第264回 新型コロナと戦争が気付かせた「半導体は国家なり」:頭脳放談
Intelが開催したイベント「Intel VISION」のキーノートスピーチを聞いて、「半導体は国家なり」という言葉が浮かんできた。いまや半導体がなければ、給湯器もクルマも動かない。新型コロナウイルスや戦争によって半導体のサプライチェーンが混乱し、製品の供給に支障が出て、そのことに気付かされた人も多いのではないだろうか。
米国テキサス州で開催された朝の催しものを、日本時間で眠い目をこすりながら視聴させていただいていた。後追いで視聴も可能なので、そうすればよかったのだが、何となくリアルタイムで見てしまった。
「Intel VISION 2022」という催しもののキーノートスピーチである(Intel VISIONのキーノートスピーチなどは、IntelのPress Kit「Intel Vision 2022」から参照可能)。この2年、新型コロナウイルスのため、対面によるイベントがほとんどなくなってしまっていた。その復活ということである。
日本でも新型コロナウイルスの前には、単独企業のプライベートな展示会というものがないわけではなかった。みなさんも行ったことがあるのではないだろうか。
多くは協業各社や自社の各事業部門などのブースが並ぶ展示会場(商談会場)とキーノートスピーチやセミナーなどが開催されるホールなどが隣り合っているものだ。
今回のIntel VISIONの会場もそういう催しもの会場に見えた。新任のCOO(Chief Commercial Officer)「クリストフ・シェル(Christoph Schell)」氏が会場を走り回って紹介してくれる。それほど広い会場には見えない。その後も走ってキーノートスピーチの会場に案内してくれる。
会場は「お金を持っている」はずのIntelの割には、意外と質素な感じがする。だいたいキーノートスピーチが行われたホール自体も、それほど大きなものではない。「密です」と言いたくなるような人の密度だ。米国らしくマスクしている人はいないように見える。会場内にいるのは数百人くらいか。
「Intel VISION」のキーノートスピーチの会場
オンラインとのハイブリッドのためか、意外と会場が狭いようだ。キーノートスピーチのビデオ「Intel Vision 2022 Day 1 Keynote (Highlights)」より。
しかし、会場は小さくても視聴者は多いのが現代的だ。カッコいいコンピュータグラフィックスに彩られたこの会場をストリーミングでリアルタイムに見ているのは、極東の片隅にいる筆者も含めて、全世界に何万人だか何十万人だか(?)、もっとだろうか。後追い視聴も含めたらかなりの数になるだろう。
昔、鉄が国家だった
キーノートスピーチの会場には、IntelのCEO「パット・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)」氏が小走りで登場する。コマーシャル・オフィサーの人とは違い細身のCEOは息を切らしたりはしない。
そのゲルシンガーCEOのキーノートスピーチを聞きながら、唐突に頭の中に思い浮かんだ言葉は「鉄は国家なり」だ。19世紀、帝国主義の時代のドイツの鉄血宰相ビスマルクの言葉らしい。
ゲルシンガーCEOは、細面に眼鏡をかけ、いかにも頭がよさそうで物腰は柔らか。ビスマルク的なコワモテな感じはみじん感じもない。語り口もソフトで攻撃的ではない、しかし、そのキーノートを聞きながら、ゲルシンガーCEOはそんなことを一言も言っていないのだが、ついに「半導体は国家なり」の時代に入ったと確信してしまった。
若者は、知らないかもしれない。昔は「鉄は国家」だったのだ。第二次世界大戦くらいまでは、確実にそうだったのではないかと思う。その残滓(ざんし)はかなり後まで残っていた。
日本でも昭和の時代は確実に「鉄は国家」の残滓があった。個人的な記憶だが、大学時代に日本最大級の製鉄所に工場見学に行った際、「私立大学の学生に来てもらっても困るんだよ」と言われたことがある。そして、結局就職したのは半導体業界だった。当時から半導体は「産業のコメ」などと言われていたが、「国家」から見たらしょせんは部品屋だ。今までは。
IT製品はもはやインフラに
ゲルシンガーCEOのキーノートスピーチの最初の方で紹介される製品がある。台湾のPEGATRON(和碩聯合科技)という会社の5G関係の製品群だ。Intel Xeonを採用しているようだ。
しかし、スピーチはIntel Xeonの性能がどうとかいうことには触れないのだ。そこから写しだされるのは、例えば洪水でクルマが水に浮いているような画像(そんな映像に慣れて驚かなくなってしまったのがこのころの異常さ)など災害のイメージだ。IT製品はそういう災害などに対抗するためのインフラとしての役割だ。様変わりである。
10年前を思い出してみよう。半導体業界の進むべき道は、エンターテインメント指向だったじゃないか。動画配信にゲーム、音楽、みなさんのお楽しみと生活の便利さ、それに加えて企業の生産性向上(つまりはお金もうけ)のためのコンピュータであり、ネットワークであった。そしてそれを支える半導体技術という切り口だった。
キーノートスピーチの最中、突然会場は暗転(米国にも消防法みたいなものがあるだろうから完全に暗闇ではないと思う)する。ITインフラがなければ、つまりは半導体がなければ、「世の中は真暗、手も足もでません」という感じが体感される演出だ。「インフラを支えているのは半導体だぜ」という暗闇のアピール。当然ゲルシンガーCEOはエンターテインメントに言及などしないのだ。
半導体がなければ風呂にも入れなくなる
その後、ゲルシンガーCEOの背後の画面には、「Supply Chain Disruption(サプライチェーンの混乱)」「Impacts of the Pandemic(パンデミックの影響)」、そして「Geopolitics Uncertainty(地政学的な不確実性)」といった文字が見えてくる。まさにこの数年のパンデミックの世の中で世界中の多くの人々がようやく納得したことだ。
新型コロナウイルスで意識させられたリスク
ゲルシンガーCEOのキーノートスピーチでは、「Transforming Challenges(課題の転換)」「into solvable problems(解決可能な問題に)」と題したプレゼンテーションが示された。画面は、「Presentation: Intel Vision Day 1 Keynote(PDF)」より。
半導体がなければ、クルマも作れず、風呂にも入れない(給湯器のサプライが止まったことは記憶に新しい)。産業が止まってしまうだけでなく、生活も不便極まりない。
そして、ゲルシンガーCEOは戦争のことなどには直接言及しないのだが、多分みんなの頭の中には、今度の戦争(特別軍事作戦と呼んでいる国があるが)でハッキリした事実、戦車もミサイルも半導体抜きにはもはや作れない、という当たり前の現実が思いだされているだろう。
特に活躍しているドローンという存在は、半導体技術の塊だ。災害に対抗するための装置として紹介されたドローンは、語られないけれども、戦争の武器でもあるわけだ。世の中のコンピュータ、ネットワーク機器、通信機器、全てが半導体からできている。
当然といえば、当然な事実なのだが、以前は人々の意識には上らなかったことだ。しかし、実際にその供給が制限されたり、死命を制したりするようになってようやく常識となったというべきか。
米国と欧州への投資が意味するもの
そこで登場するのが、「Geopolitics」という言葉である。半導体ビジネスの現場でこのような言葉が使われるようになるとは、10年前には予想だにしなかった。
「地政学」、まさに19世紀から20世紀にかけての帝国主義と結びついた概念であり、ドイツ帝国の政治家「ビスマルク(Otto von Bismarck)」が活躍していた時代が生み出した言葉といえる。グローバリゼーションが華やかだった一昔前の時代には、すでに死語になったかと思われていた言葉ではなかったか。それが今になって、よりにもよって半導体業界で復活してきているのだ。しかしゲルシンガーCEOは、地政学的不安定要因が何だと直接に訴えたりはしない。
10年前だったら、アジア・パシフィックの成長市場の取り込みが語られていただろう。成長市場の取り込みについて語らなかったら、経営者はアナリストという人々に大いにたたかれていたはずだ。だが、ゲルシンガーCEOが今回話したのは、米国と欧州(といっても「地理的に」西側の国々)における投資である。米国と欧州ばかりだ。アジア・パシフィックを語ることはない。
語らないことで逆に、聴衆の頭の中には、半導体業界にとっての地政学的不安定要因はアジア・パシフィックにこそあり、と聞こえてくるのである。そしてアジア・パシフィックのどことは名指しする必要はないのだ。
パンデミックと戦争で、ようやく世の中の人々が半導体が現代のインフラを支えていること、そして、ごくごく限られた企業のみが先端半導体製品や製造装置を作れることに気付いたのが今なのだ。まさに半導体は戦略物資、国家の命運を左右するのである。
そして、ゲルシンガーCEOはその半導体における地政学の中身を具体的に語らない。しかし、聴衆の頭の中には、米国と欧州を支えることができる半導体メーカーはIntelしかない、と印象付けられているのではないか。
もはや個別の製品を語る
他にも冒頭のキーノートスピーチでゲルシンガーCEOが語らなかったことがある。Intelの主力製品であるプロセッサの話だ。
ゲルシンガーCEOは、もともとプロセッサの設計者(Intel 486の設計を行ったことは有名)であって、その技術に対する造詣は深い。
しかし、冒頭キーノートスピーチでは全く触れない。個別製品としてのプロセッサのテクノロジーについては別途語られるから、ということもあるのだろう。けれど、Intelの経営者としての関心は、既に個別の製品というよりも、米国と欧州を支える半導体メーカーとしての役割に傾いているのかもしれない。
ビスマルクを支えたドイツの製鉄会社クルップ(Krupp)か、日本における八幡製鉄所のごとしか。当然そんなことは一言もいわない細面のCEなのだが。
筆者紹介
Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
Copyright© Digital Advantage Corp. All Rights Reserved.