元麻布春男の視点Dellが挑戦する新たな販売方法 |
2001年10月29日、Dell ComputerはデスクトップPCの新製品「SmartStep 100D」を発表した(注文自体は10月26日から受け付けていた)。主にホーム・ユーザーを対象にしたSmartStep 100Dの最大の特徴は「pre-built」、つまり一切の仕様変更ができないことにある。SmartStep 100Dは、PC本体(Celeron-1GHz、128Mbytes SDRAM)とマウス/キーボードに加え、15インチ・ディスプレイ、スピーカが含まれ、Windows XP Home EditionとMicrosoft Works(Officeより廉価な統合アプリケーション)がプレインストールされた「パッケージ」になっている。顧客が選べるのは、プリンタやスキャナ、サージ・プロテクタ(雷などで誘発される強烈な電気ノイズが侵入して電子機器が故障するのを防ぐためのデバイス)といった外付けのオプションを同時購入するかどうか、標準の90日保証を1年保証に延長するか、といった点のみだ。プロセッサのグレード(CeleronからPentium IIIといったプロセッサの種類やそれらの動作クロック)を変えたり、メモリを増設したりすることはもちろん、ディスプレイやスピーカを省略すること、あるいはイーサネット・カードを追加することすら許されない。SmartStep 100Dの注文ページを見ると、仕様の変更を希望する人にはDimension 2100を勧めているほど徹底している。SmartStep 100Dのパッケージに変更を加えることは、一切できない仕組みだ。
SmartStep 100Dの注文ページ |
赤線で囲ったように仕様変更(BTO)を希望する人は、Dimension 2100が勧められる。少し前の大手PCベンダ製デスクトップPCの販売方法を見ているようだ。 |
BTOを廃して低価格化を実現
こうした固定されたスペックによるパッケージでの販売は、ほかのベンダであれば特に驚くようなことではない。だがDellといえば、顧客の求めに応じて仕様を変更するBTOが売り物のPCベンダである(DellのBTOを真似て、最近ではほかのPCベンダも仕様変更が可能になっているくらいだ)。仕様変更を伴っても、価格競争力と迅速な納期を維持するというのが、ユーザーから見た「デル・モデル」だったハズだ。にもかかわらず、それを否定するようなモデルを用意した理由として、極限まで低価格を追求したシステムの提供、という意図があったことは想像に難くない。
SmartStep 100Dの価格は599ドル(上記のように、この価格にはモニタやスピーカも含まれている)。流通コストを抑えるために、生産委託先の台湾のMitac International(マイタック・インターナショナル)から顧客の元に直接配送するという。SmartStep 100Dの1つ上に位置する(これまでのローエンドである)Dimension 2100が、モニタとスピーカを含めた最小構成で758ドルであることを考えれば、150ドルほど安いわけだが、これが仕様を固定化し、流通コストを抑えた成果ということになる(選択できるプロセッサが異なるため、両者は完全に同じ仕様にはならないが)。
SmartStep 100D | Dimension 2100 | |
プロセッサ | Celeron-1GHz | Celeron-1.1GHz |
チップセット | Intel 810 | Intel 810 |
メモリ | 128Mbytes SDRAM | 128M/256M/384Mbytes |
フロッピードライブ | 3.5インチ | 3.5インチ |
ハードディスク | 20Gbytes | 20G/20G(7200RPM)/40Gbytes |
CD-ROMドライブ | 48倍速CD-ROMドライブ | 48倍速CD-ROMドライブ 16倍速DVD-ROMドライブ 8倍速CD-RWドライブ 16倍速CD-RWドライブ 24倍速CD-RWドライブ 8倍速CD-RW&DVD-ROMドライブ |
ディスプレイ | 15型CRTディスプレイ | なし、15型〜19型CRTまで7モデルから選択可能 |
グラフィックス機能 | オンボード | オンボード |
サウンド機能 | オンボード | SoundBlaster 64V PCI LC SoundBlaster Live! Digital Sound |
OS | Windows XP Home | Windows Me(XP Homeへの無料アップグレード付き) Windows 2000(XP Professionalへの無料アップグレード付き) |
バンドル・ソフトウェア | Works 6.0 | Works 6.0 Office Small Business Office Professional |
スピーカ | 付属 | Harmon/Kardonシリーズの3モデルから選択可能 |
モデム | 56Kbits/s PCIモデム | 56Kbits/s PCIモデム 56Kbits/s PCIモデム テレフォニー機能付き |
イーサネット機能 | なし | なし、10/100BASE-TXの4種類から選択可能 |
ISPサービス | 6カ月間のAOL無料接続サービス | 6カ月間のAOL無料接続サービス 6カ月間のMSN無料接続サービス 1年間のMSN接続サービス |
サポート・オプション | 90日間(1年間に延長可能) | 1年〜4年間で選択可能 |
価格 | 599ドル | 758ドル |
SmartStep 100DとDimension 2100の主な仕様 | ||
Dimension 2100の価格は、SmartStep 100Dに仕様を合わせた場合のもの。Dimension 2100の仕様のうち、プロセッサの動作クロックやサポート内容など、仕様が合わせられない項目については最低価格のものを選択している。 |
「ニューエコノミー」と呼ばれた米国の好景気が終焉し、9月11日のテロによるさらなる個人消費の冷え込みといった事情が、DellをしてSmartStep 100Dのような低価格PCに向かわせた、としてもそれほど驚くにはあたらない。低価格を実現するということが、SmartStep 100Dの大きな目的の1つであったことは間違いない。だが、その一方で、ただ単純に低価格のみを追求したのだろうか、という気もする。
SmartStep 100Dはテスト・マーケティングか?
SmartStep 100D |
仕様変更が行えないDimension 2100という見方もできる。仕様変更の必要のない人にとってはお買い得なデスクトップPCである。果たしてSmartStep 100Dは成功するのだろうか? |
たびたび報じられているとおり、米国の家庭におけるPCの普及率は50%を超えている。これだけの普及率に到達して、なおPCを購入していない家庭にPCを普及させるにはどうしたらよいか。SmartStep 100Dはこの設問に対するデルの解答ではないか、という気がする。すなわち、徹底した低価格化で購入に対する敷居を下げると同時に、購入時にいろいろと迷わせない、ということだ。インターネット・アクセス・オプションを内蔵モデムに絞り、イーサネット・カードさえ用意しないのは、SmartStepが家庭向けのPCであり、なおかつそれが初めてのPCとなる可能性が高いことを示唆しているように思えてならない。
Dellに限らず、多くの直販メーカーはBTOをサポートしており、1台のPCにさまざまなオプションが用意されている。こうしたオプションは、それが何であるかを知っているユーザーにとっては、変更できる価値を見出せるものであり、これまでのDellの顧客の多くが、自らオプションを選択できるユーザーであったことは明らかだ。しかし、それが何であるかが分からない、あるいはどうでもいいユーザーにとっては、かえって購入判断の妨げになっているのではないか。あえてBTOを廃したモデルを用意した理由は、この仮説を実証するテスト・マーケティングなのではないかという気がする。
また、BTOが可能だとしても、多くのユーザーが同じような仕様で購入しているため、BTOメニューが不要という判断もあったのかもしれない。BTOを設定することで、各パーツ単位での在庫管理や生産管理が必要になり、それがデル・モデルをもってしてもコスト・アップにつながっていることは否定できない。もし、BTOが不要ならば、PC単位での在庫・生産管理が行え、さらなる低価格化が実現できる可能性がある。もちろん、こうした販売方法がこれまでのDellの強みとした「デル・モデル」を否定してしまう可能性もあるだろう。そのため、いくら低価格化が実現できるからといって、BTOを否定するような販売方法を推し進めてしまうのは、むしろDellにとってマイナスになるという判断もあるかもしれない。
実際、現時点でSmartStep 100Dの販売対象となっているのは北米地域のみで、日本を含めたそのほかの地域では、販売するかどうかは未定となっている。また、BTOをサポートしないモデルはこのSmartStep 100D の1機種のみで、ほかのファミリが存在しないことも、テスト・マーケティング的な雰囲気を強くしている(もちろん、複数モデルでファミリを形成してしまうと、やはり選択肢が増えることになるため、またユーザーを悩ませてしまう、ということもあるかもしれない)。
果たしてSmartStep 100Dにより、Dellはこれまでの顧客層とは異なる市場に切り込み、同社が目標に掲げるシェア40%の実現に一歩近付くことができるのか。それともSmartStep 100Dが想定しているようなユーザー層は存在しないのか(Dellの顧客ではないのか)。SmartStep 100Dの実験結果が注目される。6カ月後も、SmartStep 100Dと同様のモデルの販売が継続され、販売台数が伸びているかどうかが実験の成否を判断する1つの材料となるだろう。
関連リンク | |
SmartStep 100Dに関するニュースリリース | |
SmartStep 100Dの主な仕様 | |
SmartStep 100Dの注文ページ |
「元麻布春男の視点」 |
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