元麻布春男の視点デルコンピュータ躍進の秘密元麻布春男 2001/12/27 |
年末も押し迫った2001年12月19日、デルコンピュータは、年末の個人向け販売が前年同期比で約50%増になったことを明らかにした。特にインターネット直販による個人向け販売が好調で、12月7日から9日までの週末だけで2億円を超える売上げがあったという。その7割が、Pentium 4プロセッサを搭載したデスクトップPCだという。デルコンピュータといえば、どちらかというと法人向けに強い直販ベンダという印象が強かったのだが、個人向けにも強みを発揮し始めたようだ。
未曾有のIT不況に見舞われているPC市場にあって、デルコンピュータだけが市場シェアを伸ばし、利益を上げているのはなぜだろうか。日本でのこの年末商戦だけに限ってみれば、
- 従来、個人向けの直販に強かったゲートウェイが日本から撤退して初めての年末商戦であること
- 日本で人気のある省スペースPCのラインナップにPentium 4対応モデル(DIMENSION 4300S)が追加されたこと
- Windows XPがリリースされて、潜在的な買い控えが解消されたこと
といった理由が考えられる。
DIMENSION 4300S |
Pentium 4を搭載した省スペース・デスクトップPC。チップセットにはIntel 845を採用している。省スペースでありながら、最新のPentium 4搭載ということで、人気モデルとなっている。 |
また、インターネット直販が好調であるということから、顧客の多くがすでにPCを持っている、つまり2台目の買い増し、あるいは買い替えの需要が好調を支えている、ということもいえるだろう。すでにPCを持つユーザーの多くは、自分がPCに何を求めているのかが分かっている。そうしたユーザーにとって、店頭販売される家庭向けPCの大半にプリインストールされているソフトウェアは、PCに価値を与えるどころか、邪魔に感じることも少なくない。ましてや、それが体験版だったりすると、単にハードディスク上のゴミでしかない場合すら考えられる。
ゴミついでで話がちょっと脱線するが、買い物をしたときに、プロバイダのスターター・キットのCD-ROMを客に無断で販売店が袋に入れるのは止めてほしいと思う。そのCD-ROMでプロバイダに入会した場合、販売店にキックバック(割戻金)があるのは分かるが、顧客にゴミ処理、それも不燃ゴミの処理を押し付けるのは不愉快だ。もし必要ならば店内のスタンドから自分の意思で取る。顧客の意思にかかわりなく、不燃ゴミの押し付けを行う販売店は、郵便受けにチラシを投げ込む輩と何ら変わらないことを自覚すべきだろう。
デルが強さはPCのコモディティ化にあり
さて話を元に戻すが、デルコンピュータの好調は何もいまに始まった話ではない。2001年4月23日には同社がPCの世界シェアにおいて、1位になったことを明らかにしている(Dellの「世界シェア1位獲得に関するニュースリリース」)。米国市場シェアは、2年以上前から首位であり、これで名実ともに世界1位のPCベンダとなったわけだ。つまりデルが好調なのは、上に挙げたタイミングや季節要因が主な理由ではないのである。
デルコンピュータがシェアを伸ばしている最大の理由は、PCのコモディティ(日用品)化にある。すなわち、PCがだんだんと特徴や個性を失い、標準化することで、価格が低下していく流れだ。数年前までPCは何十万円かするものだったが、デスクトップPCならいまや10万円を切るものが珍しくない。こうしたコモディティ化の波を生き残ることができるのは、最もコスト競争力のある会社である。直販とBTOを組み合わせた、いわゆる「デルモデル」を掲げるデルコンピュータは、平均在庫日数が4日分といわれている。小売店経由でPCを販売するベンダが1〜2カ月分の在庫を持つといわれているのと、大きな隔たりがあり、それこそがデルコンピュータの強みとなっている。
現在コモディティ化の流れは、PCからサーバ、さらにはストレージへと広がりつつあり、これに歩調を合わせるようにサーバやストレージの分野でもデルコンピュータは躍進している。コモディティ化の流れはベンダの利益が薄くなることを意味しており、これを憂慮する声も聞こえる。しかし、少なくともいまの時点では、コモディティ化こそデルコンピュータが躍進する材料であり、同社が望むところだ(逆に他社は競争に耐えられず脱落していく)。もちろん、コモディティ化による薄利はデルコンピュータの利幅も圧縮するが、それに耐えられるコスト構造を持っていれば、乗り切ることができる。
何よりデルコンピュータには、PCなどIT関連機材はいずれコモディティ化する、という認識が備わっているのだと思われる。デルコンピュータを迎え撃つのであれば、デルコンピュータと同等の低コスト体質をまず築く必要がある。ちなみに汎用DRAMの世界でも、同じようなコモディティ化が進んでおり、コスト競争力に欠ける日本のDRAMベンダは締め出されようとしているのは「元麻布春男の視点:東芝の汎用DRAM撤退に見る日本の未来」に記したとおりだ。重要なのは、PCのデルコンピュータ、DRAMのMicron TechnologyやSamsung Electronicsを敵視するのではなく、どうすれば日本の国際競争力を彼らと戦えるレベルまで回復させられるか、ということを考えることである。
最先端を捨てたデルが愛される
だが、これまで述べてきたことと矛盾するようだが、デルコンピュータは、世界で最も安価なPCを販売する会社ではない。例えば秋葉原のPCショップなどでホワイト・ボックス系のPC(ショップ・ブランドで販売される汎用的な部品を組み合わせて製造されたPC)を探せば、同等の仕様でデルコンピュータより安価なものを見つけることはそれほど難しくないだろう。デルコンピュータの成功におけるもうひとつの秘密は、デルコンピュータのPCが「角のとれた」ものであることだと筆者は考えている。販売されるPCのスペック、価格、サービスやサポートなど、どれをとっても大きな不満がない。価格も一番安くはないかもしれないが、かといってその差は決して大きくはないハズだ。つまり、すべての面で安心できる、無難で間違いないPCというのが、多くの顧客にとってのデルコンピュータのイメージではないかと思う。
もちろんこうしたイメージは、一朝一夕に作れるわけではない。実際、過去においてはデルコンピュータも、「尖った」PCを手がけていた時代があった。Intelが製造していないセカンド・ソース(Intelからライセンスを受けてAMDなどが製造したプロセッサ)による高クロックの80286を採用したピザボックス・タイプのPC、メイン・メモリをDRAMではなく高価で高速なSRAMで構成した80386搭載PCなど、いまもいくつか印象に残っている。だが、デルコンピュータが飛躍的に伸びたのは、こうした「尖った」モデルを止めてからのことだ。それは、おそらくデルコンピュータが顧客の中心と考えたコーポレート・アメリカ(アメリカの大企業)が、「角のとれた」PCを望んだからなのだと思う。このような脱皮ができた理由の1つとして、それは主力のDimensionにIntel製マザーボードをOEM採用していることでも明らかなように、同社の技術指向が強くないことと無縁ではないだろう。
コーポレート・アメリカに愛されることで、大きなシェアを獲得したデルコンピュータは、「最先端」というイメージより「間違いない」というイメージが強くなっていく。しばらく前までデルコンピュータの売上げに占める個人向けの比率が低かったのは、こうしたイメージが影響していたのかもしれない。しかし、PCのコモディティ化は、「最先端」の意義を薄れさせ、個人ユーザーであろうと無難なもの、間違いのないものへと指向を変えていった。コモディティ化という時代の流れが、デルコンピュータというPCベンダとマッチしている、というのがいまの状況なのだと思う。
関連記事(PC Insider内) | |
東芝の汎用DRAM撤退に見る日本の未来 |
関連リンク | |
世界シェア1位獲得に関するニュースリリース | |
DIMENSION 4300Sの製品情報ページ |
「元麻布春男の視点」 |
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