大企業でクラウドネイティブを推進するには? KDDI CCoEが語る「”2つの谷”の越え方」:組織に対して「お客さまに商品を使っていただく」感覚を持つのが重要
クラウドサービスやデータセンター事業を展開するKDDIにおいて「パブリッククラウドの活用推進は一筋縄ではいかなかった」という。@ITが主催した「ITmedia Cloud Native Week 2023春」に登壇したKDDIの大橋 衛氏が、同社におけるクラウド活用推進を振り返り、「カルチャー変革」のポイントを語った。
大企業においてクラウドの導入や活用を推進していくためには、新しい技術の理解や適用方法の検討はもちろん、それらを受け入れる企業文化の醸成が最も重要なポイントとなる。「つなぐチカラを進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる」をビジョンに、クラウドサービスやデータセンター事業を推進するKDDIでも、パブリッククラウドの活用推進は一筋縄ではいかず、地道な社内カルチャー変革に取り組む必要があったという。
本稿では、@ITが開催した「ITmedia Cloud Native Week 2023春」の基調講演に登壇したKDDIの大橋 衛氏(ソリューション事業本部 ソフトウェア技術部 エキスパート)の講演内容をお伝えする。
大企業におけるCCoEの役割は、クラウド導入における「2つの谷」を越えさせること
大橋氏は、2016年1月入社後、KDDI社内にCCoE(Cloud Center of Excellence)を立ち上げ、自社におけるパブリッククラウドの積極活用やセキュリティ統制の改訂、クラウドネイティブなアーキテクチャ採用などのカルチャー変革を推進してきた。
一般にクラウド導入は、導入期、創設期、移行期、最適化/再開発期の4つのステージに分けられる。フロント側に相当するSoE(System of Engagement)領域が先行し、バックエンド側のSoR(System of Record)領域が追随するイメージだ。もっとも、大橋氏によると、こうしたフェーズに沿って導入が進むことは珍しいことだという。
「第1期でPoC(概念実証)や限定適用を進め、第2期の創設期で、セキュリティルールやガイドラインの整備し共通基盤を稼働開始します。第3期の移行期では既存データセンターを移行し、ノウハウを蓄積し、最後の第4期でクラウドファーストが根付き、運用やプロセスがクラウドに最適化されていくという流れです。しかし、実際は、SoE領域が評価、実証から進めず足踏みしたり、共通基盤やルール整備にとどまって第2期から出られなかったりします。SoE領域で利用が広まってもSoRの領域で適用が停滞することもあります」(大橋氏)
大橋氏は、クラウド活用が停滞する理由として、いわゆる「キャズム(谷)」の向こう側にある「もう1つのキャズム」があることを挙げる。
「アーリーマジョリティーからレイトマジョリティーに進む間にも『もう1つのキャズム』があります。この谷の溝が大きく、越えていくことが難しいのです。この谷は、ちょうどクラウド導入における第2期と第3期の間と、第3期から第4期の間にあります。1つ目のキャズムを越えさせられるか、2つ目の谷でレイトマジョリティーをリードできるか。この課題解決をけん引するのが、CCoEの役割です」(大橋氏)
CCoEの形態を変化させながら、10年かけてクラウドジャーニーを地道に歩いてきた
もっとも、CCoEの形態や在り方は企業やステージごとに大きく異なる。ポイントは変化し続ける組織に変革することだ。
「リスク統制に課題があるなら、CCoEの中にセキュリティエンジニアやセキュリティ管理の部署を連れてくるべきです。最適化を進める上でインフラエンジニアや運用部隊が必要になる場合もあります。また、活用促進の段階でアプリケーションエンジニアを入れてアプリレイヤーに一気に広めていく場合もありますし、マーケティング部や人材開発部などと一緒に進化して大きく動く必要もあります。固定化された組織で、CCoEは機能しにくくなります。単体であっても多能工的に、アジャイルに変化し続けることが重要です」(大橋氏)
KDDIにおいても、時代やフェーズに合わせて、CCoEのような推進組織の在り方は大きく変化してきたという。その変化の中で、基本的な活動の柱となったのは「障壁排除」「情報発信」「人材教育」という3つだ。障壁排除は、活用障壁となる社内ルールの改訂や推進組織の生成、情報発信は外側への発進で内側の認識を変えること、人材教育はクラウドを扱えるエンジニアの育成だ。このうち、特に重要なのが情報発信だという。
「クラウドのような異端の技術を導入するには、人の心を動かしていく必要があります。そのためには情報発信が重要で、インターナルマーケティングの発想で、社内の利用者に対して、利用のための動機付けを積極的に行うことが求められます。CCoEというと、ルールの策定や、基盤の構築、ドキュメント作成、問い合わせ窓口の設置など仕組みの整備に主軸が置かれがちです。ただ、どんなに良いルール、ツール、ドキュメントをつくっても、そもそも知ってもらわなければ使ってもらえません。仮に知ってもらったとしても、正しく理解し体験し一緒に走ってあげなければ継続的に使っていくことができません。この部分にインターナルマーケティングの発想が効いてきます。お客さまに商品を使っていただくという発想と全く同じ発想が、CCoEの情報発信には必要になるのです」(大橋氏)
大橋氏は、それぞれのステージにおいてどのような取り組みをしたかプロットした図を見せながらこう解説した。
「KDDIの取り組みについて『トップダウンで一気に進めたのですね』『始めから活用の土壌があったのですよね』などと『KDDIだからできた』という意見を頂くことが多い印象です。しかし、そんなことはありません。小さく始めてその領域を時間をかけて拡大させてきて、その都度CCoEの形態を変化させながら10年かけてクラウドジャーニーを地道に歩いてきたのです」(大橋氏)
大企業でクラウド活用変革を起こす5つのポイント
KDDIにおけるCCoE組織は、IT部門直属型からスタートし、独立型、組織横断型の順で進化してきたという。
「社内で基盤を開発していた部署で産声を上げ、アジャイル開発センターという内製化組織の部署の直下に前身部隊が編成されました。その後、社内で公式に使う認定AWSができ、認定AWSチームとして独立型となります。さらに、全社的な活動をしていくためのバーチャル組織となりました。進化の仕方はさまざまですが、最終的に目指す姿は、組織をまたいで構成するバーチャル組織だと考えています」(大橋氏)
大橋氏は、大企業でクラウド活用変革を起こすための5つのポイントとして「CCoE組織の最適な設置場所」「ブロッカーの発見と排除」「ヒトの心を動かす」「リソース不足の補い方」「タイムスケール」を解説した。
1つ目のポイントである「CCoE組織の最適な設置場所」は、CCoEを事業部門や開発部門などの「攻めのチーム」に置くということだ。「セキュリティ部門や内部統制部門などの守りのチームは、既存ルールが前提となるため『自己否定』ができません。また、攻めと守りの両方に関わるIT部門、情シス部門は、自社資産に固執しがちで施策設定が的外れなものになってしまうケースもあります。利用者目線で課題を把握し、クラウドの正しい価値理解とフラットな価値判断が事業部門や開発部門ならできるでしょう。また所属部門に依存しないよう、攻めの部署配下の『出島』組織として編成し、さまざまな部署と協業できるようにすることも重要です」(大橋氏)
2つ目の「ブロッカーの発見と排除」は、利用者目線から見た阻害要因を探し、打ち消していく取り組みだ。
「ルールを守らせるといったガバナンス上の阻害要因ではなく、使い始めるためのリードタイム、セキュアな運用環境、最適なサービス選択といった利用者からみた、ルール、組織、人などの阻害要因を探します。ブロッカーは破壊して取り除くことは事実上不可能です。追補ルールの設定や特務組織の設置、例外的な許諾などの取り組みを進め、通り道を作りましょう。排除するのではなく、アドオンして打ち消していきます。こなれたタイミングで再評価し、改訂/排除します。そこにCCoEが伴走していきます」(大橋氏)
ブロッカーがなくなっても、利用する人が増えるわけではない。そこで、利用者に働き掛けをすることが重要になってくる。
活動を広めていくためには、ヒトの心を動かすことから逃げられない
3つ目の「ヒトの心を動かす」は、利用者に対するインターナルマーケティングの取り組みだ。KDDIでは、行動心理学を活用したという。例えば、何度も繰り返すことで好感度が高まる「ザイオンス効果」、当事者よりも他者から発信された情報の方が信頼されやすい「ウィンザー効果」、多数の人が選択していることでさらに選択する者が増える「バンドワゴン効果」、特定のことを意識することで目にとまりやすくなる「カラーバス効果(アンテナ効果)」を活用したという。
「資格取得の補助、社外セミナー、ハンズオンの開催など『知見保有者/利用経験者を増やす』、社内勉強会やコミュニティー組成、技術イベント開催といった『情報にふれる機会を増やす』、社外への情報発信や社外イベントへの登壇など『外の力を活用する』の3つに注力しました。活動を広めていくためには、ヒトの心を動かすことから逃げられないことを常に意識し、作った施策をどう広めていくかを考えていく必要があります」(大橋氏)
4つ目の「リソース不足の補い方」として、大橋氏は以下の「4つのコツ」を紹介した。
- 極少人数の特任チームで始める
- 臆せずパートナーの力を借りる
- バーチャル組織を創る
- チャンピオン制度を活用する
「チームに必要なリソースは、情熱を持ったリーダー、冷静な根回しできるマネジャー、リーダーを補助するサポーターです。最初からCCoEという名前を付けるのではなく、役割を兼任しながら2〜3人のスモールチームでスタートする方がうまくいくと思います。また分からないものを分からないまま使うのではなく、パートナーの力を借ります。SIerやコンサル、伴走サービスなども活用できます。バーチャル組織は、やり方はいろいろありますが、KDDIでは、CCoEをバーチャルチームとして組織し、課題を持ち込んでプロジェクトを組成し、プロジェクトオーナーが責任を持って上位にエスカレーションする体制をとっています。優秀な利用者を評価、投票してアンバサダーやサムライに認定するチャンピオン制度も整えています」(大橋氏)
5つ目の「タイムスケール」は、中長期の取り組みになることを意識することだ。KDDIでも2013年6月にAmazon Web Services(AWS)の評価を開始してから、クラウドを全社的に活用するコミュニティー「KDDI Cloud Users Gloup(KCLUG)」が2021年5月に開始するまで8年かかっている。
「大企業で当たり前だった考え方を崩して壊して新しい考え方を入れていくことは、このくらいのタイムスケールが必要です。しかもKDDIのクラウド利用はこれからが本番だと考えています。早く進めたいという気持ちがあっても、このくらいかかるのが現実です。これを大前提に今後の戦略を立ててほしいと思います」(大橋氏)
大橋氏は最後にこう述べて講演を締めくくった。
「CCoEに正解はありません。銀の弾丸でもありません。ただ、大きく道を外さないためのポイントはあります。クラウドは実現手段の一つでしかありません。ビジネスとしてどういった価値をクラウドを活用してお客さまに届けるか、クラウドネイティブの世界でどのような価値を生み出せるのかがポイントです。まだ、クラウドに着手していない人はまず一歩を踏み出してください」(大橋氏)
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