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GUI時代の始まりを告げた「Windows 2.0」――米国では一定の評価も日本では……Windows温故知新〜カリスマITトレーナーが語る技術の変遷(7)

前回まで、Windowsの技術要素の歴史を振り返ってみた。今回からは、実際の製品の特徴や使用感、市場の反応などを紹介していく。

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連載目次

MS-DOS時代にもGUIがあった?

 本連載で取り上げてきたように、Windows以前にもGUI(グラフィカルユーザーインタフェース)的なアプリケーションは存在した。ただし、グラフィックスを使わず、文字だけの機能なので「GUI」とは呼ばず「メニュー方式(形式)」と呼んでいたように思う。

 メニュー方式のアプリケーションは、今でもひっそりと残っているので使った人もいるかもしれない。例えば、手元の「Windows 11」には「EDIT.EXE」というアプリケーションが入っている(画面1)。ファイルに設定されたバージョンは「1.2.1」、更新日時は「2025年10月15日」になっていた。こんなに最近まで更新されているとは、と思ったら実は「復活」なんだそうだ。元になったのは「MS-DOS 5.0」以降で標準搭載されたEDIT.EXEである(本連載第2回も参照してほしい)。

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画面1 Windows 11上の「EDIT.EXE」

 ちょっと使ってみたが、操作性は以前と変わらない(画面2)。しかし、一体誰が使うのだろう?

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画面2 EDIT.EXEの利用

 MS-DOS時代のPCにも、グラフィックス機能はあったのでGUIを実現したアプリケーションはあった。しかし、同時に起動できるアプリケーションは基本的に1つに限られていた。一部のアプリケーションは、アプリケーション内で別のコマンドを起動することもできたが、その間は元のアプリケーションが停止したし、グラフィックスアプリケーションの同時実行はできなかった(図1)。

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図1 別アプリケーションの起動

Windows 2.0とNEC PC-9801

 状況が変わってきたのが「Apple Macintosh」(1984年)と、その後に出た「Microsoft Windows」である。もっとも、「Windows 1.0」(1985年)はタイリング方式だったこともあって、それほど注目されなかった。筆者も使ったことはない。「Windows 2.0」はそれなりに期待され、雑誌記事も多く出たが、少なくとも日本で普及したとは言い難い。GUIを使うにはCPUパワーもメモリも不足していたからだ。

 さらに問題だったのは画面解像度だった。日本で最も広く使われていたWindows対応PCはNECの「PC-9801」シリーズだが、当時の画面解像度は基本的に640×400ドットであり、「IBM PC」で広く使われるようになったVGA(640×480ドット)よりわずかに狭かった。そのせいで、米国製のアプリケーションでは画面サイズが足りないという事態が頻発した。

 初期のPCはメインフレームの端末に倣って、横80文字×縦25行(または行間を空けて20行)が多かった。1文字は縦横8ドットで表現していたので、横は80×8=640ドット、縦は25×8=200ドットになる。NECの最初のPC「PC-8001」もこの解像度だった(ただし、これは文字サイズを基準にした解像度で、グラフィックスとして使えたのは160×100ドット)。

 その後、NECの「PC-8801」や富士通の「FM-8」などでは640×200ドットの全てをグラフィックスとして使えるようになり、漢字1文字を縦横16ドットで表示可能になった。漢字は英数字のちょうど2倍の幅、つまり漢字の半分のサイズが英数字である。現在でも英数字を「半角」と呼ぶのは、漢字を「全角」と呼んだ時代の名残である。

 漢字表示には幅だけではなく高さも16ドット必要だったので、640×200ドットでは40桁×12行しか表示できない。文字数としては400字詰め原稿用紙1枚ちょっとで、少々物足りない。そこで、PC-8801ではモノクロ専用ではあるが640×400ドットのモードが登場し、16bitマシンのPC-9801(1982年)でカラー表示可能な640×400ドットになったのだが、画面解像度の拡張はそこで止まった。

 当時の国産PCの大半はグラフィックス機能をメイン基板に搭載していたため、他の解像度を使うことは想定していなかったし、製品も存在しなかった。しかし、IBM PC(1981年)ではグラフィックス機能を拡張カードで実現しており、当初から複数の選択肢があった(購入時に指定する)。

 広く使われたのは640×200ドットのカラー表示が可能な「CGA」(Color Graphics Adapter)だが、他にテキスト専用でグラフィックス機能を持たない「MDA」(Monochrome Display Adapter)も提供された。また、サードパーティー製品も登場している。

 その後、1984年には80286プロセッサを搭載した「IBM PC/AT」が登場し、「EGA」(Enhanced Graphics Adapter)が640×350ドットのカラー表示を実現し、1987年の「IBM PS/2」とともに登場した「VGA」(Video Graphics Array)では640×480ドットを実現した(PS/2は他のPCと拡張スロットの仕様が違っていたが、後にPC/AT用のVGAカードも登場した)。つまり、1987年にVGAが登場するまではNEC PC-9801シリーズはIBM PCと同等以上の解像度を実現していたのである。なお、640×480は当時のテレビ放送の画面サイズ(4対3)に合わせたという話だ。

 

Windows 2.0:グラフィックスカードの重要性

 Windows 2.0英語版は1987年に登場したが、これはIntel 8086用だった。80286搭載機でも利用できたが単に「8086互換モード」で利用していただけで、要するに「高速な8086」に過ぎなかった。

 しかし、翌1988年には後述する「HMA」(High Memory Area)など、80286の特性を生かしたバージョンアップが行われ、「Windows/286」に改称された。ただし、1989年に登場した日本語版の名称は、Windows/286ではなく「Windows 2.1」だった。

 筆者はWindows 2.1(日本語版)を少しだけ使ったことがあるが、その時はグラフィックスカードを友人に譲ってもらった。前述の通り、PC-9801シリーズはグラフィックス機能を内蔵しており、Windows 2.1が登場した頃からサードパーティー製のグラフィックスカードも登場していた。ただ、このとき実際に640×480ドットの画面が利用できたのか、それとも640×400ドットの画面のままで高速化されただけだったのかは覚えていない。

 ちなみにMS-DOS時代、グラフィックス表示はOSの管理対象ではなく、アプリケーションで自由に表示できた。グラフィックスアプリケーションが同時に1つしか起動できなかったのは、このためである。

 これがWindows時代になると「Windows」というOSがグラフィックスも管理するようになる。アプリケーションは、グラフィックス画面を直接操作するのではなく、Windowsに操作を依頼し、Windowsは依頼に従って画面を描画する仕組みになった(図2)。これにより複数のグラフィックスアプリケーションが同時に利用可能になったが、間接的な描画依頼なので、このままでは速度が低下してしまう。これを補ったのがグラフィックスカードに搭載された「グラフィックスアクセラレーション(加速)機能」だ。

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図2 MS-DOSとWindowsのグラフィックス

 グラフィックスカードの大半は、よく使うグラフィックス操作を専用のハードウェアで高速に実現している。例えば、マウスを動かすとマウスカーソルも移動する。そのため、移動量に応じてカーソルの消去と描画を繰り返す必要がある。これはなかなか大変な作業だが、PCのCPUで計算するのではなく、グラフィックスカードに内蔵されたハードウェア機能を使って自動描画することで、PCに負担をかけずに高速に描画できる。このようにハードウェアを使って描画を加速する機能を「アクセラレーション機能」と呼んだ。

 どのグラフィックスカードが、どんな機能を持っていて、どうやって使うのかはさまざまだ。そこでWindowsは、グラフィックスカードとセットで提供されるソフトウェア「グラフィックスドライバ」に対して描画を要求する。グラフィックスドライバは、グラフィックスカードのハードウェア機能が使えればそれを利用し、なければソフトウェア処理をするといった選択を行う(図3)。

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図3 グラフィックスドライバ

 これにより、最適な方法で実際の描画を行う。つまり、いくら高機能なグラフィックスカードを持っていても、ドライバの采配が不適切だと性能を発揮できない。逆に、グラフィックスカードとドライバを変更することで、アプリケーションには手を加えずに高速化が期待できる。高速で高機能なグラフィックスカードを使うことで、アプリケーションの動作が高速になるのは現在と同じである。

Windows 2.0の評価:米国では一定の評価も日本では…

 Windows 2.0は米国では一定の評価を得たようだが、日本では決して成功したとは言えなかった。筆者も使ったことがあるが興味本位であり、グラフィックスカードも自前で購入していない。利用可能なアプリケーションが少なかったので、そこまで投資をする気にはなれなかったからだ。

 Windows 2.0の代表的なアプリケーションは、Macintoshから移植された表計算ソフトウェア「Excel」である。Macintosh向けにMicrosoftが開発したExcelは評判が良く、そのままWindowsに移植された。実は当初からWindowsに搭載することを考慮していたとも言われる。

 しかし、MS-DOS時代の表計算ソフトウェアは「Microsoft Multiplan」と「Lotus 1-2-3」が人気を二分しており、Windowsに乗り換えてまでExcelに移る理由はなかった。過去の資産がなかったMacintoshとは状況が違う。また、Windowsそのものがメモリを大量に消費するので、Windowsに移行することでアプリケーションが使えるメモリが減ってしまうという問題もあった。

 日本語ワードプロセッサはジャストシステムの「一太郎」がMS-DOSで動作しており、こちらもWindowsに移行する必要性はなかった。他にDTP(Desktop Publishing)ソフトウェアとして「Aldus PageMaker」などがあったが、DTP分野はMacintoshが圧倒的に強く、そもそもWindowsを使う理由がなかった。日本語に対応していたかどうかは記憶にないが、当時のWindowsアプリケーションの状況から推測して、日本語を扱うには力不足だったと思われる(Aldusは後にAdobeに買収された)。

 マルチタスクの利便性はあったものの、利用可能なメモリは実質640KiBに限られ、複数のアプリケーションを動かそうにもメモリ不足でできなかった。そんなわけで、Windows 2.0は「GUIの紹介」程度の意味しか持たなかったのではないだろうか。

 なお、売り上げにも市場評価にもあまり影響なかったようだが、1988年にAppleは「Microsoft Windows(Windows 2.0)はMacintoshのGUIを模倣した」としてMicrosoftを提訴している。この件については、本連載第3回を参照してほしい。

HMAの利用

 このように、Windows 2.0が日本市場に与えた影響は限定的だったが、同時期に登場した重要な技術に「HMA」(High Memory Area)がある。WindowsというよりMS-DOSの機能だが、Windows 2.1でも利用しているので説明しておこう。

 前回紹介したIntel 8086のメモリ指定を思い出してほしい。ベースレジスタがFFFFのときは、プログラムカウンタが0000から000Fまでは繰り上がりが発生しない(いずれも16進数)。プログラムカウンタが0010を超えると繰り上がりが発生する。8086では20bitを超えるアドレスは無視されたので、20bitを超える繰り上がりも無視された。しかし、80286では有効なアドレスとなり、8086では利用できなかったメモリが利用できる。これがHMAである(図4)。

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図4 HMA(High Memory Area)の利用

 HMAの量は0010番地からFFFF番地までのFFF0バイト=65520バイト(64KiBから16を引いた値)と、決して大きくはないが、メモリ不足に悩むMS-DOSアプリケーションには貴重な領域だった。初期の頃はアプリケーションが独自に(早い者勝ちで)利用していたが、のちにMS-DOS自身の利用エリアとなった。MS-DOSの一部をHMAに逃がすことで、アプリケーション用のメモリを確保したというわけだ。

おまけ:Macintoshの評価

 Windows 2.0の時代はMacintoshの発展期でもある。1984年1月に初代Macintoshが登場したが、これは128KiBのメモリしか搭載されておらず、実用的に使うのは難しかった。しかし、同年9月に登場した「Macintosh 512K」(通称Fat Mac)は名前の通り、512KiBのメモリを搭載し、キヤノン販売(当時)による日本語化も行われた。また、1986年の「Macintosh Plus」ではメモリが1MiBとなり、日本語機能が標準搭載され、1987年の「Macintosh SE」ではHDD内蔵モデルが登場した。Windows 2.0が登場した1987年には、Macintoshは実用的なGUI環境が完成していたのである。

 もっとも、Macintosh SEの画面解像度は512×342ドットの9インチモノクロディスプレイであることには注意してほしい。1987年にIBM PCが使っていたVGAは640×480ドットのカラーであり、ハードウェア的にMacintoshの方がかなり見劣りする。参考までに1987年当時のNEC PC-9801VX、IBM PC/AT、Macintosh SE、およびカラー化された初の「Macintosh II」のハードウェアスペックを比較してみよう(表1)。

PC-9801VX PC/AT Macintosh SE Macintosh II
CPU Intel 80286(8MHz)
NEC V30(10MHz)※
いずれかを切り替えて使用
Intel 80286(8MHz) Motorola MC68000(8MHz) Motorola MC68020(16MHz)
メモリ 640KiB(最大8.6MiB) 256KiB(最大16MiB) 1MiB(最大4MiB) 1MiB(最大8MiB)
グラフィックス 640×400 VGA(最大640×480)
グラフィックスモードの場合
512×342 High-Resolution Video Card
640×480
(13インチディスプレイの場合)
カラー 4096色中16色 VGA 640×480の場合
26万色(18bit)中16色
モノクロ2階調 High-Resolution Video Card
1600万色(24bit)中256色
価格 約70万円(約4500ドル)
FDD+20MB HDDモデル
ディスプレイ別(1000ドル程度)
サードパーティー製HDDを外付けした場合の総額は数万円安い
約3500ドル
FDD+20MB HDDモデル
ディスプレイ別(500ドル程度)
3900ドル
20MB HDDモデル
ディスプレイ一体型
約6000ドル(本体5498ドル)
20MB HDDモデル
ディスプレイ別(1000ドル程度)
NEC PC-9801VX vs. IBM PC/AT vs. Macintosh SE vs. Macintosh II(※NEC V30はIntel 80286の上位互換CPU)

 表を見ると、Macintosh SEだけがモノクロで画面解像度も低いことが分かる。しかし、そのおかげで処理すべきデータが少なくなり、高速に動作する。CPUはMotorolaのMC68000シリーズということも重要だ。

 前回紹介した通り、Intel 80286のメモリアクセスは64KiBの壁があり、決して使いやすいとは言えない。その点MC68000の内部は完全な32bit構成であり、メモリアクセスの制限もない。このように解像度を落とし、高速なCPUを使って、やっと実用的なグラフィックスシステムが実現できたのである。ハードウェアスペックは似たようなものでも、プログラマーから見るとかなりの差がある。コンピュータはハードウェアとソフトウェアを一体で判断すべきであって、カタログ情報だけでは評価できないという好例である。

 モノクロであることはMacintoshの欠点だったが、当時のAppleは「カラーなど必要ない」と言い切っていた。実際にはモノクロにすることで速度を稼いでいたので、カラー化すると遅くなってしまうというのが本音だったのだろう。そういえば「マルチタスクなど必要ない」とも言っていたので、Appleの公式発言はあまり信用できない(まあ、これはAppleに限った話ではないが……)。

 一方、Windowsは最初からカラーだったが、1987年の時点で画面が美しかったとは言い難いし、動作も遅かった。全体のデザインもやぼったく、16色表示のカラーWindowsより、Macintoshのモノクロ2階調の方が洗練された印象を受けた。美的センスを重視するスティーブ・ジョブズ氏(プロジェクト途中からMacintoshの責任者となった)としては、「中途半端なカラーなどない方がまし」と思ったのかもしれない。

 カラー化されたのはMacintosh SEと同時に発売されたMacintosh IIからだが、このときCPUとしてMC68000の後継であるMC68020が採用された。MC68020は名実共に32bit CPUとなって大幅に性能が向上している上、動作周波数が16MHzとMacintosh SEの倍になっている。カラー化にはそれだけの性能が必要ということだ。

 価格も20MB HDD内蔵モデルのMacintosh SEが3900ドルだったのに対し、20MB HDD内蔵モデルのMacintosh IIは本体のみで5498ドル、ただしディスプレイもグラフィックスカードもキーボードも選択可能な別売りオプションだったので、実際に使うには7000ドル程度になったようだ(ビデオカードが約500ドル、13インチディスプレイが1000ドル程度)。

 Appleは1977年に発売された「カラーグラフィックスが扱える個人用コンピュータ」Apple IIで成長した会社だが、1984年の時点でモノクロの小さな画面しかないコンピュータを出したというのは面白い。ちなみにApple IIのカラーグラフィックスは280×192ドットの6色だった。

終わりに

 今回はWindows 2.0の市場評価についての話をした。次回はいよいよ一世を風靡(ふうび)した「Windows 3.0」および「Windows 3.1」を扱う。

【主な出来事】

  • 1984年 Intel 80286/Apple Macintosh
  • 1985年 Intel i386(80386)/Windows 1.0
  • 1986年 Apple Macintosh Plus
  • 1987年 Windows 2.0/Apple Macintosh SE/Apple Macintosh II
  • 1988年 Windows 2.1(Windows/286)/Apple GUI訴訟
  • 1989年 Windows 2.1日本語版

筆者紹介

横山 哲也(よこやま てつや)

トレノケート株式会社(旧グローバル ナレッジ ネットワーク株式会社)で、マイクロソフト認定トレーナーとしてMicrosoft AzureやWindows ServerなどのIT技術者向けトレーニングを担当。Windows Serverの全てのバージョンを経験。近著に『徹底攻略 Microsoft Azure Fundamentals教科書[AZ-900]対応 第2版』(インプレス)、『ストーリーで学ぶWindows Server ひとり情シスのためのITシステム構築入門』(日経BP社)がある。好きなサービスはActive Directoryドメインサービス、推しているアイドルは皆本しいね(「君のメインヒロイン」所属)。


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