欧州におけるプライベート5G実用化動向、5G導入に「鍵」はあるか?:羽ばたけ!ネットワークエンジニア(67)
インダストリー4.0で先行するドイツをはじめ、欧州では5Gの実用化が進んでいる印象があるが、実際はどうなのだろうか。進んでいるとすればその要因、「鍵」はあるのだろうか?
2023年6月24日、筆者は第89回情報化研究会を開催した。メインの講演はイスラエルに本社を置く「ASOCS」のCEO、ギラッド・ガロン氏による“Private 5G - keys to successful commercial deployment and industrial use cases”だった。
欧州で5Gの実用化は進んでいるのか、進んでいるとすればその「鍵」は何なのかが分かる講演を、とお願いしたのだ。ここでの「Private 5G(プライベート5G)」とは、日本の「ローカル5G」のことだ。海外では「ローカル5G」という呼称は使われていない。
プライベート5Gの構成と特徴
ASOCSはプライベート5G用のソフトウェアをサブスクリプションで提供している。5G RAN(Radio Access Network:無線アクセスネットワーク)の製品「CYRUS」は、CU(Centralized Unit)、DU(Distributed Unit)、RAN Managementから成る。これらは汎用(はんよう)サーバ上の仮想基盤で動作する。
もう1つの製品「Hermes NGP」は、ポジショニングサービスを提供する。5G CoreやRUは持っておらず、プライベート5G全体のインテグレーションも行っていない。SIerが別にいるということだ。これまでに商用、PoC(概念実証)、ラボ構築を合わせて世界で約40のプロジェクトで使われている。その中には大規模な自動車工場や港湾、医療機関が含まれている。ユースケースとして多いのはスマートファクトリーだという。プライベート5Gの構成とASOCSの製品の位置付けを図1に示す。
図1 プライベート5Gの構成
NBI(Northbound Interface):ユーザーの持つ外部ITシステムからRANの操作運用を可能にするためのRAN Managementとのインタフェース
Edge:ユーザーの工場敷地内、データセンターなどの概念的な場所の総称
ASOCSの製品は、Open RAN(Open Radio Access Network:O-RAN Allianceが策定したオープンなRANアーキテクチャ、インタフェース)、vRANに対応しており、O-RU、5GCと相互接続してマルチベンダーによる柔軟でコストパフォーマンスの高いプライベート5Gを構成できる。Web GUIで全て操作できるため、エンドユーザーが操作、設定変更を実施可能なことも特徴だ。
eMBB(Enhanced Mobile Broadband)、URLLC(Ultra-Reliable and Low-Latency Communications)を実装済みで、eMBBとしてはセル当たり下り1Gbps以上のスループット、URLLCは往復10ミリ秒の遅延値を実測している。
ネットワークスライスも実現されており、eMBBのスライスとURLLCのスライスを1つのプライベート5G上に定義できる。
5G導入の「鍵」
さて、肝心の実用化動向だ。研究会では複数の事例が紹介されたが、公開できないものが多い。そこでスマートファクトリーにおけるユースケースを図2にまとめた。
前回も「5Gにもっとも求められるのは安定性だ」と述べた。それは欧州の事例でも同じで、図中「1」工場内でのAGV(Automatic Guided Vehicle)の運用や、「2」屋外の自動搬送車、フォークリフトの自動運転には広域で安定した通信が期待できる5Gが適している。さほどの高速大容量は求められない。また、自動搬送車やフォークリフトの位置管理にもニーズがあるという。これらの機材が広大な工場のどこにあるのか、探し出すにはかなりの時間を要する。5Gを使ったポジショニングサービスで位置を正確に把握することにより、無駄な探索時間をなくすことができる。
「3」はドローンによる安全監視だ。映像をAIで解析してヘルメット未着用の作業員や危険エリアに侵入した作業員などを発見し、監視センターに通知する。高精細な映像をドローンからAIサーバへ送信してリアルタイムで処理するため、高速大容量と低遅延が求められる。
「4」は、人間とロボットの協調作業を安全かつ効率的に行うため、AR(拡張現実)を使って支援する仕組みだ。ここでも映像とAIによる処理をリアルタイムで行うために高速性と低遅延の両方が求められる。
お気付きの通り、これらのユースケースは、「1」「2」については本連載で紹介したように日本でも実用化されている。「3」「4」も少なくとも実証実験は行われており、目新しさはない。しかし、欧州の工場や港湾における5G実用化の進展度を見ると日本より一歩進んでいるようだ。
その理由として何が考えられるかを、ASOCS ジャパンカントリーマネージャー 関口透氏に質問したところ、「ユーザー課題→それを解決するソリューション→そのソリューションを実現するためのネットワーク要件→ネットワーク要件への5Gの適合性(5Gでなければならない理由)確認」という対応付けがしっかりされているからではないかという意見が返ってきた。
どのようなネットワークあるいはシステムであっても、企画・設計の鉄則は「目的指向」であって、「技術指向」(5Gありき)であってはならない。目的を明確化し、その実現のために最適なネットワークを選択するという当たり前のことをするのが「5G導入成功の鍵」ということだ。もちろん選択の結果、5Gが最適ではなくWi-Fiや4Gになることもある。
5Gの適合性を判断する上で、ネットワークの性能要件や特性だけでなく、投資対効果も重要だ。本連載で取り上げてきた実用事例――牧野フライス製作所のモバイルロボット、eve autonomyの自動搬送車、コマツ&EARTHBRAINの建機遠隔操作は、全てキャリア5G/4Gを使うものだ。初期投資がごく少なくて済むため投資対効果が得やすいのがキャリア5G/4Gの良いところだ。
ローカル5Gは初期投資が大きいのがネックの一つだった。ASOCSのような汎用サーバで使えるソフトウェアベースのローカル5Gのメリットは高価な専用ハードウェアを使う5Gより初期投資を抑制できる点だ。ユーザー要件に合わせてスループットや遅延時間を柔軟にチューニングできるというキャリア5Gにはない特長もある。ソフトウェアベースのローカル5Gは、ローカル5Gの適用可能性を高めるものといえるだろう。
筆者紹介
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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