業務をパッケージに合わせると言ったけど、めんどくさいからやっぱりやめた:「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(99)(3/3 ページ)
既製品でいいと思ったけど、やっぱりあれも付け足して、これも変更して。いや、いっそ根本からまるっとこちらの希望に合わせてよ。
東京地方裁判所 平成24年5月30日判決より(つづき)
ユーザー企業の提示した(中略)提案依頼書には、本件新システム構築の「基本方針」として「1 システム構築には標準パッケージで構築する、2 カスタマイズは行わない、3 標準パッケージで合わないところは業務をパッケージに合わせる 標準パッケージで対応の取れない部分はパッケージに業務を合わせる」などと記載されて(中略)いる(基本方針はフィッティング方式である)。
(中略)
ユーザー企業は、(中略)新規品、修理品の関連業務について(中略)フィットアンドギャップ分析(中略)概要設計(中略)詳細設計および開発を行う義務を負っていたのに、(これらを)行わなかったのは(中略)債務不履行であると主張する。しかし(両者が合意した開発方式がフィッティング方式である以上)、ユーザー企業側の上記主張は採用することができない。
裁判所は、提案依頼書の基本方針を根拠に、ユーザー企業の訴えを退けた。
基本方針の途中変更はNG
裁判所は、「業務をパッケージソフトウェアに合わせると言っておきながら、存在しない新規品や修理品に対応するための機能を追加させることはできない」と言っている。
前述した大学や航空券システムの判決において「たとえ要件として定義されていなくても、契約の目的に照らして必要な機能を開発することはベンダーの債務である」と述べられていることと対比して見ると興味深い。これらの判決では「契約の目的が暗黙の要件を提示する」という考えなのに対して、本判決では「両者で合意した『開発の方針』が、暗黙の要件の広がりを抑えている」と見ることもできるのだ。
この辺りは「法律や契約の効果」の問題になるので、その深い検討については契約論や債権債務論の研究を行っている法学者の皆さんにお任せするが、システム開発の現場という目線に立つと、本判決はパッケージソフトウェアのカスタマイズについて学びとなるのではないかと思われる。
パッケージソフトウェアを導入するプロジェクトにおいて、ユーザー企業から当初は想定していなかったカスタマイズ要件が次々に浴びせられ、プロジェクトが破綻する例は多い。そんなとき、「そもそも開発の方針はフィッティング方式であり、カスタマイズ要件を無制限に受け入れていては、プロジェクトが破綻する。その責任は都合よく開発方針を翻したユーザー企業にこそある」とされた本判決は、こうしたユーザー企業に対する交渉材料にはなるのではないだろうか。
またユーザー企業も、経営層やシステム部門がフィッティング方式を採用して、いまの業務を世の潮流に合わせて変えよう(※)とするのを、実際のユーザーである業務部門(経理部、財務部など)が今の仕事のやり方にこだわり、現状と同じ機能を新システムに要求し、結果、何の業務改善もできないという事態を防ぐことにも使えるかもしれない。
無論、どんなときでもフィッティング方式が有利というわけではない。しかし当初はパッケージに合わせて業務を改善すると言いながら、開発に入ると現業部門のワガママに押されて膨大なカスタマイズを余儀なくされ、結果として大幅に伸びたスケジュールと膨らんだコストの中、現在と変わらない業務が、不具合だらけの新システムの中で行われているケースが後を絶たないという現実を見るにつけ、こうした判決も他山の石として、考えてみるのも悪くはないと考えるところである。
細川義洋
ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった
個人サイト:ITプロセス改善と紛争解決
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