IT Market Trend第21回 富士通が「メインフレーム・クラスIA/Linuxサーバ」へコミットした理由とはガートナー ジャパン株式会社データクエスト アナリスト部門 エンタープライズ・システム担当主席アナリスト 亦賀忠明 2003/6/14 |
今回は、昨今重要なテーマになりつつあるレガシー・メインフレームの問題に関連し、富士通の動向について触れてみたい。2003年1月24日、富士通はインテルと共同で「2005年にメインフレーム・クラスのIA/Linuxサーバを市場に投入する」ことを発表した(富士通の「富士通とインテル、ミッション・クリティカル領域向け新サーバの開発で協業」)。これは富士通が既存のプロプライエタリなメインフレームに加え、IA/Linuxベースのメインフレームの投入を宣言したということである(「解説:動き出した富士通のIA/Linuxサーバ戦略」参照)。なぜ、富士通はこのような選択をしたのだろうか。富士通のメインフレーム戦略は、富士通ユーザーはもとより、ほかの国産メインフレーム・ベンダやIBMを刺激し、彼らの戦略に影響を与えることは間違いない。さらにこうした決断は、日本の基幹系システムの将来を占う意味でも重要な意味を持つ。本稿では、富士通の基幹系サーバ戦略を考察する。 |
富士通のIA/Linuxサーバへの参入の狙い
2003年1月に富士通・インテルから発表された内容は、おおむね以下のとおりである。
- 富士通の発表は、2002年10月に同社が発表した「Linuxビジネス戦略」に基づくものである。
- 富士通はIA/Linuxによるミッション・クリティカル領域向けハイエンド・サーバを開発する。
- 富士通は2004年末までにIntel Xeon/Xeon MP搭載の新サーバを開発する。
- 富士通は2005年末までにItanium・プロセッサ・ファミリ搭載サーバ(128プロセッサまで拡張可能)を開発する。
- 富士通とインテルは、ミッション・クリティカル領域でのサーバ・ビジネス拡大のためにLinuxコミュニティと協力し、Linuxの信頼性、機能性、性能向上を支援する。
- 富士通とインテルは、主要ISVとともに、富士通IA/Linuxサーバ上でのLinuxアプリケーションの最適化を、Intelのソフトウェア・ツールを活用して行う。
- 開発は富士通が行い、FSC(Fujitsu Siemens Computers:欧州)、FTS(Fujitsu Technology Solutions:北米)を通じ世界市場への普及を図る。
発表の背景にあるもの
この発表は、Linux市場での優位性を狙う富士通と、ハイエンドIAサーバ市場での勢力を強めたいインテルの思惑が重なった結果である。そして富士通は、今後のハイエンド・サーバ製品および関連事業の方向性を次のように明確化した。
- ハイエンド・サーバについては、今後IAサーバを主軸サーバの1つとする
- OSとしてLinuxを基幹系システムで全面的に採用する
この発表は、富士通とインテルの共同となっているが、これはこれまでIAサーバへのコミットメントが弱かった富士通が、ようやく陣営に加わったことをインテルとしても強くアピールしたいという狙いがあったものと考えられる。グループ全体におけるサーバの出荷台数で世界の5本指*1に入る富士通である。また富士通は、出荷金額ベースにおいて日本国内で1位*2のメインフレーム・ベンダでもある。これまで、このようなベンダがハイエンドIAサーバへの明確なコミットを避けていたことはインテルとしても相当歯がゆいものであったに違いない。この長年の想いを払拭できた、という点において、インテルとしても大歓迎であっただろう。
*1 2001年世界サーバ出荷台数においてグループ全体で、HP/Compaq、Dell Computer、IBMに続いて第4位 *2 2001年の日本国内出荷メインフレーム出荷金額で第1位 |
なぜ、基幹系Linuxだったのか?
富士通は、Linuxについて「2005年以降の市場を考えた場合、Linuxは無視できないものとなる」としている。また、同社は発表の背景を、「昨今のLinuxに対する意識の高まりや、現場のユーザーからの意見や期待を総合した結果である」としている。
日本IBMが、日本でのLinuxのサポートを発表した1999年、それに呼応して富士通もLinuxへの取り組みを強めていった。これまで同社は、「Linux基本サポート・サービス」の提供、「富士通Linuxセンター(FLC)の設立」、日本IBM、NEC、日立製作所と共同で「エンタープライズLinuxの推進」を発表(いわゆる“四社協業”)するなど、一連の活動を通してLinux事業を展開してきたが、なかなかLinuxが本命というところまでには至らなかった。
しかしここにきて、にわかにLinuxに対する注目度が増しつつある。日本政府もLinuxへの取り組みを強めている。このような中、富士通はLinuxを基幹系向けOSとして再定義し、LinuxをメインフレームOS、UNIX、Windows Serverに並ぶビジネス系での第4のOSとし、Linux市場での優位性を図ろうとしている。
富士通の表向きの発表からは、富士通がLinuxのコミットを強めたのは、彼ら独自の強い想いというより、むしろ市場の声がきっかけになったように見える。このあたりは、Linux市場を自ら先駆者として拡大することにより、最終的に自社テリトリの拡大を図りたいとするIBMとは表向きのトーンが異なっている。基幹系向けにOSついては、UNIX、Windows Serverも既存メインフレームのポジションを狙える状態にある。このようなOSがそれぞれ基幹系への進出を図っている段階にあって、富士通が現在の市場状況やほかのベンダに習うなら、単に「IA/Linuxを積極的に展開」という弱い選択肢もあり得ただろう。そこが、なぜ「基幹系」というチャレンジブルな強いメッセージとなったのか。このことは、表向きの発表だけではなかなか読み取ることができない。確かに「市場の声」は、発表のきっかけの1つであっただろう。しかし、そこには富士通が抱える課題や戦略性が隠されていると考えるべきであろう。
発表の背景には、「市場のLinuxへの期待に応え、自社のビジネスとして確立すること」という表向きの発表の裏側に、「IAサーバ事業を早期にキャッチアップすること」、「日本IBMに対抗できる強力なメッセージを打ち出すこと」といった意図が含まれていると解釈するのが自然である。
IAサーバ事業のキャッチアップが求められる理由
なぜ富士通はIAサーバ事業の早期キャッチアップを図る必要があるのか。現在、富士通の主力サーバには、メインフレーム(GSシリーズ)、自社製UNIXサーバ(PRIMEPOWER)、IAサーバ(PRIMERGY)がラインアップされている。
ここ数年、富士通は、これらサーバ群の中でも、UNIXサーバであるPRIMEPOWERに注力してきた。この理由は、IAサーバよりもUNIXサーバの方が技術的な完成度が高いことと、高価格であることから、ビジネス上のメリットが大きいためである。実際、スーパーコンピュータやメインフレーム市場が長期的に縮小すると考えた富士通は、これまでスーパーコンピュータ(VPPシリーズ)およびメインフレーム(GSシリーズ)を将来的にUNIXサーバにシフトしようとしていたし、現在の同社のPRIMEPOWER製品は明らかにその方向性を具体化したものとなっている。富士通は、社内リソースをUNIXサーバに集約化することで、サーバの開発コスト軽減を図ろうともしていた。この結果、同社のIAサーバへのコミットメントおよび実際の取り組みについては、他社に比べて弱いものとなっていたのである。
しかし、時代の変化は、同社のUNIX中心のサーバ戦略にも変化を与えた。UNIXサーバ市場は、ネットバブルの崩壊とともに勢いがなくなってきている。富士通のUNIXサーバ・ビジネスは市場の動きに比べて堅調であるとはいえ、このまま全体が回復する保証はない。このような中、Linuxが再び世間の注目を集めつつある。Itaniumサーバ市場も立ち上がる兆しが見えてきた中で、このままUNIXサーバ一辺倒でいいか、という疑問が彼らの中に生まれてきても不思議はない。
他社との差別化をどう図るか?
富士通は、基本的にLinuxに対する追加機能は、コミュニティへ還元する、としている。では、いったいどう他社と差別化するのか。これについて富士通は、パーティショニングのようなハードウェアに依存する部分で差別化する構えである。これにより、オープンソースであるLinuxを用いても、ソフトウェア以外の部分で独自のアドバンテージを確保できると考えているようだ。
このことは、単にOSだけの話ではなく、システムとしての完成度をいかに上げるかが、競合優位性のカギとなることを意味するものである。特に基幹系システムにおいては、このあたりは当然といえば当然であるが、IA/Windowsサーバ・システムの例を見ても分かるように、OSとハードウェアの供給元が分離し、かつOSの改修・調整の自由度が制限されている場合に信頼性を向上することは、一般的な推測をはるかに越え、難しいものとなっている。
基幹系という枠組みを設定することにより、「Linuxをシステムとして捉えた」という観点においては、富士通は、IAサーバ・システムのコンセプトにおいて他社を一歩リードしたといえるだろう。
他ベンダへのインパクト
富士通の「メインフレーム・クラスIA/Linuxサーバ」は、ほかのサーバ・ベンダにどのようなインパクトを与えるだろうか。結論からいえば、富士通と同様のコミットメントが他社から出てくる可能性は現時点では低い。その理由は、各社のLinuxに対する考え方とサーバ製品戦略にある。
これらのベンダは、表向きには「Linuxに積極的に取り組む」としつつも、おおむね以下のような懸念または考え方から、「基幹系IA/Linuxに強くコミットすべきかどうか」という問いに対して明確な答えを持っていないからだ。
- ビジネス上のリスク:Linuxはベンダのビジネスを減少させる可能性がある(OSなどの囲い込みが行えないため)。または、Linux市場は思ったほど伸びるかどうか分からない。
- 技術的リスク(コスト):Linuxでメインフレーム・クラスのシステムを実現するには相当なコストがかかる
- 製品ポジショニング:ほかの製品が優先でありLinuxが当てはまる製品ポジションが存在しない
- ユーザーのリスク:メインフレームOSなどと比べ、現時点のLinuxは完成度の点でユーザー・システムに適用するリスクが高い
よって、富士通の発表を受けて、各ベンダの製品戦略が変わることは少なくとも短期的にはないと考えてよいだろう。ただし、中長期的には富士通・インテルの成果と市場の反応いかんにより各社の戦略は変わる可能性はあり、その動向には今後とも注意が必要である。
富士通の発表は、Linux市場およびハイエンドIAサーバ市場にとってのアクセラレータとなるだろう。「基幹系向けIA/Linuxシステム」は、現時点において、同様の発表を行っているベンダは存在しない。そういう意味では、富士通の発表は世界的にみても、非常に大胆なコミットメントであるといえる。
このような発表を「選択肢が増え混乱する」とネガティブに捉えるユーザーもあるだろうが、むしろ「最適なサーバ・システムを選択できる」とするユーザーによって歓迎されるものとなるだろう。ただし、コミットしたことは確実に具体化してもらいたい、と考えるのもユーザーである。「メインフレーム・クラスのLinux」と一口でいっても、現実的には、このような製品の実現は相当難しい。
では、何を持ってメインフレーム・クラスのLinuxサーバというのか。またそこで必要とされる機能・性能はどのようなものか。この点について、富士通は「メインフレームやSolarisなどとの比較調査の結果、すでにLinuxは基幹系向けでそれなりに使える状況になっている。ただし、さまざまな点で整備しなければならない項目もあり、信頼性・性能、スケーラビリティ、障害の切り分けなどの課題もある」としている。逆に、このあたりが「富士通および業界にとっての大きなチャレンジである」とも述べている。
メインフレーム・クラスIA/Linuxサーバの要素 |
出典:ガートナー データクエスト(2003年2月) |
今後、これらの点についてさらに詳細になるとともに、それらをどう実装しようとしているのか、といった点が明らかになれば、メインフレーム・クラスのIA/Linuxに必要な要件がよりクリアになり、市場の理解もさらに深まるだろう。
「メインフレーム・クラスのLinuxを真に実現できるか?」。このことは、富士通とインテルが市場から突きつけられた課題となる。新たなチャレンジにコミットしたことに対する重みを、富士通とインテルは改めて噛み締める必要があるといえるだろう。いずれにせよ、「基幹系IA/Linuxサーバ」が、日本はもとより、世界のサーバ市場にとっての新たな試金石となることは間違いない。今後の富士通・インテルの成果と各社の動向に引き続き注目したい。
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