CERNが巨大加速器の制御基盤OSを「CentOS 7」から「Debian 13」に全面移行 コミュニティー主導OSを選ぶ理由:「CentOS Stream」追従を断念
CentOSのEOLに伴い、CERNは制御基盤OSをCentOS 7からDebian 13へ移行すると公表。商用ディストリビューションではなくコミュニティー主導のOSを選択した背景には何があったのか。
粒子加速器を運用する欧州原子核研究機構(CERN)は、加速器制御レイヤーを担うフロントエンドコンピュータ(FEC)約2200台のOSを「Debian 13」へ移行することを明らかにした。
これは2026年8月29日〜30日にスイスで開催されたDebianコミュニティーのカンファレンス「MiniDebConf Winterthur 2026」において、CERNのエンジニアであるフェデリコ・ヴァガ氏とニコス・ツィピナキス氏の講演「Controlling CERN's Accelerators with Debian」にて公表され、その後、Debianプロジェクトからも正式な動向として発表されたものだ。
CERNは、長年にわたり「Scientific Linux」「CentOS」を中核に研究インフラを構築してきた。ミッションクリティカルな制御基盤の次世代OSとしてDebianを選択した背景には、エンタープライズ領域における「CentOSのサポート方針変更」と「ハードウェア要件」を巡る課題があった。
「CentOS Stream」追従を断念 移行の背景
CERNの加速器制御インフラは、約43平方キロに及ぶ施設内に配置された約2200台の産業用コンピュータで構成され、約1万7000のハードウェアデバイスと直接接続されている。一般的なデータセンターのサーバとは異なり、これらのコンピュータは、加速器の電子機器と直接接続された特殊な環境で稼働している。
これまでCERNは、Red Hat Enterprise Linux(RHEL)互換のCentOSベースでこれらの基盤を運用してきた。しかし、CentOS LinuxのEOL(サポート終了)を受け、次のOS戦略を迫られることとなった。
当初、インフラチームは「CentOS Stream 9」へ移行し、その後もStream 10、11へと追従する計画を検討していた。同時に、特定OSへのロックインを避けるため、インフラの統合レイヤーを「ディストリビューション非依存」に再構築し、フォールバック(代替)OSとして、Debianの検証を進めていたという。
しかし、最終的にDebianへの完全移行を決定づけたのは、単なるディストリビューションの好みの問題ではなかった。
決定打となった「ハードウェア要件」の壁
Red Hatエコシステムは近年、より新しいCPUアーキテクチャ(「x86-64-v2」以降)のサポートを前提とする方針へとシフトしている。これに追従しようとした場合、CERNは既存の膨大な産業用SBC(シングルボードコンピュータ)やカスタム基板において、RHEL 9以降のCPU命令セット要件に適合させるための「大規模なハードウェアの再設計」を余儀なくされることが判明したのだ。
CERNの試算では、古いハードウェアを維持したまま無理にRHEL系の要件に合わせようとした場合の成功率は、楽観的に見てもわずか20%程度だったという。加速器の次期稼働スケジュールである「2026年第4四半期」までに、莫大なコストと時間をかけてハードウェアの再設計を完了させるのは現実的に不可能だった。
これに対し、Debianは幅広いハードウェアアーキテクチャをネイティブにサポートしている。インフラエンジニアチームは「ソフトウェアの問題を解決するためにハードウェアを作り直すのではなく、ソフトウェアでの解決策を選択する」と決断。既存のハードウェアのままでも高い互換性と柔軟性を発揮できる「Debian 13(Trixie)」への移行へと舵を切った。
「稼働中の加速器にホットパッチは当てられない」
もう一つ、DebianがCERNの運用要件に合致した重要な理由が、そのリリースサイクルだ。加速器の制御システムは、一般的なWebサーバのように「いつでも便利なタイミングでアップデートや再起動ができる」わけではない。
物理実験のスケジュール(テクニカルストップやメンテナンスウィンドウ)に厳密に合わせる必要があり、「稼働中の素粒子加速器にホットパッチを当てる」ことは絶対に避けなければならない。
そのため、ローリングリリースに近いOSよりも、固定リリースサイクルを持ち、予測可能なDebianのLTS(長期サポート)および外部パートナーによる拡張長期サポート(ELTS)を活用した稼働モデルが、CERNの厳格なスケジュール管理と親和性が高かったという。
2026年末の稼働に向けた今後の展望
この移行は、単に既存のハードウェアにDebianをインストールして終わるものではない。CERNはこれを機に、OSコンポーネントの配布方法や、フロントエンドコンピュータのブートパイプラインなど、レガシーなインフラストラクチャの再設計を同時に進めている。
特殊なハードウェアのドライバが特定のLinuxディストリビューションに過度に依存しないよう、統合の見直しも図っているという。
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