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仕様書通りにシステムを作りました。使えなくても知りません「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(113)(3/3 ページ)

ユーザー企業が作った仕様書に抜け漏れがあり、その通りに作ったシステムが使いものにならなかった。悪いのは、ベンダー、ユーザー企業、どちらなのか?

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要件を満たせばいいってもんじゃない

 ベンダーの責任は、単に発注者であるユーザー企業が示した要件や仕様通りにモノを作るだけで果たせるものではない。システム開発契約の目的に資するシステムを納品することであり、そのためにはユーザー企業の業務と課題をよく理解した上で、要件にない機能や特性も提案するなどして実現しなければならないとの判決だ。

 要件こそ金科玉条であって、これを満たすことが仕事であると考えるベンダーも一定数いるかとも思うが、実際にはそれだけでは足りないのだ。かくいう私も、若いころはそのような考えの持ち主であり、要件を超える提案などというものは、いってみれば顧客の期待を上回るNice to haveだと思っていたが、現実には違うようだ。こうした判決は他にも幾つも見られるが、「システム開発契約とは要件を満たすことではなく、契約の目的に資するものである」という考えは統一している。

 この判決は、こうした考え方の草分け的な判断となったものだ。これ以降の判決はこの考えが定着した感がある。要件を第一に考えるベンダーにしてみれば違和感のある考え方かもしれないが、契約論あるいは契約法の世界では、債務の成就とは契約の目的を達成することとの考えが一般的であり、この判決もそうした考えの一つと思われる。

 本連載でも、これまで何度かベンダーは要件を超えて契約の目的に資するべきであるという判決を紹介してきた。今回の判決ではっきりと述べられているのは、「ユーザー企業から既存の業務やシステムに関して資料の提供を受けているのだから、これをしっかりと勉強して、要件その他を見直さなければならない」という点だ。

 反対解釈として、ユーザー企業からしかるべき資料の提供がなければ要件を超えたシステム作りなどしなくてもいいのかとも受け取れるが、これは半分正解で半分不正解のように思う。

 要件を受け取るとともに、既存の各種資料を求めていれば、ユーザー企業がこれを提供してくれなくても義務は果たしたことになるかもしれない。しかし、その場合でも、専門家として、既存資料なしにモノづくりができないと判断するなら、「それではシステムは作れない」と言うべきだし、場合によっては本当に開発を中止しなければならない。「お客さま」相手にそこまで言えるのかとの声もあろう。しかし現実にこうした判決が幾つも出ている以上、そうした勇気も必要なのではあるまいか。

そもそも要件定義書は完璧ではない

 そもそも、要件定義書は、そこまで完璧なものだろうか。

 人間が書く以上、抜け漏れもあるし間違いもある。これくらいは分かるだろうと割愛している部分もあるし、読み方によって意味合いの異なる記述もある。また、ベンダーとユーザー企業が違う企業である以上、文化や慣習の違いでどうしても理解できないものもある。とても金科玉条として頼むには足りない文書だし、裁判所もそうしたことは理解している。

 だからこそ、こうした判決も出るのだろう。そして、要件定義書の足りない部分を埋められるのは専門家であるベンダーだ。ユーザー企業が持つ各種の情報から必要なモノを依頼して取り出してもらう。そうした作業自体が、契約の目的に資する活動と考えることもできる。

 いずれにせよ、世のベンダーが思うよりベンダーの役割は重く、責任範囲も広い。私の周囲でもこうしたことを理解していないベンダーが散見されるが、もう一度よく考えていただきたい。

細川義洋

細川義洋

ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった

個人サイト:CNI IT Advisory LLC

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