脱Googleって本当にできるの? オンプレ回帰で存在感を増す台湾企業の挑戦:脱サブスクの現実味を問う
クラウドは便利だが、請求額やデータの置き場所に不満を抱く企業も増えている。Google DriveやMicrosoft 365に頼らず、同等の利便性を自社管理下で実現できるとしたら。台湾発のSynologyが打ち出した新戦略は、オンプレ回帰の流れを象徴する一手として注目を集めそうだ。
クラウド利用の拡大が続く一方で、近年は「オンプレミス回帰」や「ハイブリッドインフラ」の再評価が進んでいる。背景には円安によるクラウド利用料の上昇や、機密データを自社管理下に置きたいというデータ主権への関心の高まりがある。従量課金型サービスは利便性が高い一方、データ量の増加とともにコストが膨らみ、企業側が価格決定権を持てないという課題もある。
こうした市場環境の変化を捉え、これまでプロシューマーや中小企業(SMB)向けのNAS(ネットワーク接続ストレージ)ベンダーとして高いシェアを誇ってきた台湾のSynologyが、エンタープライズ市場への本格的な攻勢を開始した。
同社は2026年6月2日〜5日に台湾・台北市で開催された「COMPUTEX TAIPEI 2026」で、従来の「手軽で使いやすいファイルサーバ」というイメージを完全に覆す、ミッションクリティカルな要求に耐え得る最新ハードウェアと、高度なAI・セキュリティ機能を統合した独自ソフトウェアのエコシステムを発表した。
単なるハードウェアベンダーではなく、包括的なIT課題を解決する「ソリューションベースのプラットフォームベンダー」に変貌を遂げた同社の事業戦略と、技術者を引きつける新製品の全貌を追う。
プロシューマーから国家機関まで 25年の歩みと日本法人設立がもたらしたB2Bシフト
2000年の設立以来、25年にわたってSynologyが重視してきたのは「誰にとっても使いやすい」という一貫したデザイン哲学だ。「Linux」などのオープンで成熟した技術をベースにしつつ、洗練された日本語ブラウザUIを独自にカスタマイズ開発することで、専門的なIT人材を確保できない企業でも直感的に扱える製品を提供し、プロシューマーおよびSMB市場での強固な足掛かりを築いた。
現在ではその信頼性の高さから、半導体業界のリーディングカンパニーや国家レベルの防衛・情報機関など、高度なセキュリティと可用性が求められる環境への採用も広がっている。台湾本社を軸に米国やフランス、ドイツ、イギリス、中国、日本を含む世界6カ国に支社を展開し、世界120以上の市場をカバーするグローバル企業へと成長を遂げた。
日本市場においては、2018年に日本法人を設立したことが大きな転換点となった。当初はコンシューマー向けの印象が強かった日本国内だが、法人のシステム管理者やIT担当者が「自宅で使って非常に安定しているから、会社のシステムにも導入したい」というフィードバックを寄せるケースが相次ぎ、B2B市場のポテンシャルが顕在化していった。現在、日本国内における売上比率はB2Bが6割、B2Cが4割とビジネス用途が主軸となっており、ここからさらにエンタープライズ市場への本格的なシフトを狙う段階に達している。
Synology Japanの翁嘉安(Joanne Weng)氏(社長)は、日本市場における現状について次のように明かす。
「日本で最も導入が進んでいるのは製造業のSMB・中堅企業層だ。工場を国内各地に展開する製造業では、各拠点に専任のIT管理者を置くことが難しく、本社の少ないIT人材でいかにリモート管理するかが課題となる。Synologyの製品は、拠点側は箱から出してネットワークにつなぐだけで、本社から一元管理できる柔軟性を備えているため、非常に高く評価されている」
しかしDell Technologies(Dell)やHewlett Packard Enterprise(HPE)、NetAppがひしめき合うエンタープライズIT市場への参入は、一筋縄ではいかない。新興インフラベンダーがエンタープライズに挑む際、実績不足から最終的に大手ベンダーに買収されるか、セカンダリーストレージの領域に甘んじるケースが歴史的に多いためだ。
この課題に対し、Synologyが描く日本市場での勝ち筋は「チャネルパートナー(SIer)との密接な教育・販売アライアンス」と「圧倒的なコスト効率」の2軸にある。エンタープライズ企業へのアプローチには、高度なITインフラ知識や業界固有のドメイン知識が不可欠となる。そのため同社はアスクといった国内のディストリビューターやSIerとの協業体制を急速に強化している。
翁氏は、海外での成功事例を交えて次のように戦略を語る。
「マレーシアでは、CTC Globalマレーシアと組んで医療業界への参入を成功させた。日本においても、実績のあるSIerと協業し、共同でのマーケティング露出やプログラムサポートを提供する予定だ。SIerが持つ信頼性と、Synologyの製品力が合わさることで、エンタープライズ企業がレガシーベンダーからリプレースする際の『安心感』を醸成できる」
COMPUTEX 2026でベールを脱いだ最新製品
COMPUTEX TAIPEI 2026のSynologyブースでは、エンタープライズ市場参入に向けた製品群が展示された。開発者やインフラエンジニアの注目を集めた最新アップデートを、「データ管理」と「データ保護」の観点から解説する。
1.データ管理:Active-Active構成のオールNVMeフラッシュ「PASシリーズ」とスケールアウト型「GSシリーズ」
同社のブースで目玉となったのが2026年5月20日に発売した、Synology初となるActive-Active構成のオールNVMeフラッシュストレージ「PAS7700」だ。これまでSynologyのフラッグシップは、SATA SSDを搭載したオールフラッシュの「FS(FlashStation)シリーズ」だったが、PAS7700は全てに高速なNVMe SSDを採用。従来のFSシリーズ最上位モデルと比較して、4Kランダム読み取りにおいて約2倍、従来のフラッシュステーションの最上位モデルと比べれば約3倍というパフォーマンススピードを実現している。
利用シナリオとしては、VMwareをはじめとした大規模な仮想化基盤やVDI(仮想デスクトップインフラストラクチャ)、リアルタイム分析、大規模データベースなど、信頼性とスピードが同時に求められるミッションクリティカルな環境を想定している。OSには、従来のNAS用OS「DSM」(DiskStation Manager)とは一線を画す、ハイエンド機能に特化した専用OS「DiskStation Manager Enterprise」を搭載し、二重化されたコントローラーによる無停止運用を保証する。
この他、近日リリース予定のスケールアウト型オブジェクト・ファイルストレージ「GSシリーズ」も披露された。こちらは非構造化データ(大量のメディアファイル、システムログ、法的に長期保管が必要なリーガルデータ、AI学習用のデータレイクなど)の蓄積に特化したストレージだ。従来のスケールアップ型(単一ノードに拡張ユニットを足す方式)ではノード単体の性能が限界となるが、GSシリーズは筐体を追加してクラスタ化することで、容量だけでなくスループットと信頼性も向上する。一般的なファイルプロトコルの他、S3 API互換のオブジェクトストレージとしても機能するため、社内データセンターにおける大規模なデータレイク構築に向いているという。
これらのストレージを効率よく運用するため、使用頻度の低いデータを大容量のストレージに自動で移動させる「Synology Tiering」機能や、Synology純正のHDD/SSDと組み合わせることで利用できる「重複排除・データ圧縮機能」も提供されるため、ストレージコストの最適化を期待できるという。
2.データ保護:3-2-1-1-0ルールを1台で完結するアライアンス「Active Protect」
インフラを高速化する「攻め」に対し、「守り」の要としてSynologyが最も注力しているのが、バックアップ専用アプライアンス「Active Protect(DPシリーズ)」だ。
ランサムウェア対策において重要なのが「3-2-1-1-0ルール」だ。これは、3つのデータコピーを持ち、2つの異なるメディアに保存し、1つは遠隔地に置き、さらに「1つはバックアップデータを改ざんできない状態(イミュータブル)な状態、またはネットワークからの物理的な隔離(エアギャップ)でオフライン保管」し、バックアップからの復旧において「0エラー(復旧検証)」を確認するというものだ。
従来のシステムでこれを実現しようとすると、磁気テープ装置を組み合わせたり、高額なバックアップ専用ソフトウェアとサーバやストレージを個別に構築・検証する必要があり、構成の複雑化とコストの肥大化が発生した。Active Protectはハードウェアや専用OS「Active Protect Manager」(APM)、バックアップソフト、検証環境の全てがオールインワンで入っているため、この複雑なルールを1台で完結できる。
主なメリットは以下の通りだ。強固なバックアップ環境を構築することで、企業のサイバーレジリエンス強化を支援する。
- 幅広いワークロードに対応:物理サーバ、PC、VMware/Hyper-V、M365、Google Workspaceに加え、IaaS、Nutanix、Proxmoxなどの仮想マシンも網羅。
- エアギャップ機能:バックアップを実行していない時間帯は、自ら自動的にネットワークからオフライン化してアクセスを隔離。
- 復旧バックアップ検証:取得したバックアップデータを、筐体内の独立した仮想環境で自動起動し、正常に復旧できるかどうかを事前に検証・シミュレーション。
- 集中管理機能:1台をマスターとして指定し、専門人材のいない地方の工場や複数拠点のバックアップを本社からスマートに一元管理。
中堅・中小企業の間でランサムウェア対策への意識自体は定着しているが、バックアップに対して無尽蔵に予算を割けるわけではない。こうした現場の課題を解消するため、3-2-1-1-0ルールをリーズナブルに実現するのがDPシリーズの一つの狙いというわけだ。
脱SaaS・脱サブスクを加速する「Synology Drive」
ここまではハードウェアに絞って解説してきたが、同社は単なるハードウェアベンダーではない。開発者やシステム管理者にとって、Synologyを利用するメリットは「強力なソフトウェアレイヤー」にもある。同社のNASを1台導入すれば、ユーザー追加に伴うライセンス費用が一切発生しない(サブスクリプションフリー)環境が手に入るからだ。
その中核をなすのが、NAS内のデータを「Google ドライブ」のようにWebブラウザ経由でセキュアに扱えるファイル管理アプリ「Synology Drive」と、「Microsoft 365」に相当し、複数人でのリアルタイム同時編集が可能な「Synology Office」だ。
Synologyによると、最近、Google ドライブやMicrosoft 365などを利用する際、「データの所有権が誰のものか」という問題が顕在化しており、特に日本の顧客は「自社でデータを管理したい」という意向が強いという。
また、従量課金によってクラウドサービスのコストが膨れ上がる中、値上げがあっても従わざるを得ない状況も企業を苦しめている。こうした状況を踏まえ、データを全てローカルで管理しつつコストメリットや利便性を確保するためのソリューションがSynology DriveやSynology Officeだ。
この他、社内チャット用のコミュニケーションツール「Synology Chat Plus」や自社ドメインでのメールサーバを利用できる「MailPlus」も提供している。これに加えて今後はオンプレミス型ビデオ会議ツール「Meet」もリリース予定だ。海外では既に大韓航空が社内の全業務インフラをSynology Driveに移行するなど、膨大なサブスクリプションコストからの解放を実現している事例がある。
これらのソリューションでは、OpenAIやGoogleなどの外部AIプロバイダーとAPI経由で連携し、電子メールの要約やテキスト翻訳、スプレッドシートの関数補助などができる。ただ、企業データを外部の生成AIに投げる際の「情報漏えい」を懸念する声は根強い。
これを解決するために実装されたのが「AIコンソール」と呼ばれるゲートウェイアプリケーションだ。プロンプト内に従業員の個人情報や社外秘の機密情報が含まれている場合、AIコンソールが外部サーバ送信前に該当箇所を自動で検知して「マスク(匿名化)」する。外部の生成AIはマスクされた状態で処理を実行し、結果がSynology側に戻ってきた段階で、マスクを自動解除してユーザーに表示する。これにより、利便性と機密保持を極めて高いレベルで両立させているという。
将来的には、インフラ業務そのものを自律的にサポートする「DSMエージェント」の導入も予定されており、セキュリティインシデントの調査やバックアッププロセスの検証をAIが自然言語の指示に従って実行する世界を目指しているという。これらは全て、2026年度モデルの「XS+/XSシリーズ」および「FSシリーズ」などの「GPUカード対応モデル」の上で、完全なプライベート環境で動作する予定だ。
〜記者の目:ニュースをちょっと深掘り〜
Synologyの事業戦略とCOMPUTEX TAIPEI 2026の展示を見て興味深かったのは、同社が「ハードウェア+ソフトウェア+脱サブスク」というDellやHPEといった企業とは異なるポジションでエンタープライズ市場で戦おうとしている点だ。
ただ、この戦略が日本市場で成功を収めるためにクリアすべき課題が幾つかある。
1つ目は「安価な家庭用NAS」というブランド認知のバイアスをどのように払拭(ふっしょく)するかだ。日本のエンタープライズ企業の保守的なIT意思決定において「Synology=SMB向け、あるいは個人用のバックアップ機」という先入観は根強い。PASシリーズやGSシリーズがどれほど技術的に優れたスペックを備えていても、この心理的障壁を崩さなければ、ミッションクリティカルな基幹データベースのコンペティターとして同じ土俵に立たせてもらえないリスクがある。このバイアスを打破するには、国内SIerによる「検証・導入実績」の早期積み上げが必須となるはずだ。
2つ目はエンタープライズ水準の「オンサイト保守・サポート体制」だ。SMB市場であればチケット制の製品サポートや代理店経由の保守で対応できたかもしれないが、24時間止まることが許されないミッションクリティカルなエンタープライズ環境では、ハードウェア障害発生から「4時間以内の駆け付けオンサイト保守」といった、極めてシビアなSLO(サービスレベル目標)が要求される。日本法人のリソースを拡張し、国内の一次代理店やSIerとの間で、日本全国の拠点をカバーできる24時間365日の高度なオンサイト保守ネットワークを強固に構築できるかどうかが分岐点になるだろう。(田渕聖人)
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