クラウドのメリットを早期に享受いただくかが重要」だと強調した。
社員160人の土佐ガスグループを支えるアツミ電子計算センターの事例
続いて、アツミ電子計算センター 情報システムグループ 椎原徹氏が登壇し、高知県内にLPガスを供給する土佐ガスグループのAWS活用事例を紹介した。アツミ電子計算センターは、土佐ガスグループのシステム基盤の構築やIT提案、システム保守などを行っている。土佐ガスは、社員160人で、LPガスの他、福祉用具のレンタル、販売、住宅改修、上下水道工事なども手掛ける。
AWS移行のきっかけの1つは、土佐ガスグループ内の「Windows Server 2008」を搭載した13台のサーバの保守切れだった。サポート契約満了が1年後に迫るなか、オンプレ継続かクラウド移行かを検討していたという。
また、休日夜間に発生するハードウェア障害の対応も課題だった。土佐ガスグループでは、ガス漏れなどの緊急対応に備えて社員が事務所に常駐しており、24時間365日の稼働が必須となっている。以前発生したサーバ障害では丸一日システムが利用できなかったことや、夜間でも対処しやすいことからクラウドの利用を検討しはじめたという。さらに、南海トラフ地震に対応したBCP(事業継続計画)/DR(災害対策)も検討していた。
「災害が起きても大切な情報を守るという条件の中で、サポート面でも24時間365日サポートが受けられ、弊社の事業とマッチしていた。またパートナー企業がすでにAWSに取り組んでおり、何かあれば聞くことができる状況であったこともAWS採用の大きな理由でした」(椎原氏)
2016年6月にAWS サミットに参加し、2017年1月に検証をスタート。最初は、「WordPress」を用いた社内掲示板を「Amazon EC2」上に構築し運用するところから始めた。
「運用で問題なかったことから、2017年9月に役員会でプレゼンしAWS導入が正式承認されました。役員会での説明で『直下型地震が来ても会社の大切なデータを守ることができる』『災害時でもシステムの継続利用が可能』『セキュリティ面でも不安がない』といったグループにとって最もメリットがあることを中心に説明して承認を得られました」(椎原氏)
経営層は災害時のメリットを伝えて説得、良いパートナーを見つける
構築で苦労したのは、利用していたNTTコミュニケーションズの閉域網を使ったVPN接続だった。セミナー「AWS Black Belt」を受講し、パートナー企業と相談して、解決を図ったという。
その後は、社内サーバを順次AWSに移行し、オンプレミスのサーバ入れ替えと大きな違いがないことを実感。2019年には空調部門が外出先でシステム利用するため「Amazon WorkSpaces」を採用し、2020年9月にはクラウド化が可能な全サーバのAWS移行を完了させた。
「導入効果は、経営視点で言えば直下型災害が起きても会社の大切な情報を守る環境が実現でき、BCP/DRのめどがつきました。利用者目線では、閉域網からAWSに直結し、オンプレミスと変わらない環境を実現できたことがメリットです。情報システム担当者から見れば、何よりサーバ機器の保守作業から解放されたことによる安心感も大きいですね。サポートスピードも向上し、取引先さまへのAWSの提案、導入も実現しました」(椎原氏)
Amazon WorkSpacesを導入したことで、コロナ禍における分散勤務への対応もスムーズだったという。今後は、「Amazon Connect」を使った電話の窓口応対の効率化や、AWSのAI(人工知能)サービスを活用したガス需要予測やボンベ配送ルートの最適化、勤務シフトの自動割り振りなどを検討している。最後に、こうアドバイスを贈った。
「AWS導入を経営層に納得してもらうには、緊急時、災害時に会社の大切なデータを守ることができることを説明すると、クラウドに詳しくない経営層の方もイメージしやすいと思います。また何かを始めるといったときのサービススタートが間違いなくスピードアップするので、IT部門の価値向上につながると思います。AWS習得では、事前に相談先を見つけておくと、困った時に必ず役に立ちます。AWSにはさまざまなサービスが用意されているので、事業にマッチするサービスが必ずあります。新たな事業の創造にも間違いなく貢献します」(椎原氏)
鉄板の切断、加工、組み立てを主軸にする社員77人の高砂金属工業の事例
続いて、高砂金属工業 総務経理部 業務課 楠瀬博之氏が登壇。高砂金属工業は従業員77人、売上高72億円、拠点を大阪府内に3カ所、岐阜と北海道にそれぞれ1カ所の計5カ所を構える企業だ。主力事業は「鉄の板を切る、鉄の板を加工する、鉄の板を組み立てる」というもので、工場、公共施設、商業施設といった建造物を作る際に使用される鉄製の建築鉄骨材料の部材切断と加工を行っている。他には、鉄でできた針部材の製造や列車が通過する鉄道橋や橋桁の製造も行っている。
AWS移行のきっかけは「サーバ装置本体の更新とソフトウェアの更新の無限ループ」からの脱却だったという。
「サーバハードウェア、ソフトウェア、OSの更新の周期が5年ごとで、1人情シスという環境で設備を更新しなければならず、完璧な移行を強いられるのは相当な負担でした。設備投資の金額は変わらず、保守料金も増加し、外部に保守契約していても、障害対応やバックアップ対策は自社の人間が対処しなければならずこれも負担でした」(楠瀬氏)
AWS採用を決めた理由は、経営者向けセミナーでAWSの存在を知り、パートナー企業からオンプレミスのサーバ10台を0台にできる提案を受けたことにある。
「オンプレミスから決別する構想を描き、経営層から導入のゴーサインをもらいました。新しい技術にチャレンジする当社の社風も影響しています」(楠瀬氏)
2012年12月からトライアルを実施し、SaaSの仕組みを活用して一定の効果を確認。2013年9月に移行を開始して、5年後の2018年5月までにサーバ10台全ての移行を完了させた。まず、AWSで稼働実績のあるBI(ビジネスインテリジェンス)ソフトウェアから移行をスタートし、これが順調に完了したことで導入に加速がついたという。
「中堅中小企業こそがいち早く導入すべきだ」
トレーサビリティーに関わる文書管理システムはデータベース型の文書管理の仕組みにしてAWSに移行。生産工程の各種システムは、スクラッチで開発した「Visual Basic 6」資産の継続利用と「SQL Server」のバージョン対応の問題を検証し移行した。
社内ポータルなど4つのシステムは、サーバ設備更新時にAWSと比較検討してSaaS型の仕組みに移行。販売管理システムは、スクラッチ開発のシステムからERPパッケージに変更した。CAD/CAMシステムは全拠点からRDP(リモートデスクトップ)で接続できるようネットワークを構築した。
「パートナー企業にAWSでの運用構成パターンを都度提案していただき、CAD/CAMシステムの企業も交え、トライ&エラーを繰り返しました。Amazon EC2は夜間の時間帯を利用停止し、使用量のコスト削減を図っています。CAD/CAMシステムはどの拠点でも同じ生産工程の情報が得られるように構築して、運用負荷を見ながらサーバ構成台数やサーバメモリ容量の変更を何度も実施し、適切な利用環境の構築に至りました。構成が容易に変更できるAWSの利点を最大限に生かしています」(楠瀬氏)
AWS導入の結果、サーバなどの設備コストが10%ダウン、インフラ管理工数も45%削減されたという。
「システム管理業務に長時間拘束されなくなったことで、システム管理以外の業務をさばけるようになった。AWSに移行し世界規模の最新技術や最新設備を利用できるようになったことで、自社システムの設備投資もサービスを利用しながら最適解をやってみて見つける手法に転換できた。またデータのバックアップ、災害対策、地理的制約の解消、リモートワーク対策にまでつなげられている」(楠瀬氏)
今後は、ビッグデータ、データベース、クライアント設備のサービス導入を検討しているところだという。最後に次のようにアドバイスを贈った。
「まずやってみることを経営層に決定してもらいます。導入検証してダメなら利用をやめればいいだけです。また身近なパートナー企業に相談することが一番です。多くのアドバイスのもと、当社はハイブリッドクラウドを構成しています。クラウドサービスは、人的リソースが限られた中堅中小企業こそがいち早く導入してその恩恵を受けるべきです」(楠瀬氏)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.