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ベンダー社員過労死の遠因はユーザー企業にもあるのか「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(111)(1/2 ページ)

仕様確定が遅れ、プログラム数が大幅に増え、スケジュールが2カ月以上遅れ、しかも納期順守を求められたプロジェクト。そこに従事するエンジニアがある日、遺体で見つかった――。

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「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

連載目次

 IT業界でバブル景気が生き残っていた1990年代、ソフトウェアエンジニアの長時間残業は常態化していた。金融機関向けシステム開発に従事していた私も、月の残業が100時間を下ることがなかった。

 もっともそんなのは序の口で、私の周囲には、土日もほとんど休まず平日も徹夜で、残業が200時間をはるかに超えるエンジニアもいた。こうした長時間労働が元で心身に異常を来し、残念ながら命を落としてしまう人もいた。IT業界ではこうしたことがままあり、本連載でも以前、システムエンジニアの死をテーマにした記事を書いたことがある。

 「働き方改革」が叫ばれるようになって久しい現代では、ITエンジニアの残業時間は絶対量としては減った感はある。しかし近年になっても相変わらず積み重なる作業に心身をむしばまれ、落命してしまうエンジニアはいる。

 今回は平成終盤に起きたエンジニアの悲劇を巡る裁判のお話である。裁判でどちらが勝ったかよりも、ベンダー企業の皆さんは、こうした悲劇に自分や自分の部下が遭わないように、発注者たるユーザー企業の皆さんも、自身が無意識のうちに悲劇の引き金にならないように、本件を参考にしていただきたい。

あるITエンジニアの死

福岡地方裁判所 平成24年10月11日判決より

顧客企業から大型汎用(はんよう)コンピュータ上の人事管理、運賃管理、ダイヤ管理などのシステム開発を受注したベンダーは、社員Aをそのプロジェクトに参加させたが、仕様確定が遅れたことなどにより、開発プログラム数が大幅に増え、スケジュールも2カ月以上遅れていた上、システム移行に関する調整不調も影響して、プロジェクトは混乱した。

そうした中にあってもユーザー企業からは納期順守を厳しく求める要求があった上、さらなる仕様変更や追加要望が相次ぎ、社員Aの残業時間も130時間に迫る状態となっていた。さらにその後も開発したプログラムにおいてはことごとく不具合が発生するなどの事象が発生する中、ある日社員Aは所在不明となった。

翌日、社員Aから親族に対して、勤務先で重大なミスをし、そのまま逃げ出した旨を告げる電話があり、同僚社員が社員Aの自宅を訪ねたところ、社員Aは終始うつむき加減で視線を合わせようとせず、「会社を出た後、川に飛び込もうか、ずっと考えながらさまよっていた」などと述べ、「すいません」と何度も繰り返した。このとき同僚は、社員Aの頸(くび)にロープで絞められたような赤黒いあざがあるのを認めている。

社員Aは別の機会に自宅を訪ねた上司に対しても、「ミスをして責任を感じる」「生きてはいけない」「今度は責任を持ってきちんと対応します」などと繰り返した。そうしたことからベンダーは社員Aに対して、実家に帰って休養するように伝えた。

なお、社員Aが受診した心療内科の診療録には、「ベンダーに入社して10年間、土日にも出社して仕事をしている」「オーバーワークのせいかミスをしてしまった」「自分が悪いと自分を責めて日曜日に逃走した」「その前日は不安で眠れず大声を何回も出してしまった」という趣旨の記録が残されていた。

その後、社員Aは職場復帰を果たしたが、ある日、また出社しなかった。社員Aはその日、東京のホテルに宿泊をしていた。会社とホテルの連絡により東京消防庁の署員が宿泊していた部屋に入ったところ、ベッドの中で社員Aが仰臥(ぎょうが)位で死亡しているのが確認された。

直接死因は致死性不整脈だが、解剖による所見として、心臓房室間動脈に中等度の狭窄(きょうさく)が存する他、諸臓器うっ血、諸臓器粘膜面に溢血(いっけつ)点多数、心臓血暗赤色流動性、凝血を含まないなど急性死の所見がみられたとのことである。

社員Aの遺族はベンダーに対して、社員Aの死亡の原因はベンダーにあるとして損害賠償を求める訴えを提起した。

出典:裁判所Webサイト

 社員Aの直接の死因は自殺ではなかった。しかし、精神的な苦しみに加え、肉体的にも大きな負担を負っていた。ここでは短くまとめたが、判決文を見ると、この間の社員Aの苦しみとベンダーの不作為、情報共有不足が延々と記されており、読むのがつらいほどだった。

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