ネパールの最高学府卒エンジニアは、給料の半分以上をふるさとに送金している:Go AbekawaのGo Global!番外編〜ネパールでのエンジニア育成(3/3 ページ)
グローバルに活躍するエンジニアを紹介する本連載。今回は番外編として、ネパールの人材育成事業に取り組んでいるリクルートスタッフィング情報サービスに登場していただく。世界的に人材不足が深刻化する中、エンジニア育成の場としてネパールを選んだ理由とは。
優秀な人材に「日本語マスト」を求めるのはどうなの?
@IT編集部 鈴木(以下、鈴木) 給与について教えてください。ネパールの年収は日本と比べてどのくらいなのでしょうか。
岩佐氏 この育成プログラムを始めた当時は日本の10分の1くらいでしょうか。今なら7分の1くらいになっていると思います。
鈴木 そうすると、もしかしてネパールからやってきたエンジニアの皆さんには日本の7分の1しか給料を払ってないんですか。
岩佐氏 いやいや、そんなことはありません(苦笑)。日本の法律で最低賃金が決まっていますので、ネパールの年収が日本の7分の1だからといって給料も7分の1ということはありません。リクルートスタッフィング情報サービスは、ネパール出身のエンジニアにも日本人のエンジニアと同じ給料を支払っています。
鈴木 すると彼らは、親戚中で「あの子は海外に行って7倍も稼いでいる」と注目されることになるんですね。先ほどのお話から、経済の発展はこれからという国、かつエンジニアが強いところとしてネパールに目を付けたのがすごいなと思っています。ベトナムやミャンマーに注目する企業はありますが、そこでネパール。しかもトリブバン大学という、ベトナムでいえばハノイ工科大学(ベトナムでも有数の工科大学)クラスですよね。そういう技術的に高度な学生を採用できるのはすごいことだと思います。ただ気になるのは、それほど優秀な学生を採用するに当たって「日本語が使えること」を必須(以降、日本語マスト)にしていることです。
人手が足りなくて海外の人に助けてもらうのだから、受け入れる側も日本語マストにしなくてもいいんじゃないでしょうか。ネパールもあっという間にいろいろな国に目を付けられると思うので、米国や中国が手を出したら、英語を話せる学生たちは全部そっちに取られてしまうのではないかと。今、日本は欧米に比べて決して強いわけではありません。そんな状況で日本語にこだわっていたら、そのうち人材争奪合戦も負けてしまうのではないかと思うんです。
岩佐氏 おっしゃる通りだと思います。例えばインドのエンジニアは英語が堪能で、TOEICなら900点を超えるレベルです。日本人がそうしているからという理由だけでネパール人に日本語を強要する必要はないと個人的には思っています。ただ、日本の企業での日常コミュニケーションは日本語が第一言語です。エンジニアの仕事は1人で完結するものではなく、日常のやりとりや業務上のコミュニケーションを取るためには、どうしても日本語が必要です。
日本語マストはおかしいと分かってはいるし、指摘されたら「そりゃ、そうですね」と皆さんおっしゃいます。しかし、私の感覚では9割以上の企業で「日本語が話せないと受け入れられない」という状況です。
鈴木 将来的にさまざまな国の方々が日本にたくさん来てくれるようになったら、「日本語マスト」と「日本語問わず」で成約率に違いが出て、企業側の意識も変わるといった可能性はあるのでしょうか。
岩佐氏 何ともいえませんが、少なくとも現状ではなかなか難しいと思います。日本語不要にすると企業のやり方を変えなくてはいけないので。ただ、先ほどの話とも関連するのですが、ネパール人の学生全てに日本語を教える必要はないと思っています。
日本に興味があって住んでみたい、日本の文化の中で働いてみたいという人であれば、日本語を勉強して日本でしっかり仕事をできるようになれればいいと思います。そして、その人たちからオフショアという形でネパールに仕事を振れるようになれば、ネパールの人材は日本語ができなくても問題ありませんよね。
ネパールの人たちは、もっと日本で仕事を獲得するチャンスを得ていきたいと考えています。だから、一定の人数は日本でコミュニティーを作り、日本のいろいろな企業で活躍して“ネパールの信頼残高”を高めることで価値を作るのだろうと思っています。そのためにもわれわれは、今、日本にいるネパールのエンジニアたちに一生懸命、仕事を届けます。
鈴木 最初の2人が先鋭隊として日本で土壌を作るんですね。将来的にオフショアという形でビジネスをネパールに返す予定とのことですが、先陣のエンジニアたちも将来的にネパールに戻ることはあるのでしょうか。
岩佐氏 はい、本人たちが希望すればネパールに戻れます。ただ現状は日本にいる方が圧倒的に“稼げる”のです。本人たちに「お給料は何に使っているの?」と聞くと、「半分以上を実家に送っている」と答えます。ネパールではそのお金で一家、親戚含めて食べていけるので、「この使命はもう果たさなくてもやり尽くした」と思えるようになってから帰国を考えるのではないかと思います。
鈴木 当初は10分の1だった経済格差が、現在は7分の1になっているという話でした。もしかしたら数年後には3分の1ぐらいに狭まって、そのうち同等ぐらいになるかもしれませんね。そうしたら、ネパールの方が日本で働くメリットはそんなになくなってしまうのではないでしょうか。
岩佐氏 その通りだと思います。ベトナムはまさにそのような状況です。
鈴木 ベトナムでは現在、英語を話す都会出身の人はみんな米国や欧米に行ってしまって、日本に来てくれるのは田舎出身の英語を話せない人だけだという話を聞いたことがあります。ここ数年で、その国間の力関係や状況が変わるかもしれませんね。
人材ビジネスのあるべき姿とは
鈴木 ビジネスについて教えてください。特定派遣制度が廃止されて以来、多くのSIerや開発会社がSES(システムエンジニアリングサービス)を始めました。SESも派遣も、心の持ちようで悪にも正義にもなれるビジネスだと私は思います。リクルートスタッフィング情報サービスは、エンジニアを生み出す仕事をされているとの話でしたが、世の中には「頭数を送り込めばいいや」みたいなSESがまあまあいると聞いています。人材ビジネスは、今度どうあるべきだと思いますか。
岩佐氏 われわれは“0”の状態(未経験)のエンジニアの卵を見いだし、教育や実務経験で成長させて“10”や“20”にします。その後は、本人の意志を大切にしたいと思っています。実務経験を積んだ派遣先企業との相性が良いのであればそこの正社員になってもいいし、エンジニア以外の仕事にチャレンジするのもいいでしょう。事業運営に興味があるのであれば、リクルートスタッフィング情報サービスのメンバーとしてマネジメントに携わる道もあります。リクルートスタッフィング情報サービスは、本人たちがなりたい姿に対してアドバイスできるパートナーでありたいと考えています。
派遣業や多重請負などのIT業界の習慣は、これからもあるのだろうと思っています。その業界構造の中で、われわれは「われわれのあるべき姿」に向かって進みます。今後は、そこに共感してくれる人たちをどれだけ作れるのかがポイントになるでしょう。本当に世の中から支持される働き方や仕事のシステムを提供できる会社が世の中から支持を受けていく、それが業界全体を良くすることだと考えています。
Go’s thinking aloud インタビューを終えて
何かの申請書類に記載するときなどわざわざ断る必要がなくても「派遣社員」「契約社員」と区別して書くことがある。だが、むしろ「登録型」か「常用型」かの違いの方が大切だと思う。その真意が派遣することではなく、エンジニアを育て、生み出し、スキルを伸ばすことにあるからだ。しかし、そこまで誠実に取り組んでいる企業は、私の知る限り少ない。
今回のリクルートスタッフィング情報サービスの取り組みを聞いて、これこそが真の意味のジョブ型雇用対応だと感じたし、新しいスキルセットの習得に効果的な仕組みだとも思う。エンジニアやプログラマーなどの人材不足に対応するだけではなく、各国の産業基盤を作る手伝いにもなり、日本そのものの海外への情報発信にもつながるだろう。
ビジネスマナーや日本文化、日本語などのトレーニングは、広く捉えれば教育事業だ。卒業生の活躍で大学が評価されるには30年はかかると聞いたことがあるが、ここから巣立った人材は確実に数年で評価がはっきりし、世界で活躍する機会が増える。言葉の壁で拘泥(こうでい)している場合ではない。
阿部川久広(Hisahiro Go Abekawa)
アイティメディア 事業開発局 グローバルビジネス戦略室、情報経営イノベーション専門職大学(iU)教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD) 訪問教授 インタビュアー、作家、翻訳家
コンサルタントを経て、アップル、ディズニーなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時から通訳、翻訳も行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在情報経営イノベーション専門職大学教授も兼務。神戸大学経営学部非常勤講師、立教大学大学院MBAコース非常勤講師、フェローアカデミー翻訳学校講師。英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーとして講座、講演を行う他、作家、翻訳家としても活躍中。
編集部から
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