WAN/LAN/Wi-Fiを5Gで置き換える「5G企業ネットワーク」を目指そう!:羽ばたけ!ネットワークエンジニア(55)
企業での5G活用は一向に進んでいない。ロボットを動かしたり、ドローンを飛ばしたり、映像のAI処理をしたりとPoCは多いのだが実用がほとんどない。そんな凝った使い方ではなく、単にWi-FiやWAN/LANを5Gで置き換えて「5Gオフィス」や「5G企業ネットワーク」を目指してはどうだろう。
先進的(?)な技術である5Gの用途は先進的であるべきということだろうか。これまでの5GのPoC(概念実証)は、お金をかけた先進的なものが多かった。しかし、実用性がないのか、商用化された事例をほとんど聞かない。オフィスや企業全体のネットワークを5Gに置き換える、という単純な発想でメリットを出すことを考えてみよう。
「4G企業ネットワーク」で目指したこと
筆者は4Gの時代に4G企業ネットワークを構築した(図1)。固定回線やネットワーク機器をふんだんに使ったWAN/LANでネットワークを構築するよりも、大部分のPCを常時4G閉域モバイル網に接続して使う「4G企業ネットワーク」の方が安価になるからだ。
しかも、社内、社外を問わず場所を選ばない働き方ができる。営業パーソンの多い図1の企業にはうってつけだった。
このネットワークでは、PCの約8割をスマートフォンのテザリングでイントラネットに接続した。閉域モバイル網とは、名前の通りパケット通信がインターネットにつながらないモバイルサービスだ。端末には企業のプライベートIPアドレスを付与できる。閉域なのでセキュリティを保ちやすい。インターネットへの接続は図1にある通り、データセンターのプロキシやファイアウォールを経由する。
コミュニケーションサーバとスマートフォンに搭載した通話アプリケーションで、内線電話も可能にした。ネットワークができた翌年の熊本地震(2016年)の際にも、パケット通信は規制されなかったため、地震直後でも熊本支社と本社間の内線通話が可能だった。
本社や支社には少数のデスクトップPCと固定IP電話機しか置かなかったため、ネットワーク機器やLAN配線を通常のイントラネットと比較して大幅に削減できた。
5Gでも同様の発想で「5Gオフィス」や「5G企業ネットワーク」ができるはずだ。次にローカル5Gを使ったオフィスネットワークの事例と、キャリア5Gを使った5G企業ネットワークの構成例を見てみよう。
ローカル5Gによるサテライトオフィス
阪急阪神不動産(本社:大阪市北区、社長:諸冨隆一)は多様化するワークスタイルを支援するため、ローカル5Gを使ったサテライトオフィスの実証実験を2022年7月1日に開始した。実験は2022年9月30日まで実施予定で、阪急電鉄の大阪梅田駅2階改札に直結するサテライトオフィス「阪急阪神ONS大阪梅田」と「阪急阪神ONS office」にローカル5Gを構築している。
従来のサテライトオフィスでは共用Wi-Fiが使われていたが、セキュリティや安定した通信に課題があった。また、動画など大容量のコンテンツを編集し、送信先とインタラクティブにやりとりするには高速性という点で物足りなかった。本実験では「SIMによる堅確なセキュリティ管理」「専用無線帯域を使った安定した通信」「高スループット」というローカル5Gの優位性を、複数の実験参加企業によるオフィスワークの試行を通じて検証し、サテライトオフィスの利用価値向上につなげることを目指している。
ネットワーク構成は図2の通り、SA(Stand Alone)構成で、使用周波数帯はSub6(n79バンド、4.6〜4.9GHz)だ。PCの接続方法は3通りある。n79バンドに対応した5G通信モジュールを内蔵したPCの他、5G通信モジュールを持つUSBドングルやローカル5G対応ルーターだ(図2の左下)。2022年7月末時点ではローカル5G対応ルーターが先行して使用できる状態であり、順次5G対応PCとUSBドングルも試験運用される予定だ。
図2 ローカル5Gによるサテライトオフィス 阪急阪神不動産の事例 5GC:5G CORE、AAU:active antenna unit(基地局・アンテナ)、BBU:Base Band Unit(回線の終端、IPパケットのデジタルベースバンド信号への変調)、L3 SW:Level 3 Switch、UPF:User Plane Function(ユーザーデータの送受信)
京セラの「K5G-C-100A」とシャープの「ローカル5G対応ルーター」がルーターとして使われている。気になるスループットは、開発事業本部うめきた事業部の川瀬博基氏によると、京セラ製はダウンロード650Mbps、アップロード80Mbps、シャープ製はダウンロード800Mbps、アップロート110Mbpsが出ているそうだ。
阪急阪神不動産は多様化する働き方の実現に向け、阪急電鉄や阪神電気鉄道沿線の主要拠点にローカル5Gによる通信環境を整備し、どこでも手軽にイントラネットに接続できる環境の構築を構想している。そのようなローカル5Gを展開する上での最大の課題は、経済性にあるようだ。
ローカル5Gの機器は制度が始まった2019年12月当時よりかなり安くなっているとはいえ、まだ高価だ。端末コストも高い。5G通信モジュールを内蔵したPCは、NECや富士通、パナソニック、日本HPなどが製品化しているものの、価格は30万〜40万円。ローカル5G対応ルーターは20万円程度だ。どんなPCでもWi-Fiモジュールは備えており、そのコストが意識しなくてよいほど安価であることを考えると、PCをローカル5Gに接続する費用はかなり高い。
川瀬氏によると、経済性の鍵はローカル5G市場が活性化して使われる端末の数が増え、低価格化が進むことだという。阪急阪神不動産がこのような実証実験に積極的に取り組む姿勢を示すことで、市場活性化の一端を担いたいそうだ。
キャリア5Gによる「5G企業ネットワーク」
筆者は2021年、工場へのキャリア5G(以下では単に5Gと表記する)導入とともに、オフィス(オフィスビル)への5G導入も経験した。しかし、世間一般ではオフィスへの5G導入は進んでいない。キャリア各社は人が集まる商業施設や駅などに5Gを展開しているが、オフィスに対しては消極的だ。
それは投資対収益を考えれば当然といえるだろう。オフィスでは4Gが使える環境にある。そこに設備投資して5Gを追加しても、収益はわずかしか増えない。スマートフォンの台数が増えるわけではないし、オフィス内でのスマートフォン利用は電話が中心なので、使用するパケット量も増えないからだ。
しかし、上述の「4G企業ネットワーク」のように、有線WAN/LANやWi-Fiから脱却し、企業ネットワークの作り方を根本から変えれば、ユーザー企業とキャリアの双方にメリットのある「5G企業ネットワーク」が実現できる。その概念を表したのが図3だ。
WANはモバイル網とインターネットだけになるので、ルーターも高価な専用回線も不要だ。オフィス内は5G/4Gモバイル網のみでWi-Fiは廃止する。有線LANはモバイル網のバックアップのために最小限を残す。こうすることで図3のようにWAN/LAN/Wi-Fiのコストは大幅に削減される。一方でモバイル網を流れるパケット量が増えるためモバイルのコストは増加する。筆者の経験では、大企業がWAN/LANにかけている毎月の費用が数千万円であることも珍しくはない。5G企業ネットワークで社員1人当たりのモバイル料金が増えたとしても、WAN/LAN/Wi-Fiの費用削減で十分カバーできるだろう。
企業はネットワークのトータルコストを削減でき、モバイルキャリアは売り上げを増やすことができる。企業にはコスト削減だけでなく、図3の右側に記したようにネットワークの柔軟性向上や場所を選ばない働き方、セキュリティの向上などのメリットもある。
5G企業ネットワークの構成例は図4の通りだ。社員全員に配布しているスマートフォンのテザリングを使えば、PCの接続は簡単でコストを抑えることもできる。5G対応のPCが廉価になれば、PCを直接5Gに接続することも増えるだろう。大規模なオフィスビルの内部には既に4Gの無線機やアンテナが設置されている。5Gはそれに追加する形で設置することになる。5Gを導入したからといって4Gの設備を撤去することはできない。キャリアの電話サービスはVoLTE(Voice over LTE)つまり、4Gを使っているからだ。VoNR(Voice over New Radio:5G上での音声サービス)が実装されるのは数年先の見込みだ。
4Gが残置されることは悪いことではない。電話が使えるだけでなく、4Gの電波と5Gの電波を合わせて使うCA(Carrier Aggregation)で、速度の向上を図れるからだ。また、4Gと5Gが相互のバックアップになる(電話を5Gでバックアップするのは不可)。
5G企業ネットワークは、図3に示したモデルで経済性が成立する可能性が高い。実現するには企業とモバイルキャリアが相対契約を前提に、協同して検討を進める必要がある。筆者は規模の経済が実現しやすい大手企業に5G企業ネットワークの検討を提案したい。
筆者紹介
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- Zoom Phoneで「脱・PBX」はできるか?
脱・PBX(構内電話交換機)の流れは10年ほど前から続いている。音声クラウドサービスはそのための手段だ。新しい音声クラウドサービス「Zoom Phone」が日本でも2021年から使えるようになった。Zoom Phoneで「脱・PBX」はできるのだろうか? - 「Microsoft Teams+FMC」で、PCは電話を飲み込んでしまうのか?
携帯大手3社はMicrosoft TeamsとFMCを連携させたクラウド電話サービスに注力している。TeamsがあればPBXが不要になり、固定電話機がなくてもPCが電話機代わりになる。今後、PCは電話を飲み込んでしまうのだろうか? - 2022年の企業ネットワークは「プライベート5G」に注目!
2021年にソフトバンクとNTTドコモは5Gの最終形であるSA(Stand Alone)のサービスを開始した。2022年にはSAを生かしたプライベート5Gが始まる予定だ。今回は2022年の企業ネットワークを展望するとともに、プライベート5Gへの期待について述べる。