検索
連載

「『過去の失敗DX』を学ぶべき」 専門家に聞く現実的な「AI変革推進法」「AI前提の組織に変革」という“幻想”と現実(後編)

他社の華やかな「インスタ映え」するAI成功事例を追うのは、今すぐ辞めるべき――。「AIを使え」というトップダウンの号令だけで空回りする組織が、過去の「失敗DX」と同じ轍を踏まないための現実的なアプローチとは何か。

Share
Tweet
LINE
Hatena

 個人や企業を問わずAI活用が叫ばれる中、多くの企業で起きているのが「業務部門の暴走」や「IT部門との不健全な対立」だ。前編では、現場で生じているAI活用のハレーションと、推進側に求められる「信頼関係構築」の重要性について、実務家の西野大介氏に聞いた。

 では、業務部門とIT部門が信頼関係を築いた上で、全社的な組織変革や事業成果に結び付けるにはどのような取り組みが重要なのか。後編では、他社の成功事例に踊らされず、自社の過去の失敗から学ぶ現実的な「AI変革推進法」に迫る。

Expert's View:西野大介氏(変革実務家/金融・製造など複数の事業会社でDX・AI実装を推進)

画像

AIの業務実装と人材育成を専門とする実務家。金融・製造など複数業界で7年以上、アジャイル/スクラムによる組織変革とチーム開発を支援してきた経験を基盤に、現場へのAI定着に取り組む。JDLA E資格保有。人間中心設計(HCD)とDX戦略を実践の軸とし、AI活用と組織変革をテーマに講演活動も行う。  ※本記事で語られる事例は、氏がこれまで関わった複数の企業での経験や見聞に基づく一般論であり、特定の企業の事例ではありません


「AI前提に変革して」という号令が「誰も読まない資料」を再生産する

――さまざまなビジネスメディアや新聞などでも「AI前提の組織への移行」が叫ばれるようになりました。経営層から「わが社も急げ」とトップダウンの号令がかかるケースが増えている現状をどう見ていますか。

西野氏 率直に申し上げて、非常に大きな危機感を抱いています。多くの企業がAIというバズワードに踊らされていますが、なぜ過去5年、10年で歩んだDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の歴史の中で私たちが散々直面し、苦しんできた失敗や教訓を無視して、AIになった途端に「『AIを使え』という号令一つでうまくいく」と思えるのでしょうか。

 組織の基本的な力学や変革の仕組みを変えないまま「AI前提の組織へ」と掲げても、過去のDXと全く同じ結末をたどるだけです。すなわち、高額なフィーを支払ってベンダーやコンサルタントに「誰も読み切れないきれいなパワーポイントのスライド」を山ほど作らせ、現場の実務は一歩も進まないまま、プロジェクトが静かに終わるという現実を直視しなければなりません。

――耳が痛い話です。現実的な一歩を踏み出すためには何から手を付ければよいのでしょう。

西野氏 世間に出てくるキラキラしたAIの成功事例を追いかけるのを、今すぐやめることです。他社の成功事例は「インスタ映え」のようなものです。SNSに投稿される他人の華やかな私生活を見て、「自分も同じようにならなければ」と背伸びをしても疲弊するだけですよね。

 企業経営も同じです。メディアやプレスリリースに載るAI導入事例は、さまざまな大人の事情によって「きれいにパッケージングされた表面」しか見えません。教訓に満ちた「泥臭い裏側」や「失敗事例」は、世間に出てこないのです。

 だからこそ、AIを活用する上でも外部の成功事例をまねするのではなく、自社の中に眠っている「過去の変革の失敗事例」を徹底的に掘り起こして分析すること。なぜDXプロジェクトは途中で頓挫したのか、なぜあのツールの全社展開は現場に拒絶され、失敗したのか。その泥臭い失敗に向き合うことこそが、他社には決してまねできない自社だけの「データドリブン」であり、変革への最大のヒントになります。

――組織としてAI活用推進を進めていく上でのポイントをお聞かせください。

西野氏 自社の徹底的な分析や業務適合への泥臭い検証を怠ってAIツールだけを入れることに終始すると、展開期の後半になってから「意思決定の不整合」「複雑な予算承認プロセス」「現場の実務への不適合」といった課題が巨大な足かせとなって次々と顕在化します。そして、その時点ではすでに軌道修正ができない「手遅れ」の状態に陥ってしまいます。

 大前提として、一気に全ての変数を変えようとしないことがポイントです。組織全体の計画やビジョンを精緻に描くことは重要ですが、実行アプローチは絶対に段階的(アジャイル)でなければなりません。最初から全部門で同時にAIを動かそうとすれば、組織の複雑性が増大し、一瞬でコントロールを失って自壊します。

 私が推奨するのは「段階的な伴走型アプローチ」です。まず約3カ月かけて特定の現場に入り込み、現場が本当に困っている業務課題を特定し、AIを活用した解決策を設計します。次の約3カ月で現場の横に立って伴走しながら小さく確実なAI活用の成功事例を作り上げ、現場で自走できるキーパーソンを育てます。この1サイクルを、1〜2年の中長期的なロードマップに位置付け、異なる部門へ水平展開させていくのが最も確実です。

――検証を行き当たりばったりにさせないための工夫や、組織体制づくりのポイントはありますか。

西野氏 検証を始める前に、変化を計測するための「評価指標」をあらかじめ定義しておくことです。検証すべき要素を特定し、1週間や1カ月といった短いスパンで試しては、指標に基づいて迅速に軌道修正するサイクルを現場で回すアジャイル設計が必要です。

 また推進体制においても、一律のルールではなく「自社のクセ」を見極める必要があります。人事が強い権限を持っている組織なら、デジタル推進部門が人事とタッグを組み、AI推進のキーパーソンを兼務人材として行き来させるような座組みを作るなど、自社の意思決定や組織力学の特性を逆算してアプローチを検討することが重要です。

問われているのは「技術力」ではなく「現場と向き合う覚悟」

 「AI前提の組織づくり」は、AI時代に取り残されないために避けて通れない取り組みだろう。だが取材で西野氏が繰り返し強調したのは、号令をかけるだけでは決してうまくいかないという現実だ。過去の失敗を反省し、現場の作業着に身を包んで伴走する。そして自社の特性を踏まえたAI推進のアプローチを地道に設計する。AIを「魔法の杖」のように扱わない姿勢とマインドセットこそが何より求められている。

 多くのDXが失敗に終わったのは、ツールやフレームワークの導入で満足し、人間関係や組織文化という生々しい現実と向き合うプロセスをスキップしたからに他ならない。AIという強力な手段を手に入れた今だからこそ、企業に問われているのは技術力ではなく、現場の実務と誇りにどこまで向き合えるかという「覚悟」といえる。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る