
連載 構図が変わる
第4章 ユーザー事例から見るASPの現在(2)
吉田育代
2001/3/23
| 事例.2〜大企業におけるASP活用事例 |
一般に、ASPは中堅・中小企業向けのサービスと思われがちだが、必ずしもそうではない。大企業であってもこのビジネスモデルは機能する。その好例はキヤノン販売株式会社のメール配信システムだ。
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このASPサービスでは、キヤノン販売が見込み顧客であるビジネスユーザーに発送する商用メール配信のためのメールサーバやデータベースサーバの運用管理をアーチシステムズに委託しているというのがまずある。それとともに、キヤノン販売がアーチシステムズの用意するオブジェクト指向のWebアプリケーションであるメール作成画面に、どの見込み顧客にどんなタイトルと内容のメールをどんなタイミングで発送するかを入力すれば、メールはターゲットの見込み顧客に自動的に配信されるという仕組みになっている。顧客が望まなければ配信をやめるが、現状そうした顧客は1割にとどまっており、雑誌広告や紙媒体のダイレクトメール同様に認知されたメディアとなっている。
このサービスを始める直接のきっかけは、キヤノン販売にストックされていた名刺の束だった。同社では販売促進の一環として展示会やセミナー、量販店などにコーナーを設置したキャンペーンを頻繁に行う。その中で営業マンやブースの担当者がたくさんの来場者と名刺を交換するが、1996年ごろまでそうした名刺をもとにした顧客データベースはせいぜい個人単位、部署単位で管理されているにすぎなかった。それを「もったいない。一元管理して何とか販売促進に活用する方法はないか」と考え、たどり着いたのが販促メール配信だった。
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| キヤノン販売株式会社 中央販売事業部 事業計画本部 事業計画部 ECプロジェクト担当課長 徳原弘志氏 |
製品を見込み顧客に伝える方法としては、TVや雑誌広告などがよく知られている。ところが、ちょうどインターネットが普及しつつあり、通信インフラとしてこれを持つ人口がだんだん増えてきた。そのときすでにキヤノン販売はWebサイトを構築し、情報を発信していたが、これは“プル型”のサービス。顧客に自発的にアクセスしてもらわなければ情報は伝わらない。これからは“プッシュ型”でなければという思いから、メール配信システムの必要性を痛感したが、開発コストおよび開発ノウハウがネックとなって実現に至らなかった。
1998年の後半になって、こうしたメール配信システムをASPサービスとして提供する会社がちらほら現れるようになった。このプロジェクトの陣頭指揮にあたった中央販売事業部 事業計画本部 事業計画部 ECプロジェクト担当課長 徳原弘志氏は、“好機到来”と調査を始める。一応は社内システムなのだから、情報システム部に依頼を出すのが普通だ。しかし、徳原氏は「それは考えもしなかった」という。
「当時、インターネットを全社でどう営業戦略に活用していくかといった指針がまだ出ていなかったので、こういった部門が利用するシステムの開発依頼を出しても山積みしている全社的な案件の後回しになることは目に見えていました。一方、こちらが求めていたのはスピード。すでに他社が似たようなメール配信サービスをスタートさせており、必要な情報を必要な人にきちんと届けるために、一刻も早くOne-To-Oneマーケティングを始めたいと思っていました。また、低コストであること、できるだけ運用管理の負担がかからないことも重要でした。ですから、すでに存在する、安定したサービスを利用するというのが最善策でした」
4社ほど検討したが、いつでもスタートできるサービスとして提供していたのは、当時アーチシステムズのみだった。徳原氏は同社を選択し、念願のメール配信サービスをスタートさせた。
「紙媒体でダイレクトメールを発送していた時代に比べて、コストは10分の1になった」と、徳原氏はメール配信システムのメリットを語る。また、これまでならダイレクトメールを企画し、デザインし、印刷し、発送するという多くの作業が発生していたが、そうしたものの大半が削減された。社内での負担がなくなって、ダイレクトメールと同様の効果が得られるというのは確かに大きな効果だ。スピードを獲得したというのも重要なポイントだ。電子メールは短時間で送れるため、3日後のイベントに集客が足りないからさらに宣伝をしたいというときも、アーチシステムズのメール作成画面からパパパッとメールを作って送信すれば、次の瞬間には数万人の見込み顧客に情報を届けることができる。
メールサーバやデータベースサーバの安定した稼働にも、徳原氏は非常に満足している。サービスがストップするのは年に数時間もないらしい。
「彼らは非常に優秀で、こちらから要求する前に必要なレポートをタイミングよく送ってくれます」
徳原氏はASPを利用する魅力の1つに、「簡単にやめられる」ことを挙げる。アーチシステムズとの契約期間は半年単位。キヤノン販売が全社レベルでインターネットを使った営業展開を開始し、そこへ徳原氏の部門が合流することになっても、初期投資は何もないため、切り替えは容易なのだ。
気になるのはSLA(Service Level Agreement)だが、実はキヤノン販売とアーチシステムズの間に明文化されたSLAは存在しない。前述したように、キヤノン販売が求めるサーバマシンの安定性やレスポンスタイムが十分満たされていることがテスト期間に確認できたため、特にSLAを文書として締結する必要を感じなかったからだそうだ。しかし、SLAをまったく意識していないというわけではなく、「今後もしサービスレベルが低下したと実感することがあれば、SLAを設定する」と徳原氏は語る。
今回、カスタマイズについては「キヤノン販売独自仕様になるようなものは要求しない」という方向で進んだそうだ。iMarketingの機能改善に役立つと思われるものだけを提案し、それにアーチシステムズが同意すれば盛り込んだ。「カスタマイズは裏を返せば、企業が独自のスタイルを持っているということ。それがコアコンピタンスであれば仕方ないが、グローバルスタンダードではないものは、かえってデメリットになる」というのが徳原氏の考えだ。
「現代は技術革新のスピードが増していて、大企業といえど、すべてのジャンルにおいて先端を行くわけにはいきません。自社開発のみにこだわったり、システムインテグレータに開発してもらってそれをまるごと買うといったことは、これからどんどん減っていくと思います。スピードが命なんです。大事なことはすでにあるものを自分たちのものとしてどう取り込んでいけるか。自社で3年も、4年もかけて開発する、もうそういう時代ではありません」(徳原氏)
スピードを考えれば、選択はASPだった――大企業にとってもASPは有効であるという証左がここにある。
| Index | |
| 連載 構図が変わる | |
| 序章 今そこにあるIT革命 | |
| 第1章 ASP was born | |
| 第2章 ASPフィーバー in Japan | |
| 第3章 米国ASP業界の新しい動向 | |
| 第4章 ユーザー事例から見るASPの現在 | |
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