連載 構図が変わる

第4章 ユーザー事例から見るASPの現在(3)

吉田育代
2001/3/23


   事例.3〜ベンチャー企業でのASP活用事例

 今度はベンチャー企業でのASP導入事例を見ていただこう。だれあろう、このサイトを運営している株式会社アットマーク・アイティ(以下、@IT)である。

 @ITでは、この技術情報を提供するコンテンツサーバ、読者データベースサーバの運用管理を、株式会社サンブリッジ・テクノロジーズ(以下、SBT)に委託している。SBTが@ITのASPとなっているわけだ。ちなみに、SBTは自社をMSP、Managed Service Providerと名乗っている。

株式会社アットマーク・アイティ 代表取締役 藤村厚夫

 SBTは@ITのサーバ群をiDCにホスティングしているが、@ITが直接iDCとやりとりする場面はない。@ITにとっての技術的な交渉をする窓口はあくまでもSBTだ。

 @ITが外部に委託している基幹サービスはもう1つある。これは読者に対して定期的に行うアンケート調査に関するもの。リサーチ系ASPに提供してもらうのは、アンケートを実現するインフラ部分のアプリケーション。アンケート内容自体は@IT側でGUI画面を使って作成し、それ以後の運用管理をリサーチ系ASPが行う。実際に@ITが取引しているのは株式会社マクロミル・ドット・コムや株式会社インフォプラントといった企業だ。

 Webコンテンツプロバイダが、Webサイトの運営をASPに委託する。まさに基幹のインフラをアウトソーシングしているわけだが、代表取締役 藤村厚夫氏はこう決断した理由を「コアコンピタンスに集中したかったから」と語る。

「自社で開発、運用管理することも考えないこともなかったのですが、われわれの最大の強みは、ITに特化したコンテンツを提供する、編集するということにあります。何よりそこに集中したかった。少ない人数で本業とそうした運用管理の両方を、できないわけではなかったけれどやりたくなかったというのがあります」

 サイト立ち上げにあたっては、@ITとSBTの両者が画面の設計からサーバの安定性まで二人三脚で検討しながら詳細を詰めていった。その意味では「SBTはわれわれの情報システム部門といえる」と藤村氏は語る。

 ASP――SBTの言葉に従えばMSPだが――を利用することで実感したメリットは、「運用管理する人材をスカウトする時間を省略できたこと」だった。

 自社で開発・運用管理するとしたら、このインフラ部分を担当できるスキルの高い技術者を見つけなければならない。「きっとこれは大変な仕事になったはず」と藤村氏は語る。この段階をスキップして、いきなり編集者探しから始められたのはASPを利用したおかげだという。

 アンケート調査担当の小柴豊氏も、リサーチ系ASPを利用する理由を以下のように語る。

「アンケート・アプリケーションの開発は、CGIとデータベースを駆使した結構複雑なものになります。また、読者のプライベート情報も扱うため、しっかりしたセキュリティも確保しなければなりません。しかし、アンケート調査の最も重要なポイントは、『どんな内容のアンケートを行うか』で、開発そのものではありません。折しも、そうしたインフラ部分をすでにサービスとして提供するリサーチ系ASPが登場しつつあり、価格も非常に安価だったので利用することにしました」

 それまで市場調査会社やシンクタンクがサービスとして提供していたアンケート調査は、非常に高価だった。質問内容も事業者が考えるというトータルサービスではあったが、1件につき50万〜100万円。@ITのようなベンチャー企業が定期的にアンケート調査を行うには負担が重いものがある。しかし、リサーチ系ASPが提示する金額は1件3万〜10万円。軽くひとケタ違う。

「しかも、彼らはWeb時代に合わせて1年365日、24時間体制で受け付けており、時間の制約が厳しい中でも精力的に仕事をこなしてくれます。精神論かもしれませんが、そうした姿勢に好感を持って発注しているところはありますね」(小柴氏)

 このように、ビジネスの中核部分にASPを採用している@ITだが、問題点がないわけではない。

株式会社アットマーク・アイティ 営業企画局 マーケティングサービス担当 マネージャー 小柴豊

 1つはソフトウェアのライセンス問題。読者データベースサーバにOracleを採用しているが、@ITでは当初、このライセンス支払いも月額固定料金の価格体系の中で賄えるものだと思っていた。ところが日本オラクルはそうしたASP利用でのライセンス価格体系を用意しておらず、「そうした前提のもとに販売できない」ということになってしまった。結果的に、エンドユーザーである@ITが従来の価格体系の中でOracleのライセンスを一括購入した。この部分ではASPの利用メリットである月額固定料金が崩れてしまった。

 現在では日本オラクルもASP向け価格体系を発表しており、SBTを利用するほかのユーザーはこれを享受することが可能になっているが、@ITはファーストユーザーであったがために割を食ってしまった格好だ。

 もう1つはサーバの障害問題である。これまで何度かコンテンツサーバのダウンに見舞われた。アクセスが集中する月曜日の午前中いっぱいサービスが止まってしまったこともある。原因はiDCが提供するネットワーク機器であったり、サーバマシンのディスクであったりとその都度異なるが、包括的なSLAは提供されていないため、補償を求めることはできない。不幸中の幸いというべきか、@ITの場合はコンテンツサーバであるため、エンドユーザーが経済的な不利益を被ることはないのだが、それでもサーバダウンが手痛い損失であることには違いない。藤村氏も「サーバが止まってしまったらそれまでという点に懸念は感じており、SLAの提示は常にSBTに対して求め続けている」と語る。

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 当のSBTでは、まずiDCを変更することで問題に対処。しかし、新しいiDCでもSLAは策定中ということで、包括的なSLA構築のめどはたっていないようだ。

 同様のことはアンケート調査サーバについてもいえる。リサーチ系ASPも多くはサーバをiDCにホスティングして運用管理を行っているが、「iDCのサーバダウンや保守点検のために、彼らの年中無休サービスが生きていない状態になっている」と小柴氏。こちらは低価格であるため、多少のリスクは覚悟のうえだが、サーバ停止の前にはいかんともしがたい現実に歯がゆさを感じているのも確かなようだ。

 メリットを感じつつも懸念材料も抱える@ITのASP利用。価格については企業秘密ということだが、ここまでのところ評価は「サーバダウンさえなければ満足」とのこと。これからASPの業態が成熟するのに合わせて、オプションサービスを採用するなど、運用管理の充実を図っていく予定だ。


 このようにさまざまな規模の企業が、さまざまな理由でASPサービスを導入し始めている。最近では、eMarketplaceのASPモデルでの運用や、企業が自社のユーザーに向けてアプリケーションサービスをする社内ASPなど、活用形態の多様化も広がっている。すでにASPは、企業がとりうる選択肢の1つというステータスを獲得しているといえるだろう。




Index
連載 構図が変わる
  序章 今そこにあるIT革命
  第1章 ASP was born
  第2章 ASPフィーバー in Japan
  第3章 米国ASP業界の新しい動向
第4章 ユーザー事例から見るASPの現在
 

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